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オオカミノ国  作者: 十乃字
三章・衝突は必然
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49.望まれない戦い

 前話のあらすじ

 イヌ族に放棄されたツザの町に、王国軍が迫っている。


「クソ忌々しい……。だが奴らもツザの町にいるはず。この機会に今までの無礼を返してやらないとなぁ……」


「ディメス殿? 何かあったのですか? 何やら熱くなっていらっしゃるようですが?」


 レムリア王国軍の野営陣の片隅、ブツブツと呟く町騎士ディメスに見回りついでに声をかけたのは、王国騎士のラウルだった。


 同じ騎士である二人だが、王立騎士学校卒業者だけが所属する王国騎士と、各上位貴族が任命できる町騎士では管轄が違うため、同じアマーストの町に赴任していた二人であっても距離がある。

 立場としても、居合わせたために臨時徴用されたラウルと志願兵として遠方から出向いたディメスとでは戦場への心構えも変わってくるのだろう。


「これはラウル殿。なに、例の獣共に味方した人間のことを思い出しましてな」


「ああ、獣人と共に奇襲を仕掛けてきたという。傷の具合はよろしいのですか?」


「ええ。聖女様のおかげでね」


 落馬により重度の全身打撲を負っていたディメスは、患者を選ばないマリアの治癒の奇跡のおかげで、もう一度参戦出来るほどの回復を果たしていた。


「しかしまさか聖女様が従軍なさるとは、ね」


「それだけ今回の戦いに胸を痛めてるのかもしれませんね」


 建前だけれど、とラウルは心の中で独り言る。


 先の敗戦で所属する治療師にも欠員が多数出た王国軍は、要塞都市ブラード内で治療師を徴兵しようとし、 そこで自ら名乗り出たのがサンドルク教会助祭のマリアだった。


 マリアは従軍する条件として人間も獣人も区別なく治療することを求め、その博愛精神は一部人間主義者から危険視されたものの、奴隷という戦利品を確保したい思惑もあり王国軍側が折れる事となった。


 これが獣人領に旅立った友人を想ってでの事であれば可愛いものだが、どこぞの騎士のように獣人偏愛を拗らせたのでは、と護衛騎士二人は気が気でないのだった。




「イヌ族の密偵から連絡は無いのか?」


「うーん。どうしちゃったんですかね。追撃戦で全員死亡したとは思えないんだけど……」


 野営陣奥の天幕。何かと開けっ広げで部下たちから好感を集めた司令官アランがひっそりと密談を交わすのは、王国暗部に通じる王国騎士クリスであった。


 イヌ族に潜入させていた奴隷獣人からの報せが無く、アランたちは攻め手を緩めるべきか決めかねていた。


 彼らには知りようがないことだが、クリスの潜入させていた犬獣人は獣人領奥地へと否応なく撤退させられおり、猫獣人などは捨て駒の足止めとして追撃戦で戦死するなどして、ツザの町に王国の密偵は一人も残っていない。


 そして、戦勝の余裕から来ることのない連絡を上層部二人がのんびりと待っている間に、事態は動いてしまうのだった。




 翌日も斥候を出すなどはしたものの、天幕の中で動きあぐねていたアランたちだったが、外の騒がしさが妙に気にかかった。


「アラン殿! クリス!」


 そこへ飛び込んできたのは、野営陣内を巡回していたラウルだった。


「ラウル、何事?」


「妙に騒がしいな?」


「ディメス殿――ディメス・ディメリアが一部の兵を連れて出陣しました!」


「何だと!?」




   ◇




 少し遡り、朝日が昇ったばかりの頃。


 天幕で何やら密談に勤しんでいる最上級責任者二人に代わって、ラウルは部下たちの顔を見て回っていた。


 長引く野営に風紀の乱れを懸念していたのだが、厳しい訓練を重ねた兵たちは規律正しく過ごしていた。しかし、


(妙に目が血走っているような……?)


 ラウルには一部の兵士が殺気立っているように感じられた。


「おい、そこの君たち。野営が長引いて何か不便してたりするか?」


 彼が声をかけたのは、血走った眼で武器の手入れをする兵士たちだった。


「これは騎士様。野営なんぞ慣れておりますからな。不便なぞし飽きておりますよ。ただ、早く獣共の血を流したいだけですな。っくく」


「そ、そうか……。まだ司令官殿から命令はない。待機を続けてくれ」


 暗く嘲笑う彼らにそれ以上かける言葉が見つからず、命令違反をしているわけでもないのでラウルは立ち去る他になかった。しかし、


(彼らはロマス伯爵が率いた野戦の敗残兵だったか)


 ラウルは一際殺気立つ兵たちの装備の衣装から、戦死したブラード司令官ロマス・ディメリアの家紋を見て取っていた。


「そういえば彼も伯爵家縁の者だったな。話を聞いてみるか……」


 遠方から援軍としてやって来ていた、あまり親しくない同僚のことを思い出して探すラウルだったが、限られたとはいえ五千の兵が集う野営陣内で、部隊長格の一人を探すことは困難だった。


 そして――


「なんだ? 向こうの方が騒がしいな」


「ラウル様? こんな所にいていいんですか?」


「どういうことだ?」


 胸騒ぎを覚えたラウルに気さくに声をかけたのは、ブラード防衛戦で幾度となく顔を合わせた兵士だった。


「騎士様が出陣だーって飛び出て行きましたよ?」


「何だって!?」




「それで、誰もそのバカを止めなかったのか?」


「伝令兵を出したのですが、聞く耳を持つ様子はないそうです」


「あー。ディメスってロマス伯爵の甥っ子ですよね。貴族って無駄に気位高いから、同格の貴族からしか命令聞かないとかあるんですよねぇ……。その対策で彼も呼ばれてるんだろうに、何やってるんだか……」


「今ここに他の上位貴族は?」


「残念ながら、全員死にましたねぇ。自分が一番偉いはずなのに、っていう鬱憤も今回の独断専行のきっかけかもしれないですね」


 ラウルからの報告に呆れるアランに、クリスが乾いた笑みを浮かべて王国軍の現状を説明した。今この場にいる三人も、騎士爵と元騎士爵に子爵と、下位貴族と呼ばれる位だ。


「はぁ……。奴に付いていったのは敗残兵の生き残り二千か。ロマス伯爵の私兵みたいなもんだし当然か。とりあえず残っている兵士にも出陣の準備をさせてくれ」


「戦うんですか?」


 溜息を吐いて眉間に皺を寄せたアランからの出陣命令に、若い騎士二人は驚く。


「黙って見殺しにすると獣人がまた攻めてくるかもしれん。様子を見て援軍として参戦するか撤退の手伝いをするか、ってところかね」


 急場でアランの描いた構想に、二人も頷く。





 こうして、一部以外誰も望まない戦いが始まることとなったのだった。

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