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オオカミノ国  作者: 十乃字
一章・終わりは始まり
6/81

6.仮宿の安穏

ずっと入れないといけないと思っていた説明回をほのぼのとセットでどうぞ。


「おいおい、そんなに警戒するなって」


 オウガが目を覚ましたのは、オオカミ族の村を思い出すような木造の、しかし見知らぬ部屋の中だった。


 目覚めてすぐ視界に映ったのは、シュリと対面する壮年のヒトの男。


 オウガは条件反射で跳びかかったのだが、あっさりと組み敷かれてしまった。


「悪者が自分が悪者です何て言うもんか!」


「いや、まぁそうなんだが……ったく、どんだけ荒んでんだよ」


 困り顔の男。ハタと気づいたのか、横で目をパチクリと戸惑っていた少女に声をかける。


「おい、お嬢ちゃんからも何か言ってやってくれよ」


「シュリ! こいつに何かされてない!?」


「本当に信用ねぇな……」


「オウガ。そのヒトは私たちを助けてくれたみたい。今のところは」


「あーくそ、こっちもかよ」


「何もされてないけど、もしも、オウガがそのヒトと戦うというのなら……私も戦う」


「その年で何でそんな生き急ぐかねぇ。わかったわかった。今離すから暴れるなよ」


 男が哀しげに呟くと、オウガの頭をくしゃくしゃと撫でるついでに、顔を寄せて囁いた。


「お前さんの決断でお嬢ちゃんも道連れになる。よく考えるようにな」


「ぅっ!? わ、わかってる……」


 子供とはいえ獣人の身体能力で不意打ちで跳びかかったのに、何の苦も無く床に転がされ抑え込まれた。その事実が、オウガと男との差を示している。そんな結果の見えた賭けに、シュリを巻き込むことはできなかった。


「さて、坊主も起きたことだし飯にしよう。話はそれからだ」


 その言葉で、オウガは室内に香ばしい匂いが立ち込めていることに気づいた。途端、クー、とお腹が可愛らしく鳴ってしまった。シュリも同じ状況なのか、頬を赤らめている。


 そんな二人の様子に男が微笑んで台所へ向かった。それは何の含みもない優しいものだった。




「グリフォンの活性期に辺境を旅していたわけか。全くついてない……いや、お前たちにとっては運が良かったわけか」


 男はアランと名乗り、山積みのパンとスープを食卓に並べ、二人から事情を聴きだしていた。


「グリフォン……ちょっと見てみたかったかも」


「いやいやシュリ、そんな楽しめる存在じゃなかったから。この辺りはあんなに恐ろしい魔獣が出るのが当たり前なんですか?」


 ほとんど気絶していたシュリは大鷲の話をまるで冒険譚のように楽しんでいるが、当のオウガとしては眼前の巨体に絶望しか感じえなかった。昔話で語られる、ドラゴン退治の勇者の領分だ。


 この辺り――アランの家がある森は獣人の領域から山や谷をいくつも越えた、獣人にとっては未開の地だ。


 ヒトはあれほど恐ろしい存在と共生しているのかと、オウガは驚愕していた。そんなオウガの様子を察して、アランが横に首を振る。


「はっはっは。あれが町や村に出てくれば天災だといわれるほどだ。安心していい。本来はそれほど好戦的じゃないしな」


「活性期だっけ。周期があるの?」


 シュリはその生態に興味が出たのか、より詳しい説明を求めた。


「最短期間の目撃情報から5年くらいじゃないか、と言われてるな。数十年見ない時もあるが、今回見たいに人知れず暴れ終えているんじゃないかってな」


「じゃぁ私が見られるとしたら5年後か。……残念」


「いやいや、ホントそんな可愛いものじゃないから!」


「むー、オウガは自分だけたっぷり堪能して」


「堪能って……」


「くくっ、そうしてると普通のガキだな、お前ら」


「アランさん……」


「さて、そんな普通の獣人のガキ共が何だって人間の領域――この辺りは正確には王国領っていうんだがな。そんな遠くに、しかも非正規のルートで連れてこられたんだ? 単純な誘拐か?」


「それは……」


「オウガ、多分今度は大丈夫」


「……実は――」


 オウガの迷いに、シュリは任せた、と頷いた。アランをそこまで信用したわけではないが、聞き出せる情報や知識は多そうだ、とオウガはオオカミ族の村が襲撃された日からのことを話した。




