41.隠れ里の平穏
前話のあらすじ
イヌ族軍により、人間軍が壊滅した。
狼獣人のハヤテ率いるイヌ族軍の徴兵部隊が隠れ里を去ってしばらく。オウガは隠れ里の小さな小屋を借りて修行の日々を過ごしていた。
「今日も修行?」
「うん」
「そう、無理はしないでね。行ってらっしゃい」
早朝、一人森へと向かうオウガをシュリが見送るのが、この生活の日課となっていた。
ハヤテがオウガに見せたオオカミ族の技は、木々や岩などあらゆる物を使って立体的に高速移動するもので、それは人間である義父アランには教えることのできるものではなかった。
師のいない、記憶に刻まれたハヤテの動きを再現することから始めた修行。オウガが孤独な闘いに励む一方で、シュリはオウガが完成させた技を教えてもらおう目論んでいる。そんなシュリが何をしているかと言えば、
「キリキリ走って! 疲れて戦えないなんて笑い話にもならない!」
「へ、へい!」
「くそ、何で俺まで……」
シュリが珍しく声を荒げて叱り飛ばすのは、犬獣人シロウを始めとしたツザの町の元自警団員たち。ハヤテたち徴兵部隊を前に、武器を隠して無力な農民のふりをしたことをシュリが見咎めていたのだ。さらには、
「ミライ、遅れてる! 無理なら止めていいよ!?」
「っ! ううん、がんばる!」
大人の獣人たちに遅れながらも走っているのは、幼い猫獣人のミライ。他にも犬獣人のリナや兎獣人のユキ、里に家族を持つ人間の男などが自主的に訓練に参加していた。
養父を思い出して鬼教官を演じるシュリだったが、流石に大人の獣人たち以外には手加減をして、体力作りと型訓練で終了としている。元自警団員たちは、その後に倒れるまで模擬戦でみっちりと苛め抜かれているが。
「シュリさーん。お父さんから報告でーす」
臨時の弟子たちを気迫溢れる仁王立ちで叱咤するシュリの下へ、空から羽ばたき音と共に降りてきたのは鳥獣人のハルだった。同じく鳥獣人である彼女の父カズが隠れ里から離れて見回りを行い、里内での連絡に娘のハルが飛び回るという構図ができていた。
これには、隠れ里を鳥獣人が飛び回るのが日常になるようにというカズの妻、猫獣人マキナやツザの町元代表トラヤたちの思惑がある。
「うん、ありがとう。それでカズは何て?」
「はい、あの……イヌ族と人間の軍がぶつかったって」
「っ! そう。それで、結果は?」
「イヌ族が乱戦に持ち込んで圧勝。人間たちは大将首含め半数が戦死、残りは逃亡したみたいだって」
「イヌ族が強い、って言うより王国軍が弱過ぎる……? 他には何か言ってた?」
「遠目に見る分には犬獣人ばっかりで、他の種族はツザの町に残ってたみたい」
「そっか。報告ありがとう。……カズさんに気を使ってもらったかな」
トラヤなど里の重鎮たちへの報告へとハルが飛び去ると、幼馴染が関わっていないであろうことに胸を撫で下ろしたシュリだったが、これ以上イヌ族が王国領に近づくと、カズに偵察を頼むのは難しいだろうかと頭を悩ませるのだった。
◇
「そう……、なんだ。教えてくれてありがとう」
「い、いえ! 私にできることはこれくらいだから……」
「これくらいも何も、『ハルとカズさんの見回りのおかげで安心して訓練に励める』ってシュリが感謝してたよ」
隠れ里奥の森の中、見かけたついでとイヌ族の戦争の様子を報告しに訪れたハルに礼を言うオウガ。ハルは照れ隠しに羽をバタバタと動かして、赤くなった顔を誤魔化そうとする。
「そ、それじゃ私はお母さんの所に帰りますね! オウガさんはまだここで修行をやられるんですか?」
「いや、今日は農作業の応援を頼まれるからもう戻るよ。ところで……」
「はい?」
「ごめんね、森、荒らしちゃって」
申し訳なさそうに頭をかくオウガ。二人の足元には枝葉が散乱し、頭上では随分と寒々しい見た目となった木々が揺れていた。そこかしこにオウガが足場にしそこない、蹴り砕けた痕跡などが残っている。
「いえ! いいんですよ! 陽が射した方が森に良いって言いますし! それに、オウガさんも見つけやすくなりますし……」
「うん?」
語尾を不明瞭にゴニョゴニョと濁したハルにオウガが聞き返すと、「何でもないです!」と慌てて飛び立ってしまった。
オウガは歳近いの女の子の突飛な行動に首を傾げながら、森を出るのだった。
「リナちゃん、手伝いに来たよ」
「あ、オウガくん。待ってたッス。それじゃ皆、行きますよー!」
「え? あれ?」
オウガが隠れ里内の畑へと顔を出すと、作業をしていたリナたちが道具を片付け始めた。
「オウガくん、実はこれから里の外へ収穫に行くので、護衛をして欲しいッス」
「里の外へ?」
戸惑うオウガの背を押して、リナたちは隠れ里の草原へと訪れた。
「この辺で適当に食べられそうなの探してくださいです」
「適当にって……あれ?」
同行したユキが指示したのは一面の緑。無秩序に育ったそれらはどう見てもただの野草かと思われたのだが、
「これ、形が悪いけど……?」
オウガが試しに根元を掴んで地面から引きずり出したのは、ツザの町でも売られていた根菜だった。
「トラヤさんが言うには、野菜が野生化したんじゃないかって話です。向こうの方には麦畑がありますよ。秋になると一面黄金色で凄いんですよ」
その光景を思い出したのか、うっとりとした表情のユキ。
「それはすごいけど、一体何でこんなに……」
「もしかしたら、昔はこの辺りに人が住んでいたのかもね」
都合が良すぎると首を傾げるオウガの横で、シュリが形の歪な野菜を収穫しながら推測する。
「こんなに豊かな場所からいなくなっちゃった理由はなんだろう?」
「それは私にも分からない。リナたちは何か聞いてる?」
「いや~。私たちも親かそのさらに親の世代が住み始めたらしいッスから、昔のことはさっぱりッス。あ、でも、トラヤさんがツザの町の近くにも同じような場所があったって言ってたッス。取り尽くして普通の畑に作り替えちゃったらしいッスけど」
「うーん、この辺はそういう物なのかな?」
オウガたちは不思議に思いながらも、賄い切れない隠れ里の食糧事情を補ってくれる物としてありがたく収穫を続けるのだった。
「ところでシュリ、訓練はいいの?」
「うん、今は全員倒れてるから休憩時間。夕方くらいからいっぱいイジメ――鍛えてあげる」
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