63.寒さを越えて
前話のあらすじ
ツザに雪が降ったッス。
オウガの予想通り気の早い氷雨雪は積もる事はなく、若者たちが珍しい降雪に活気に沸き上がったのも一瞬、凍えるような北風に吹かれて雪が降るほどの寒さだと頭を冷やされると、熱気は瞬く間に萎んでいった。
年長者たちはそれを毎年の事のように笑っていたのだが――新生ツザはいつもの冬のようにとはいかなかった。
「東から何か来てる?」
「はいです。大軍という程ではないんですけど、それなりの数だと思います」
「東と言えばイヌ族か。まさか再侵攻してきたのかな?」
「それは無い」
降雪の日から三日。耳役として異常を察知した兎獣人のユキが報告に上がり、オウガがその内容に首を傾げて仮説を立てるも、シュリがバッサリと切り捨てた。
「どうして?」
「夏を戦いに割いていたイヌ族は、人手不足で糧食を満足に補充できていないはず。ただの斥候だとしても、冬場に行う意味は薄い。だから軍事作戦はありえない。考えられるのは……」
「考えられるのは?」
何事かを思案するシュリにオウガが促すが、彼女は首を小さく振り、
「ごめんなさい、まだ何とも言えない。盗賊の集団の可能性もあるし、自警団を離れへの詰め所に増員するようにする」
「町の中へ避難する?」とシュリが問うと、ユキは「今はまだ大丈夫です」と首を振った。
「ハルたちが飛べる季節なら良かったんだけどね」
「役立たずでごめんなさい……」
「あ、ごめん。いいんだよ、ハルとカズさんの安全優先で」
肩身の狭さを感じて申し訳なさそうに頭を下げた鳥獣人のハルを、オウガが慌ててとりなす。
鳥獣人たちには『冬場に飛んだ者は帰ってこない』という言い伝えがあり、鳥獣人父娘も町内の移動に事足りる高さまでに飛行を制限していた。
「もう二日もすればハルたちが確認できる場所まで近づいてくると思います」
「それ、多分私じゃなくても見られるよね……?」
ユキの励ましの言葉も、しょんぼりと項垂れる鳥娘には効果が薄く、ツザ首脳陣とも呼べる者たちは謎の集団よりも娘一人の機嫌取りに奔走するのだった。
◇
兎獣人からの報告からさらに三日。オウガたちは自警団を率いてツザの離れに集まり、迫る謎の集団を待ち構えていた。
寒空の下、ツザへと向かう何者かを出迎えるべく集まっているが、オウガたちに緊張した様子はない。前日までの偵察により、迫る群衆は女子供を含めた非戦闘員も多く、明らかに戦闘集団ではない事が分かったのだ。
百に近い数の人々は、ツザに何を求めてやってきたのか。
その答えは、集団を一足早く離れ、待ち構えるオウガたちの下へと走り寄って来た獣人によってもたらされた。
「オウガ、シュリ。それに皆さんも。出迎えありがとうございます」
物腰低く頭を下げたのは、オウガとシュリの幼馴染、狼獣人のハヤテだった。過酷な旅だったのか、その顔は薄汚れてやつれている。穏やかな物腰に対して、血走った眼はギラギラと落ち着かない。
「ハヤテ? ということは、後ろのあの人たちは?」
「オオカミ族の生き残り、全員だ」
「そうか……」
チラリと視線が向けられた先では、疲労困憊の狼獣人たちがのろのろと重い歩みを進めている。
そこに見覚えのある顔は幾人もあれど、望んだ顔を見つける事は出来ず、事前に知らされていたことだったが、オウガとシュリは落胆を隠せなかった。
「お前たちの両親は……」
「大丈夫、ハヤテ。分かってる」
「分かってたけど、ね」
肩を落とす二人に掛ける言葉の見つからなかったハヤテだったが、話を進めなくてはと大きく咳払いをする。
「ゴホン! すまないが、のんびりしてるとあいつらが追いつく。ツザで我らオオカミ族を受け入れることは可能だろうか?」
「一体何があったんだ?」
「俺たちはイヌ族の横暴に耐えかねて、逃げ出してきたんだ」
「亡命……? 今まで素直に従っていたんでしょう?」
「戦力さえ提供すれば、庇護下にあったとも言えたからな。話が変わったのは最近だ。切っ掛けは夏の戦いで負けたことなんだろうが、あいつら犬獣人以外の種族の食料を根こそぎ徴収しやがったんだ。このままじゃ冬を越せないと残っていた種族が全て離反した」
「ここに来たのはオオカミ族だけ?」
「そうだ。俺たちだけはお前という当てがあったからな。他の種族は、さらに東の地へ当てもなく旅立って行ったよ」
「そう……シロウ、ここに半分残して、残りは町で炊き出しと当面の宿舎の準備をして。トラヤに事情を説明すれば対処してくれるから」
犬獣人のシロウが自警団員を連れ町へと駆け戻る。残された自警団員も、近づいてきた狼獣人たちの姿に既に警戒心を解いて駆け寄っていた。
痩せ細った子供たちを支え、荷を代わりに担ぎ、ツザの町へと導いていく。
◇
「おいしい、おいしいね……」
肉と野菜をまとめて煮込んだ熱いスープを涙ながらに啜るのは、狼獣人の少年。
「本当に助かった。ありがとう」
「町の皆が協力してくれたおかげだよ。ハヤテも食べな?」
オオカミ族全員に食事が行き渡るのを見守っていたハヤテに、オウガが汁椀を渡す。
ツザの住人たちも、同じくイヌ族に虐げられていた仲間としてオオカミ族に同情的で、備蓄の食料を分け与えることも賛同者は多かった。
「オウガ、シュリ。イヌ族が俺たちの蓄えを奪っていったのは……」
「次の戦いに備えて犬獣人たちの力を損なわないため、ね。覇権主義は負けても変わらなかったみたい。オウガ、どうする?」
「決まってる――」
温かな食事で顔に血色の戻ってきた狼獣人の子供たちを見つめていたオウガが、拳を固く握りしめた。
「イヌ族を――討伐する」
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