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オオカミノ国  作者: 十乃字
三章・衝突は必然
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50.伯爵軍の不幸

 前話のあらすじ

 王国軍から離反したディメリア伯爵軍がツザの町へと出陣した。


「ココとココに大きく穴を掘って。土はコッチにこの形で積んで」


 大きな木板に簡略に書き込まれた地形図を狼獣人の娘シュリが指し示すと、「オオッ!」と野太い声で駆け出して行ったのは、猫獣人や狐獣人などの勇ましい男たちだった。


 ツザの町は元来人が集まって出来上がっただけの集落であって、城壁などもなく防衛地点としては極めて不向きだったのだ。


 新たな町の住人たちに助けを乞われたシュリが最初に指示したのは、防衛陣地の構築だった。


 年若い他種族の娘の命令とあって難色を示していた者たちもいたが、「町を戦場にしない」というシュリの信念には納得したのか積極的に手伝いを始めている。


「ハル、敵の進軍経路は?」


「予想通り歩きやすい道を通って、ココに真っ直ぐ向かって来てるよ」


 ツザの町への衝撃の登場から、開き直って獣人たちに存在を明るみにした鳥獣人ハルは、斥候としてその特技を如何なく発揮していた。


 王国軍の進路を見定め、シュリが最適と判断した荒野に陣地を築くことができたのだ。


 もっとも、獣人たちは人間たちとは違い技術継承を軽視してきたため、築城技術など持つ者はおらず、原始的に穴を掘ることなどしかできないのだが。


 それでも可能な限り有利な地形を構築している一方で、戦場予定地から外れた森の中では、オウガが数人の獣人たちを連れて作業をしていた。


「そっちに穴を掘って、こっちには縄を張ってください」


 こちらにはシュリの細かい指示は無く、オウガの直感で簡素な罠を仕掛ける場所を決めていく。


 主戦場を避けて奇襲を狙う者などの足止めが目的で、「効果は低くても良いので兎に角数を用意して欲しい」と言うシュリの言葉から、オウガは一見嫌がらせにも似た罠を仕掛ける。


「しかし、こんな子供騙しみたいな罠でいいのか?」


 オウガの言うことを素直に聞くように、とシュリが彼に付けた獣人は隠れ里の者たちだ。疑問を口にした顔馴染みの犬獣人に、


「時間稼ぎだからね。人間は森を移動するのに唯でさえ時間が掛かるから、これで十分なんだってさ」


 お道化た様に答えると、オウガたちは素早く森を駆け抜けながら罠を量産していった。




   ◇




「ディメス様! お戻りください! アラン司令官はまだ戦闘を許可してません!」


「ふん。成り上がりの平民風情が偉そうに! おい、使者殿のお帰りだ。丁重にお送りしろ!」


「ディメス様!? くっ! 放せ!?」


 食い下がるアランの使者をディメスに付き従う兵士たちが乱暴に引き剥がして引きずっていく。


「ディメス様。よくぞ立ち上がってくださいましたな」


 連れ去られた使者の代わりにディメスに擦り寄ったのは、イヌ族との初戦で戦死したロマス・ディメリアの重鎮の一人だ。


「卑劣な獣共によってロマス叔父上が無念の死を遂げ、叔父上の忠臣であった諸君等もさぞ悔しい思いをしただろう。このままでは勇敢に戦った諸君等が不当に蔑まされ、歴史ある要塞に獣の汚れた手を付けさせた不届き者共が英雄扱いされてしまう! 今こそ! ディメリア伯爵軍として諸君等の武勇を示すのだ!」


 自身の言葉に酔いしれたディメスが拳を高々と掲げると、彼の周りでだけ勇ましい掛け声が起こった。


 ――ディメリア伯爵軍とされた王国軍離反兵二千の内、貴族に連なる者や獣人嫌いの人間主義者などは一握りで、多くの一般兵士は、そもそも離反などしたくもないのだ。


 しかし、領主であった故ロマス・ディメリア伯爵の親戚とあっては蔑ろにもできず、帰還した後に裏切り者として謗られないために追従する他になかった。


 だが、彼らの戦意もそれほどに低くはない。その理由は、


「叔父上は卑劣な獣共に不意を打たれたが、我らはそうはいかん。王国の切り札を持っているのだからな!」


 何人もの兵士が汗をかきながら担ぐのは、アランが要塞都市ブラードに持ち込んだ小型攻城兵器スコルピオ。ディメスは伯爵軍の兵に割り当てられていた分を当然のように持ち出していたのだ。


 敗残兵とはいえ、先の防衛戦での大勝の記憶は色濃く、これさえあればあのダメそうな貴族でも、と僅かな希望を抱いている。




 そして二日後、伯爵軍は荒野に立ち止まった。道の先には粗末な木の櫓と柵で作られた陣のようなものがあり、武器を持った獣人が見えることから、どうやら砦のようである。


「ディメス様。如何いたしましょうか?」


「ふふっ。聞け! 諸君! 獣共は獣らしい粗末な砦で身を守ろうとしている! 我ら人間の知恵を見せてやれ!」


 意気揚々と剣を掲げ、指揮と執るディメス。整列した兵の間からスコルピオを掲げた兵士が前に出ると、一斉に射撃を開始する。しかし――


「ディメス様、全然届いておりませんな」


「何故だ!?」


「そういえば、小型化して威力と射程距離に難がある欠陥品だったという噂を聞いた気がしますが……」


 防衛戦では城壁の上から撃ち下すことで射程を補っていたという事実を失念していたディメスたち。獣人の砦の遥か手前に突き刺さった専用矢に、兵士たちの間に白けた空気が流れる。


「ならば届く距離まで近づくまでだ! 全軍、進軍開始!」


 羞恥に顔を赤くしたディメスの指揮で、伯爵軍はゆっくりと動き始める。


 迫りくる兵士たちに獣人たちも黙ってはおらず、弓矢が放たれるが、射手の数が足りないのかパラパラと小雨のように降る矢は、伯爵軍の盾を前に効果を発揮しない。


「ふはは、所詮獣は獣……ぬ?」


 砦へと突き進んでいた兵士たち。その先頭集団が、突如として消え――そして血飛沫が舞った。


「なんだ!?」


 混乱する兵士たちをかき分け、騎馬を繰ったディメス。彼の司会飛び込んできたのは、ごっそりと抉れた大地とそこに落ちた部下たち。そして――返り血に染まった獣人の兵士たち。


「うおおおおぉぉぉ!」


「ひぃぃぃ!?」


 突如として現れた獣人たちの雄叫びに、伯爵軍の兵士たちは恐慌状態に陥ってしまった。


「い、一体どこから出てきたというのだ!?」



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