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オオカミノ国  作者: 十乃字
一章・終わりは始まり
5/81

5.そして邂逅し


「ふぅ。思ったより大仕事になったぜ」


 頬に着いた返り血を拭いながら、男がいう。


「なぁ、それ何か使い道あるか?」


 もう一人がそれと指したのは、男が手に持っている細く長い毛皮の――尻尾。


「襟巻きにするにはちぃーとばかり小さいか。捨ててくかね」


 べしゃり。ぐしゃり。


「っ!」


 血だまりの地面に捨てられ、無意味に踏みにじられた尻尾。


 視界が苦痛で歪む中、倒れ伏したまま、オウガは見ていることしかできなかった。


 泣き叫んでいたシュリは、クッタリと力なくうなだれ、動かない。その横で、メストが楽しそうに笑顔を浮かべている。


「さて、お仕置きも済んだことですし、そろそろ行きますかね」


「へい、旦那」


 そういってオウガを切り刻んだ男が歩き出した瞬間。


 ごぅっと強い突風が吹いた。巻き起こる土埃に思わず皆が顔を隠す中で、力なく横たわっていたオウガは、見た。


 ずん、と腹のそこまで響く大音を立てて――男が潰れた。


「……え?」


 男がいた場所には、巨大な鉤爪を持つ足があった。


 気が付けば妙に薄暗い。


 オウガが力を振り絞って見上げると、そこには太陽を隠すくらいに巨大な――鷲がいた。


「グ……グリフォンだ! お、お助けぇぇぇぇ」


「こら! 逃げるな! 私と商品を守れ! くそ!」


 生き残った護衛の男は一目散に走り去り、後には未だ立ち上がれないオウガ、鎖で縛られたまま、身じろぎ一つしないシュリ、馬車の中に逃げ込んだメスト、そして家よりも巨大な大鷲が残った。


 誰一人動けなくなった。今この場の生殺与奪権を持つモノは、グリフォンと呼ばれた大鷲だけだった。


 ドシ。ドシ。


 巨体な割には軽めの足音を響かせ、グリフォンはおもむろに後ずさり――食事を始めた。


 バキバキと骨を軽快に砕く音を奏でながら、グリフォンは足下の元人だった物を平らげる。


(今なら逃げられるか?)


 この場でそう考えたのは、オウガと――メストだった。


「逃げるぞ! 来い! 私の金貨10枚!」


 引っ張れど叩けど反応のないシュリに業を煮やしたのか、メストが罵声を浴びせる。


 咀嚼音が、止まった。


「あ……」


 思わず漏れた声はオウガかメストか。


 首を持ち上げたグリフォンと、メストの目が合った。


「は……はは。わ、私より! この娘の方が肉が柔らかくてうまいぞ!」


 メストは動かないシュリを差し出し、後ずさる。


 グルルゥ……フシュゥゥ……


 グリフォンの大きな鼻息がシュリの身体を揺さぶる。興味がシュリに移ったと判断して、彼は転進。走り出す――その刹那。


「うわっ!?」


 またしても突風が巻き起こり、さらには隠れていた日の光までオウガに差し込んだ。


「ひ~! おたす――」


 次の瞬間、いつの間にか飛び立ったグリフォンがメストを跳ね上げ、空中で一飲みにしてしまう。


 グリフォンは上空を大きく旋回して――オウガたちに向かって滑空を始めた。


(もうだめか。シュリ、ハヤテ、アヤリ、母さん、父さん。ごめん)


 オウガは諦め、最期の瞬間に備えて瞼を閉じた。予想通り突風がオウガを襲い――痛みはなかった。


 まさか自分ではなくシュリだったか、と慌てて起き上がると、メストに突き飛ばされ横たわったままのシュリの姿が目に映る。


「グリフォンは!?」


 目を凝らし、見渡して、見つけたのは上空に小さくなっていく後姿。あの大きな鉤爪で掴んでいるのは、いつの間に仕留めたのか、馬車を引いていた馬だった。


(食事を止めて持って行ったってことは、お腹いっぱいになったのかな)


「た、助かった……のかな」


 呟くも、答える者はいない。シュリは依然として起きる気配がない。


「ボクもこのままここで寝てたい……でも――」


 痛みと疲労。朦朧とした頭で思い起こされたのは、一人逃走した護衛の男。


「シュリは金貨10枚って言ってたな。よくわかんないけどすごいんだろうなぁ……」


(多分様子を見に戻ってくるだろうな……)


『生きろ』


 父の最期の言葉が聞こえた気がした。


「……ふぅ。よし! シュリ、逃げるよ」


 いつの間にか静かに寝息をかき始めたシュリを背負い、ヨタヨタと歩き始める。


「とりあえずは身を隠せる森……できれば水が欲しいなぁ……」


 オウガは一歩一歩、着実に歩き始めた。



   ◇



 何とかたどり着いた森の中。とにかく遠くへ、とオウガは重い脚を動かしていた。


 行きついたのは、静かな湖畔だった。


(少しだけ、少しだけ休もう)


 そっとシュリを降ろしたところで、オウガは立ち上がることができなかった。


 そこに、どこからか地面を踏みしめる音が聞こえてきた。


(逃げなくちゃ)


 霞のかかったような頭でそう思っても、身体は限界だった。


 意識を失う間際、聞こえてきたのは、


「人間と獣人の子供か? 変な組み合わせだな……」


 と戸惑う低い落ち着いた男の声だった。




 それはオウガたちにとって、運命の出会いとなった。




ブックマークなど、応援してくださってる皆さま、ありがとうございます。



ご意見ご感想、又は評価をしていただけると作者が喜びます。



※追記 大鷲を「ガルーダ」としていたのを、「グリフォン」に変更しました。

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