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オオカミノ国  作者: 十乃字
三章・衝突は必然
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38.予期せぬ来訪者

 前話のあらすじ

 オウガが今度は鳥獣人のハルと知り合っていた。でも彼女はそれほどキョウイはない。


 オウガたちが空を飛ぶという未知の体験を堪能してから翌日。極一部を除き笑顔で終わったオウガたちの反応に、人々の鳥獣人への忌避感はそれほどなさそうだと判断したトラヤたちは、ツザの避難民たちに鳥獣人一家を紹介した。


 避難民の全てが快く受け入れたとは言い難かったが、幼い子供たちは警戒心よりも興味が勝ったのか、ハルを取り囲んだ子供たちの目の前で先日のように少し飛んでみせることで、大歓声が湧き上がっていた。


 そんな隠れ里が一つにまとまった日から数日。それに最初に気付いたのは兎獣人たちだった。


「あれ、この音……っ!? 誰かがこの里に近づいてます!」


「え!?」


 その日は農作業の手伝いをしていたオウガたちは、突然立ち止りピンと立てた耳を澄ましたユキの言葉に騒めいた。ユキは口々に尋ねられる質問に、


「オウガくんたちが来た方向から、数は……オウガくんたちよりは少ないかな? でも一人や二人じゃない」


 というユキが聞き取った情報は、隠れ里の他の兎獣人の口からも同様に発せられ、里中が騒然となった。



   ◇



 粗末ながら鉄製の装備を揃えた一団が迷うことなく隠れ里に辿り着いたのは、それから数刻のことだった。


「俺たちはイヌ族の兵士だ。これから人間との戦争を行うので、戦力を求めている。我こそはと志願する者はいるか?」


 兵士たちを束ねていると思わしき犬系獣人の若い男が、出迎えた里の者たちにどこかやる気がなさそうに告げる。


 無論の事、隠れ里の住人はツザからの避難民を筆頭に理由があってここに来た者たちばかりなので、誰一人として名乗り出る者などいない。


 獣人の兵士も居並ぶ里の大人たちの様子からそれを察しているのか、「じゃあ適当に連れてくぞ。人間は放って置け。俺たちの仕事じゃない」と気だるげに告げた。その時、


「……まさか、ハヤテ、なの?」


 言葉が零れ出たのは、シュリだった。


 狼獣人の兵士ハヤテが目を細め、


「お前は……オオカミ族の生き残り、か?」


「ハヤテちゃん、本当!?」


 ハヤテの言葉にイヌ族の兵士たちを掻き分けるように出てきたのは、鉄製の胸当てによって年相応の慎ましやかな胸元が強調されてしまっている若い女兵士だった。短く切りそろえられた黒髪から覗く、クリクリと愛らしい大きな瞳が興味深げにシュリに向けられている。