「……そうか。辛かったな」


 全てを聞き終えた後、アランはしばらく無言で目をつむり、やがてそうぽつりと言った。


 開いた瞳は僅かに水気があり、この人も何かあったのだろうか、とオウガは感じた。


「しかしシュリの嬢ちゃんはともかく、オウガまでオオカミ族とはな。耳も尻尾も無いのはわかったが、髪はどうしたんだ? オオカミ族は黒とか茶色が多かっただろ?」


「え、髪ですか? ボクは両親譲りの黒髪のはずですが……」


 オウガは自身の髪を摘まむ。が、短くて視界に入らない。


 シュリに視線を向けると、彼女は口を横一文字に閉じ、首を振った。


「ふむ……」


 おもむろにアランが席を立ち、壁に架かっていた長剣を抜き放った。


「な!?」


「鏡なんて洒落た物はこの家には無くてな。これで我慢してくれ」


 身構えたオウガを制し、アランはくすみ一つない長剣の腹をオウガに向けた。


「え……白い、髪? ……これ、ボク……?」


「オウガ、ごめん。私何もできなくて……」


 動揺し目を見開くオウガと、沈痛な面持ちのシュリ。アランはオウガの髪を手に取り、マジマジと見つめる。


「んー、こりゃ染められてるわけでもないな。色が抜け落ちたって感じか」


「色が、抜け落ちる?」


 まるで村のご老人たちみたいだ、とオウガは思った。


「ああ、たまに、それこそさっきのグリフォンに出くわした奴とかがな。一晩経ったら髪の毛が真っ白になってた、なんて噂話がよくあったもんだ。もっとも、お前の場合はその前の痛みのせいかもしれんがな」


 そういってアランは両手で自分の頭の上を、ポンポンと叩き、耳のジェスチャーをした。


「っ! わ、私……私のせいでオウガが……!?」


「シュリのせいなんかじゃないよ。あの商人のヒトが悪いんだ」


「そうだな。そしてそれに売り払ったという犬獣人が悪い。もしくはお前の村を襲ったイヌ族か。さらにはそもそもイヌ族と良好な関係を気づけなかったオオカミ族のご先祖様、はたまたそれら獣人と争い続ける我ら人間」


 アランはお道化たように言う。何処か遠く、何かに思いを馳せるような言い方に、シュリもオウガも思わず聞き入った。


「悪いやつ探しを続ければ恨みの連鎖は止まらない。どこかで一回、スッキリ区切っちまった方がいい」


 それが出来なきゃこうやって独りぼっちさ、とアランは肩をすくめてお道化る。


「お前らみたいな子供にゃ早めにスパッと割り切って、物事を素直に受け入れてもらいたいもんだ。悪いやつに誘拐された。そいつら死んだ。わーい。ってな」


「むちゃくちゃ言うのねこの人」


「シュリ、ホントのことでも恩人なんだし」


「お前らほんと失礼だな」


 アランが場を和ませてくれたのを気に、オウガたちは気になっていたことを尋ねた。


「アランさん、さっき言ってた人間っていうのはヒトとは違うんですか?」


「んー、それは俺の個人的な考え方でもあるんだが……よし、世間知らずなお前たちに色々勉強を教えてやろう。数日はこの家に留まることは覚悟しろよ?」


 勉強の単語にシュリの目が輝き、オウガは露骨に顔をしかめた。



   ◇



 アランの話は、二人の希望もあってまずは彼自身の生い立ちから始まった。そう大したことはないんだが、と切り出した。


アランの生まれは寒村の猟師の三男で、幼い頃から継がせてやるモノがないから技術だけは持っていけ、と厳しく修行させられていた。


 15歳にして町に出てきたところで、何度目なのか数えることもできないほど繰り返してる、人間と獣人との戦争の徴兵があり、それに参加。初めての戦場で上官たちの横暴に振り回されていた中で、猟師の目で獣人を観察し、偶然遭遇した獣人を撃退。その戦果で兵士として昇格し、以後事あるごとに戦場に駆り出されたのだという。


 そして狩人として鍛えられた生存能力と、良い兵士から教えを受けることができたのか、戦士としての才能があったらしく今日まで生き延びたのさ、とアランは締めくくった。


「まぁ生き延びただけあって俺はそれなりに有名な戦士で、大勢の獣人を殺してきた。憎いか?」


「見ず知らずの誰かを殺したあなたより、私たちの家族を殺したイヌ族が憎い……」


 ポツリと呟かれたシュリの言葉に、アランが困ったように後頭部をかいた。


「そういうつもりじゃなかったんだがな。まぁいい。話を戻して、俺は大勢の獣人を見てきた。そしてこう思った。獣人ってまとめるのは大雑把だなと」


「うん、本当にそう思う」


「はは、お前らからしたらな。だが獣人について深く考えるって事は、ヒトかもしくはヒトの多くが信仰してる神様をバカにしてるって話になるみたいでな」


「ヒトの神様を?」


「ああ、だから俺の考えは話すが、お前らはそれをヒトの前で口にしないように注意しろよ?」


 そういってアランが話したのは、彼自身が異端とも呼ばれた辛い過去だった。


 獣人を細かく分類し、犬の特徴を持つものを犬獣人、狼の特徴を持つものを狼獣人、という風に捉え、その対極としてヒトを人間として考えた。狭い世界で種族ごとに生きている獣人たちが、たまに村を飛び出した変わり者などがいて、「犬獣人の集団に混ざる猫獣人」をどう解釈するかで苦労した、とアランが苦笑する。オウガたちとしては、「イヌ族の中にネコがいる」くらいの認識になってしまう。


