5.そして邂逅し
「ふぅ。思ったより大仕事になったぜ」
頬に着いた返り血を拭いながら、男がいう。
「なぁ、それ何か使い道あるか?」
もう一人がそれと指したのは、男が手に持っている細く長い毛皮の――尻尾。
「襟巻きにするにはちぃーとばかり小さいか。捨ててくかね」
べしゃり。ぐしゃり。
「っ!」
血だまりの地面に捨てられ、無意味に踏みにじられた尻尾。
視界が苦痛で歪む中、倒れ伏したまま、オウガは見ていることしかできなかった。
泣き叫んでいたシュリは、クッタリと力なくうなだれ、動かない。その横で、メストが楽しそうに笑顔を浮かべている。
「さて、お仕置きも済んだことですし、そろそろ行きますかね」
「へい、旦那」
そういってオウガを切り刻んだ男が歩き出した瞬間。
ごぅっと強い突風が吹いた。巻き起こる土埃に思わず皆が顔を隠す中で、力なく横たわっていたオウガは、見た。
ずん、と腹のそこまで響く大音を立てて――男が潰れた。
「……え?」
男がいた場所には、巨大な鉤爪を持つ足があった。
気が付けば妙に薄暗い。
オウガが力を振り絞って見上げると、そこには太陽を隠すくらいに巨大な――鷲がいた。
「グ……グリフォンだ! お、お助けぇぇぇぇ」
「こら! 逃げるな! 私と商品を守れ! くそ!」
生き残った護衛の男は一目散に走り去り、後には未だ立ち上がれないオウガ、鎖で縛られたまま、身じろぎ一つしないシュリ、馬車の中に逃げ込んだメスト、そして家よりも巨大な大鷲が残った。
誰一人動けなくなった。今この場の生殺与奪権を持つモノは、グリフォンと呼ばれた大鷲だけだった。
ドシ。ドシ。
巨体な割には軽めの足音を響かせ、グリフォンはおもむろに後ずさり――食事を始めた。
バキバキと骨を軽快に砕く音を奏でながら、グリフォンは足下の元人だった物を平らげる。
(今なら逃げられるか?)
この場でそう考えたのは、オウガと――メストだった。
「逃げるぞ! 来い! 私の金貨10枚!」
引っ張れど叩けど反応のないシュリに業を煮やしたのか、メストが罵声を浴びせる。
咀嚼音が、止まった。
「あ……」
思わず漏れた声はオウガかメストか。
首を持ち上げたグリフォンと、メストの目が合った。
「は……はは。わ、私より! この娘の方が肉が柔らかくてうまいぞ!」
メストは動かないシュリを差し出し、後ずさる。
グルルゥ……フシュゥゥ……
グリフォンの大きな鼻息がシュリの身体を揺さぶる。興味がシュリに移ったと判断して、彼は転進。走り出す――その刹那。
「うわっ!?」
またしても突風が巻き起こり、さらには隠れていた日の光までオウガに差し込んだ。
「ひ~! おたす――」
次の瞬間、いつの間にか飛び立ったグリフォンがメストを跳ね上げ、空中で一飲みにしてしまう。
グリフォンは上空を大きく旋回して――オウガたちに向かって滑空を始めた。
(もうだめか。シュリ、ハヤテ、アヤリ、母さん、父さん。ごめん)
オウガは諦め、最期の瞬間に備えて瞼を閉じた。予想通り突風がオウガを襲い――痛みはなかった。
まさか自分ではなくシュリだったか、と慌てて起き上がると、メストに突き飛ばされ横たわったままのシュリの姿が目に映る。
「グリフォンは!?」
目を凝らし、見渡して、見つけたのは上空に小さくなっていく後姿。あの大きな鉤爪で掴んでいるのは、いつの間に仕留めたのか、馬車を引いていた馬だった。
(食事を止めて持って行ったってことは、お腹いっぱいになったのかな)
「た、助かった……のかな」
呟くも、答える者はいない。シュリは依然として起きる気配がない。
「ボクもこのままここで寝てたい……でも――」
痛みと疲労。朦朧とした頭で思い起こされたのは、一人逃走した護衛の男。
「シュリは金貨10枚って言ってたな。よくわかんないけどすごいんだろうなぁ……」
(多分様子を見に戻ってくるだろうな……)
『生きろ』
父の最期の言葉が聞こえた気がした。
「……ふぅ。よし! シュリ、逃げるよ」
いつの間にか静かに寝息をかき始めたシュリを背負い、ヨタヨタと歩き始める。
「とりあえずは身を隠せる森……できれば水が欲しいなぁ……」
オウガは一歩一歩、着実に歩き始めた。
◇
何とかたどり着いた森の中。とにかく遠くへ、とオウガは重い脚を動かしていた。
行きついたのは、静かな湖畔だった。
(少しだけ、少しだけ休もう)
そっとシュリを降ろしたところで、オウガは立ち上がることができなかった。
そこに、どこからか地面を踏みしめる音が聞こえてきた。
(逃げなくちゃ)
霞のかかったような頭でそう思っても、身体は限界だった。
意識を失う間際、聞こえてきたのは、
「人間と獣人の子供か? 変な組み合わせだな……」
と戸惑う低い落ち着いた男の声だった。
それはオウガたちにとって、運命の出会いとなった。
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※追記 大鷲を「ガルーダ」としていたのを、「グリフォン」に変更しました。