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オオカミノ国  作者: 十乃字
三章・衝突は必然
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47.奇襲成功

 前話のあらすじ

 イヌ族の敗北を知ったオウガお兄ちゃんたちは、オオカミ族のハヤテさんたちを助けるために王国の人と戦った。


 オウガとシュリによる奇襲で半壊したレムリア王国軍歩兵部隊は、包囲を解いて撤退を始めた。


「すげえな。本当に二人で追い返しちまった。でも、せっかく勝ったってのに戦利品がこんなもんでいいのか?」


 疲れたふりではなく本当に疲弊しきって囮となった獣人たちの一人、犬獣人のシロウが持ち上げたのは、王国軍の兵士が被っていた兜だった。他にも剣や盾など、彼らの装備がそこかしこに打ち捨てられている。


「多すぎる。持ちきれない」


 仲間たち人数分の兜や剣を拾い集めたシュリが、王国兵の去った後を見て呆れる。十数人分拾っても尚、それ以上に王国兵の鉄装備が放置されてしまっている。


 確かに装備を置いていけと脅したのは自分だが、こんな有様は想定外だ、と不満気な表情を浮かべる。


 負傷した王国兵を運ぶのに、装備を邪魔に思った兵士たちが脅されるまでもなく投げ捨てていったのだ。


「ふぅ……。それよりハル、ハヤテたちの様子はどう?」


「シュリさん! オウガさん!」


 大量に残された鉄装備に未練を残しながら、シュリは視線を上空へ向ける。安全を確認して空へと送り出した鳥獣人のハルが、慌てながら降りてきた。


「ハヤテさんたちが立ち止まってしまって、騎兵隊に回り込まれそうなんです!」


「逃げ切れなかったの!? そんな、どうしよう……」


 援軍を送ろうにも、こちらも疲弊しきった獣人が十人程いるばかり。間に合うのか、間に合ったとして、騎兵突撃でどれほど被害が出るだろうか。


 同族と仲間たちとの被害に悩み、指示を出せないでいるシュリの肩を、オウガがポンと叩いた。


「ハル、俺を上まで連れて行ってくれる? 時間稼ぎをしてくるよ。シュリはその間に何とかしてくれ」


「オウガだって今戦ったばかりじゃない!?」


「俺は馬で楽をさせてもらっていたから。ハル、お願い。急いで」


「は、はい!」


 シュリに反論させる間を与えず、オウガはハルの腰元を抱き寄せ空へと飛び立たせた。頭を冷やして、という言葉を残して。


「シュリお姉ちゃん……っ!?」


 背の軽くなった馬を牽いたミライが俯くシュリに声をかけると、パンっと乾いた音が草原に響いた。


「ミライ、もう大丈夫だから」


 頬をわずかに赤くさせたシュリが自身の頬を叩いた手を軽く握ると、


「各自、王国兵の残した装備を付けて移動! 持ちきれない分は捨て置いて!」


 凛とした声で獣人たちに指示を出した。




   ◇




「危険な賭けに巻き込んでごめんね」


「いえ……、それよりオウガさん、どうするおつもりなんですか?」


 緩やかに上昇するハルは、胸元のオウガに問いかける。


「間に合うのなら、ハヤテたちの横に落としてもらえば何とかするけど……」


『上等だ、掛かって来いよ!?』


『獣風情が! 行くぞ!』


 眼下では、武器を構えた獣人たちと王国軍の騎兵隊が睨み合っていた。もう少しこのままでいてくれ、というオウガの願い叶わず、王国騎兵が動き始めた。


 土埃を上げて駆け出した騎兵は突撃の鏃型の陣形で、その先頭は確実にハヤテたち獣人を狙っている。


「ハル! 俺を奴らの先頭の騎兵にぶつけるつもりで落としてくれ!」


「ええっ!? そんなの危ないですよ!?」


「俺は絶対大丈夫だから! ずっとここにいたらハルも見つかっちゃうし、早く!」


「もう! 絶対に怪我しないでくださいね!?」


 真っすぐにオウガに見つめられ、諦めたハルが地上へと鋭く降下を始める。ハヤテたち混成獣人部隊の上を通り抜け、


「ありがとう。ハルは逃げてね!」


 オウガが手を放す。


 宙に身を投げ出した若狼は、一本の矢のように真っ直ぐに騎兵へと飛び込んでいく。


「っ!? ここだ!」


 オウガの突き出した剣は、矢のような速度で先頭を行く騎兵の、馬へと突き立てられた。


「な!?」


「隊長が落馬されたぞ!?」


 その突きの勢いに馬は横転し、乗っていた兵士が放り出された。後続の騎兵たちも、巨大な障害物となった馬を避けるために左右に分かれ、ハヤテたち獣人部隊を大きく通り過ぎた所で立ち止まった。