 そんな風に種族を分類すると、今度は異種族出産で混血が産まれないことが気になったのだという。


 狼獣人と猫獣人との間には、同じく狼獣人と猫獣人のどちらかが産まれる可能性があり、人間と狼獣人との間では人間と狼獣人のどちらかが産まれる。どのような組み合わせでも、別々の種族が混じった子供は産まれないのだという。


 これは獣人に並べてヒトを人間という一つの種族だと考え、全てをまとめたものを「人」と呼ぶべきではないか、と口にしたところで、教会から異端認定をされたのだという。


「人……」


「教会?」


「ああ、サンドルク教っていうのが王国では幅を利かせてるが、そいつら曰く、人間は高等な存在だから、下等な獣人を同列にするな、だそうだ」


「何ですかそれは!」


「ヒドイ」


 憤る二人を、アランがたしなめる。


「みんながみんなそう思ってるわけじゃないが、そう思ってる奴らが確かにいて、それなりに権力を持ってる、っていうのが問題なんだな、これが」


 だから俺はここで隠遁生活さ、とアランが肩をすくめてみせる。


「お前たちが獣人の領域に帰る途中で、もし町に寄ることがあって、教会にはできるだけ関わるんじゃないぞ」


 何かを思い出してるのか、寂しそうな表情で締めくくった。



   ◇



「アランさん。ヒト……人間の文字とか、もっと教えて欲しい」


 数日後、王国の社会常識をなどを説いていたアランに、シュリがそう言いだした。――オウガは終わると同時に気晴らしに狩りに飛び出してしまっていたが。


「む、文字か……」


「アランさん、もしかして……」


「いや、読める! 読めるぞ! ただ、得意ではないからな。その辺に王都で話題の本とか暇つぶしに買ったやつがあるから、後は自分たちでやってくれ!」


「あの埃かぶってるやつ?」


「うむ。さっぱり面白さがわからなかった」


「何で買ったの?」


「……死んだ女房や息子が好きだったとかでな。楽しそうにしてたもんだから」


「……ごめんなさい」


「なに、いいさ。思えば書き物読み物は全てあいつら任せだった」


 ちっとは俺も勉強しないとな。そういってアランは部屋を出て行った。


「……する気ないじゃない」



   ◇



「よし、決めた。お前らをそのまま送り出したら、あっさり死にそうだからな。鍛えてやる」


 獣人二人の様々な習熟状況を聞き出した後、アランは二人を引きずって森の中の広場で仁王立ちした。


「ボクとしてはすごく嬉しいけど……」


「私も、強くなりたい」


 オウガの尋ねる視線に、シュリは小さな拳をグッと握って答える。


「その意気や良し! オウガは主に長剣を、シュリは長剣と短剣その他色々を使いこなせるようになってもらう」


「何でシュリだけ色々?」


「町で獣人が長剣を持ってたら、どんな因縁をつけられるかわからないからな。普段は隠せる武器を使えるようになっておけ」


「はーい」


「ボクは?」


 シュリだけずるい、というように迫るオウガ。


「俺の剣技を継ぐのに、お前らなんて100年あったって足りねーよ」


 アランが剣を抜き、構えた瞬間。


「「っ!?」」


 二人は思わず後ろに飛び退き、アランから距離を取った。


「ガキでもしっかり獣人だな。殺気にちゃんと反応しやがる」


 楽しそう笑ったアランが、だが、と続けた。


「獣人って奴はすぐにぴょんぴょん跳びやがる。攻めにも守りにもだ。だが俺たち人は、火が吹ける魔獣じゃない。結局大事なのは間合い。つまり一手で攻撃が届く距離で何をするかだ。跳ぶのはその選択を狭めるだけだぜ」


「わかるようなわからないような?」


「はは、これから身体に嫌って程教えてやるよ。今日はレクリエーションだ。俺の腹か頭に触れたら、晩飯を一品増やしてやるぜ」


「「一品!?」」


「鳥のロースト!」


「魚の塩焼き!」





「もう動けないよ……」


「魚……」


「はっはっは。飯抜きにはしないでやるから感謝するんだな」



 そうして二人の修行の日々が始まった。





 応援まことにありがとうございます。


 これにて一章完結となります。引き続き二章をお楽しみください。(近日中には…)


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