「アヤリ?」


「……もしかして、シュリちゃん? シュリちゃんなの!?」


 押し倒さんばかりの勢いで飛び込んできたアヤリを抱き留め、確認するように互いに顔を近づける。


「アヤリ、大きくなったけどあんまり変わらないね」


「シュリちゃんこそ……お母さんにそっくりになったよ?」


 長い空白の時間を埋めるように互いの身体の隅々まで触り合った二人は、一息吐くと、


「アヤリとハヤテは無事だったの?」


「私たちはイヌ族に降伏したオオカミ族の大人に保護されて……二人を探しに戻ったんだけど、焚き火の後を見つけただけで……。シュリちゃんたちは何が?」


「イヌ族のミツルギっていうのが、私たちを逃がすって言って、人間に売りつけた」


「ミツルギ……あの野郎か!?」


「知ってるの?」


「イヌ族の大隊長の一人だよ。いっつもニコニコしてて、何か怖いの」


「ん。ロクでもないからアヤリも近づいちゃダメ」


「わかった。気をつける」


「それで……シュリは一人なのか? その……オウガは?」


「オウガは……」


 シュリが迷いながらも視線を送った先で居心地悪そうにしているのは、白髪となり耳と尻尾という狼獣人の特徴を失ったオウガだ。


「あん? そこの人間がどうか……まさか?」


「オウガちゃん?」


「あはは……二人とも、久しぶり。無事に会えて良かった」


「無事ってお前、その髪……耳も尻尾も」


「うん、実はね――」


 オウガは奴隷商人との旅で起きたことを簡潔に語った。淡々と語られたその凄惨な体験談は、ハヤテたちだけでなく、傍で聞いていた里の者たちにも衝撃を与えた。


「オウガくん、人間じゃなかったんすか」


「うん。ごめんね、騙してて」


「いや、それはいいッスけど……大変だったんすね」


 里の者たちも、人間ではなかったことよりもその過程に憐憫の視線を向けているが、


「オウガ……人間にやり返してやろうとは思わないのか?」


「その後俺とシュリを拾ってくれたのも人間だったから。人間ってだけではもう恨まないよ」


 「この里の人たちも戦える人はいないから、もう帰ってくれない?」と続けたオウガの言葉に、ハヤテが拳を固く握りしめた。


「もうこの際徴兵は置いておく。オウガ、お前に話がある。邪魔が入らない所へ案内しろ」


「え? うん、わかった」


 細めた眼で睨み付けるハヤテを連れ、オウガは里近くの森へと足を向けた。


 一方残された者たちはと言えば、


「ごめんね、シュリちゃん。ハヤテちゃん、『俺たちにオオカミ族の生活が懸かってるんだ!』って気負ってて。実際そうかもしれないんだけどさ……」


 アヤリが視線を向けたのは同行しているイヌ族の兵士たち。よく見れば、ハヤテの連れていた兵士たちの半数は狼獣人で、残りは猫獣人や狐獣人など、イヌ族に所属しながら犬獣人は一人もいない部隊のようだった。


 アヤリの言葉から察するに、イヌ族軍の傭兵部隊、もしくは奴隷部隊なのかもしれない。


「うん、分かる。ハヤテは昔から責任感が強かった。……アヤリ、良かったら他の皆の事教えて?」


 剣呑な気配を纏って去って行った幼馴染に対して、こちらは何とも和やかな雰囲気となっていた。



   ◇



「何の話かわからないけど、この辺でよくない?」


 森へと案内した途端、黙々と前を行くハヤテにオウガが焦りを押し殺して呼び止めようとする。あまり奥に行き過ぎると、ハルたち鳥獣人一家が見つかってしまう恐れがあったのだ。


