42.王国の切り札
前話のあらすじ
イヌ族軍が王国軍に大勝したけど、隠れ里では関係なかった。
「王国軍が壊滅!? ディメリア伯爵は?」
「逃げ遅れて死んだみたいだねぇ。『勇敢に戦って討死』ってことにでもしないとダメかな」
要塞都市ブラード。何故か同期の騎士クリスに司令官室に呼び出されたラウルは、王国軍壊滅の顛末を聞かされていた。
「イヌ族はすぐにでも攻めてきそうなのか?」
「うーん……、人間と比べると無秩序と言われてはいるけど、死体の処理とかは流石にしてるみたいだね。後ろからゾンビに襲われたくはないだろうし。というわけで、しばらくは時間がかかるかも?」
「そうか……しかしクリス、君は何だか随分余裕があるね。何か良い情報でもあるのか?」
「ふっふっふ。実は良い話がなんと三つもあるんだ」
青髪の騎士は中世的な顔に蠱惑的な笑みを浮かべて、「聞きたい? 聞きたい?」とラウルの顔を覗き込む。
「言いたいんだろ。早く言えよ」
「つれないねぇ。ごほん、まず一つめ。先の戦場から逃げ延びた兵士が二千人程いて、王国中からの増援も含めてこの要塞には一万の兵士がいる。壊滅したディメリア伯爵率いた王国防衛軍が五千だったから、ざっと二倍だね」
「いや、それは籠城するなら必ずしも良いことではないだろう。兵糧問題もあるし、要塞都市の――ディメリア伯爵の兵は未だに旧時代的な訓練を続けていて、他の王国兵と一緒には扱い難いんじゃないか?」
人差し指を立てて楽しそうにするクリスに、ラウルが溜め息を吐く。
ロマス・ディメリアが率いた五千の兵が要塞都市ブラードの常備軍の全てであり、今この要塞都市に一万の兵士がいるというのは過剰という他なかった。相手が五百という少数精鋭では、こちらの数が増えても状況は好転したとは言えないだろう。
「もしかして、残り二つもこんな微妙な話じゃないだろうね?」
「いやいや。今のは掴みさ。これからはもっと良い話だよ? なんと、要塞のお偉いさんことディメリア伯爵の腰巾着共が一緒にお亡くなりになったので、今この要塞の司令官代理はボク、クリス・ローランなのだ! 敬っていいよ? 崇めてもいいよ?」
「おめでとう。じゃ、僕はこれで」
「ちょ!? 待って待って!」
くるりと踵を返して歩み去ろうとしたラウルの背中に、冷や汗を流したクリスが追い縋る。迷惑そうにラウルが振り返ると、
「君も今なら大隊長を任されるくらい貴重な王国騎士なんだよ!? 友達だろ、助けてくれてもいいじゃないか!」
「未経験の若手がその場凌ぎで指揮官になるような、そんなに危険な場所に要人を残すわけにはいかない。教会に報告させてもらうけど、たぶん僕はその護衛でこの要塞を去ることになる。悪いが僕の分も頑張ってくれ」
「ホント待ってって! 実はディメリア伯爵は突っ撥ねてたんだけど、王都から外部顧問が来てくれるんだよ。ボクは戦いとか専門外だから、君にその人と兵士との折衝役を頼みたいんだ」
「外部顧問……? 軍に属さずにそんな大役が務まるような人が――」
「司令官代理殿はここか? 失礼するぞ」
重々しい声の男は、乱暴にノックをすると返事を待たずに扉を開けた。
「待ってました! 入って入ってー」
「え!? あ、あなたは!?」
◇
「は、初めまして! サンドルク教会助祭のマリアと申します!」
「おう、噂の聖女様だな。ほーう……、まさかこんなに可愛らしい女の子だとは思っていなかったな」
「か、可愛いなんてそんな……」
ガチガチに緊張したマリアが頭を下げるのを、外部顧問――アラン・イエーガーは顎に手を当て無精髭を撫でつけながらニヤニヤと笑う。
場所は先ほどの司令官室。本来の部屋主であるべきクリスは、アランに『司令官代理代理」という急造した肩書を押し付けると、どこかに行方を晦ましていた。
呆れたラウルの横で、「好き勝手やれってこったな」とニヤリと笑ったアランは、早速要塞に残っていた武官文官を走り回らせ現状を把握しようとしていた。一方で、今の内にとラウルに命じてマリアとレイアを一般区画から呼び出したのだった。
「ガキ共が世話になったな。聖女様にはシュリの足を治してもらったようで、俺からも礼を言わせてくれ。本当にありがとう」
「オウガさんには命を助けて頂きましたし、私にできることをしただけです。それより、あの……聖女様というのは止めて頂けると……」
「おっとそうかい? そんじゃあ嬢ちゃん、これからも仲良くしてやってくれ」
「は、はい!」
「それと、そっちの……レイアだったか。お前さんにも世話になっていたみたいだな。ありがとう」
「いえ、私も学ぶことは多かったので。しかしどうして死亡説が流れたアラン殿が外部顧問などに?」
レイアの当然の疑問に、アランが頭をかくと、
「オウガたちに獣人領に遊びに来てくれと言われちまったからな。隠居暮らしの準備をしてくれた御仁に礼を言いに行ったり、色々してたら……陛下にバレた」
「陛下って……国王陛下!?」
目を白黒する三人に、アランは苦笑すると、
「まあ他にいねえわな。爵位寄越してきやがったりちょっと厚遇してもらったり、世話になったと言えないこともないからな。詫びに参じたらこの様よ」
「アランさん、思っていた以上に自由な人だったんですね……」
「僕は何も聞いていない、何も聞いていない……」
「ラウル、現実を受け入れろ。面白い人じゃないか」
憧れの英雄の実態に頭を抱えるラウルの肩をレイアが優しく叩く。
「さて、思ったより長話になっちまったな。そろそろ仕事に戻らにゃならん。ラウルはこのままこっちで借りちまうが、構わないか?」
そうアランに問われ、レイアが慌てたように口を出す。
「ラウル、マリアの避難についてだが」
「うーん、それなんだけどね」
「逃げなくていいぞ。ていうか逃げた方が危険かもな」
「そうなんですか?」
マリアが首を傾げると、アランは陽気に笑い、
「おじさんが来たからには、もう大丈夫だ。どーんと任せなさい。――というのは冗談だが」
大袈裟な身振りで胸を張ったが、一転して真面目な表情を作る。
「俺が何年あいつらと過ごしたと思う? 獣人に関してはこの王国で一番詳しい自信がある」
「シュリくんたちと暮らしていなくても、あなたが一番お詳しいと思いますが……」
憧れの戦士を前に意図せず持ち上げてしまうラウルに、アランが苦笑する。
「流石に前線を離れすぎたからな。鉄装備に集団戦をこなす獣人なんて俺の時代にはいなかった。まあ、クリス司令官代理の情報のおかげで何とかなりそうだけどな」
「一体どうなさるおつもりで?」
「ふふ、それはな――」
アランが口にした対イヌ族軍の秘策。それを聞いた三人は、
「え?」
「むぅ。そんなことがありえるのでしょうか?」
「流石はアラン殿!」
という反応を示すのだった。
そして、その時は来た――
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