 奇襲に成功したオウガは、勢いを殺しきれずに馬に突き立ったままの剣を中心に一回転すると、肉に引っかかり抜けない剣を手放して銃人たちの下へと身を投げ出すと、転がりながら乱暴に着地した。


 そして目を見開いて呆然とする幼馴染に、


「命を粗末にするなよ、ハヤテ」


 と不敵に笑いかけたのだった。




「俺を助けて、長に返り咲きたいのか?」


 突然の乱入者に、混乱したハヤテからようやく出てきた言葉は、そんな憎まれ口だった。


「折角修行したのに、ハヤテがいなくなったら成果が分からなくなっちゃうからだよ」


 思わずオウガの口からもそんな素直ではない答えが出てしまったが、二人の間に険呑とした雰囲気は無い。


「オウガちゃん、助けに来てくれたの?」


「アヤリなの? 大きくなったね。……助けに来たつもりなんだけど、これからどうしよう?」


「何も考えずに飛び込んできたのか?」


 ふざけた様子でもなく、本当に頭を悩ませている様子のオウガに、ハヤテたちが呆れる。


「いや、飛び込んで一暴れするつもりだったんだけどね。剣が抜けなくなっちゃって」


 苦笑したオウガが、空っぽの手の平を見せる。そして、その置き忘れられた剣の傍では、


「誰か! 俺を助けろ!」


 奇跡的に息のあった騎兵隊長が、そんな罵声を飛ばしていた。


 慌てた王国軍騎兵隊が、オウガたちを遠巻きに警戒しながら落馬した上官の下へと戻っていく。


「おいお前! その馬を俺に寄越せ!」


「ええぇ……」


 騎兵隊長は哀れな部下から乱暴に馬を奪うと、


「くそ! 俺の輝かしい戦功にケチが付いてしまう……おい! そこの白髪頭……ん?」


 馬上からオウガを指差した騎兵隊長が、首を傾げる。


「お前、人間か……? いや、その白髪頭、その顔、お前は……!?」


「知り合いか、オウガ?」


「……いや、知らない。どちら様?」


 獣人たちの視線が集まるが、オウガも首を傾げる。


「ぐ!? 何度も俺を侮辱しやがって! お前ら、突撃だ!」


「誰だっけ。見覚えが有るような無いような……」


「オウガ!? 呑気に考えてる場合か!? 来るぞ!」


「大丈夫だよ。これだけ時間を稼いだんだ――」


 シュリならきっと。


 オウガが言葉に出す前に、ハヤテたちの背後に王国製の鉄装備を纏った少数の部隊が表れていた。


「遅い! 早くそいつらを包囲しろ! 一人も逃がすな……んん!?」


 焦った突撃を止め、歩兵部隊の展開を待った騎兵隊長だったが、現れた援軍の様子に白目を剥いた。


 徐に進軍を始めた彼らは、眼前の獣人部隊と合流してしまったのだ。


 そして、


「援軍なら来ないぞ」


 にやりと不敵に笑ったオウガが騎兵部隊へと投げ渡したのは、血に汚れた王国兵の兜だった。




   ◇




「助かったよ」


「あまり無茶はしないで」


 情けない悲鳴を上げて騎兵隊長が逃げ出し、それに続いて騎兵隊が撤退したところで、オウガは隣のシュリへと感謝の言葉を口にした。


 兜を脱いだシュリは手早く髪を整えると、幼馴染を睨み付ける。


「はい、ごめんなさい。もうしません」


 出来るだけ、という言葉は冷たい視線で喉元へと押し込まれて飲み込む。


「ふぅ。本当に反省してるんだか……しかしまた変なのと縁があるのね」


「ん? シュリはあいつ知ってるの?」


 オウガが尋ねると、シュリは先ほどまでとは違う冷たい目線をオウガに向ける。


「アマーストでオウガを捕まえた町騎士だと思う」


「ああ、いたね、そういえば。分からず屋が」


「なんでこんな所にいるんだか。……何だか嫌な予感がする」


 別れてから二月。アマーストという懐かしい響きに、二人は人間の友人たちを思い出さずにはいられなかったのだった。



いつも応援ありがとうございます。

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