「そうだな。ここまで来れば邪魔も入らないだろう」


 ようやく立ち止ってくれたハヤテにホッと一息吐くと、


「それで、話って?」


「オウガ、お前は耳も尻尾も失って……、イヌ族の一部となったオオカミ族に戻る気はあるのか?」


「……今は無い、かな」


 シュリと以前相談し合った、イヌ族に飲み込まれたオオカミ族には不用意に近づかないという方針。


 幼馴染たちや同族との予期せぬ再会は勿論想定していなかったが、だからと言っていきなりイヌ族の下へ行く訳にもいかない。


 オウガの返答はそういった思いがあったのだが、


「そうか。……オウガ、俺と族長の座を賭けて勝負しろ」


「え?」


 ハヤテにはどう捉えられたのか、提示されたのは突拍子の無い要求。 


「前族長が亡くなって、オオカミ族の族長は空席のままだ。俺は親父から族長代理を引き継いだが、お前が族長に未練がないのなら、その座を寄越せ!」


「そんなこと急に言われても……族長を継ぐなんて考えてもいなかった」


「悪いがお前の覚悟を待つ時間は無い。背負うつもりがなければ素直に組み伏せられろ!」


 固く握りしめた右拳を真っすぐに突き出すハヤテ。オウガは咄嗟に防御の構えを取って突きを受け流すと、


「そんな勝手な! 簡単には決められないよ!」


「お前が俺に勝てたら待ってやる!」


 未だに受けの構えのままのオウガに、ハヤテが強烈な蹴りを放つ。腹部を守るために構えた両腕がミシッと嫌な音を立て、その勢いを受け流すように素直に吹き飛ばされる。


「そうしてもらうよ!」


 勢いを殺さず着地した足を深く畳んだオウガが、追い打ちを掛けようと飛び込んできたハヤテに向かって放たれた矢のような速度で拳を繰り出す。


 慌てて体を捻ったハヤテが、そのままオウガから距離を取る。


「意外とやるじゃないか」


「俺だって王国で遊んでいたわけじゃないんだ。そう簡単に負けてあげないよ」


「こっちも死に物狂いで戦ってきたんだ。お前がどれほど成長してきたのか、見せてみろよ!」


 そうやって繰り出されるハヤテの攻撃を、オウガは全ていなしていく。


 武芸としてみれば、アランの下で体系化された人間たちの武術を学んだオウガの方が勝っている。その一方で、戦慣れしたハヤテは荒いながらも鋭さがあり、戦士として鍛えられた身体は単純な力でもオウガに勝っていた。


 状況に膠着し決着が付きそうにない。何か決めの一手は無いか、とオウガが思案していると、


「ふん、それが人間の戦い方か。確かにお前は強くなってるな。だが、これはどうだ!?」


 そう言ったハヤテの姿が、オウガの視界から消えた。


「え!?」


 次いで聞こえたのは、ダンッダンッと何かを蹴り付けるような音と、ガサガサと木々が激しく揺れる音。音の出所が分からない中で、オウガは感を頼りに、


「上か!?」


「一手遅い!」


 頭上を見上げたオウガの視界には、揺れる木々とまき散らされた木の葉だけが映り――


「ぐっ!?」


 背後からの衝撃に、気が付けばオウガはうつ伏せに押し倒されていた。背中には一人分の重みがある。


「はぁ……はぁ……森の中では、狼獣人は誰にも負けねえ。覚えとけ」


 木々を飛び回り、オウガを背後から襲撃したハヤテが、オウガの背中の上で荒く息を吐く。


「ハヤテ、今のは……?」


「オオカミ族の大人たちから習った戦闘術の一つだ。人間には教わらなかったみたいだな」


 オウガの背中から、重みが消える。


「じゃあな。お前はもうオオカミ族族長の息子じゃねえ。好きにしな」


 そう言って振り返ることもなく、ハヤテは歩み去って行った。


 残されたのは、


「…………くそっ」


 養父の下を旅立って以来、久しぶりに土を味わうことになった若狼の姿だった。



   ◇



「もう行くの?」


「ああ。避難民の後を追ったけれど発見できなかった、なんて報告は早めに済ましたいからな」


「そう」


「シュリちゃんたちは、やっぱり残るの……?」


「ごめんね、アヤリ。まだイヌ族の下には行けない。でもいつか必ず、オオカミ族の下には帰るから」


「わかった。約束?」


「うん、約束」


 そんな短いやり取りで、一人欠けた十年ぶりの幼馴染の再会は終わった。


 撤収指示を出したハヤテに不服を漏らす者はおらず、他種族までも見事に纏め上げているようだ。


「…………」


「シュリお姉ちゃん?」


 去って行く彼らの背中を、物憂げな表情で見つめるシュリの袖をミライが引く。


「ううん。何でもない。じゃあ負けた情けないオウガを迎えに行こうか」


「うん! わたしも励ましてあげる!」



   ◇



「シュリとミライか……」


「負けた気分はどう?」


「お兄ちゃん元気出して!」


「はは。ちょっと悔しい、かな」


 ずっと地面に倒れたままだったオウガはゆっくりと起き上がると、


「シュリ、俺しばらく修行に集中したい」


「うん。オオカミ族も見つかったしね。もうしばらくこの里に居させてもらおうか」


 唇を噛みしめ震えた拳を握りるオウガに対して、シュリは一つ頷くと、


「私も少しやってみたいことがあるしね」


 と微笑んだ。



いつも応援ありがとうございます。


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