37.空へ
前話のあらすじ
隠れ里の奥で、鳥獣人の子と出会った。
「おや、近いうちにあんたたちに会わせて見て様子を見るつもりだったのに、オウガはもう会っちまったのかい」
「むぅ。オウガはまた知らないとこで……」
「ごめん。でもとっても良い子だったよ。トラヤさん、シュリとミライは紹介してもいいんですよね?」
「はぁ……。好きにおし。早く打ち解けてツザから来た子たちとの橋渡しをやっておくれ」
「あはは……善処します」
「ふわふわのトリさん会えるの!?」
勘違いから鳥獣人と出会ってしまった後、「まだ皆さんには内緒でお願いします」と頼まれてしまったオウガは、とりあえずはトラヤには報告を、と居住区へと戻ってきた。
その道中、隠れ里の奥から出てきたことをシュリに見咎められ、あっさりと隠し事が露見したのであった。
翌日、鳥獣人娘と仲の良い犬獣人のリナと兎獣人のユキも同席して、オウガたちは改めて鳥獣人の一家と顔を合わせることになった。
◇
オウガたちが案内されたのは、隠れ里のさらに奥。昨日オウガが鳥獣人の娘と出会った森の中には、妙に大きな一軒家が隠されていた。
「初めまして。カズと申します」
大きな白い翼を窮屈そうに折り畳んでそう挨拶したのは、壮年の鳥獣人の男性。その隣にいるのは隠れ里の中で度々見かけた猫獣人の女性でマキナと名乗り、カズの妻で、さらにはトラヤの血縁なのだという。
最後に残されて皆の視線が集まり、ビクリと小さく震えたのが、二人の娘で鳥獣人のハル。
ミライはまん丸に見開いた瞳で彼女の白い羽に見とれ、シュリは真顔で鳥獣人娘を上から下まで舐めるように眺めると、一つ頷いてハルの手をガッシリと手を掴み、「仲間」と呟いた。
「ふえっ!?」
驚きに顔を赤くして困惑するハルをよそに、意図を察したトラヤたちが苦笑する。
「ハルお姉ちゃん、空を飛ぶってどんな感じ?」
我関せずとハルの羽をモフモフさせてもらっていたミライが、興奮を隠さずにハルを見上げる。
「土の上にいる時とは違って……うーん。ええと……飛んで、見る?」
「いいの!?」
「うん。安全のために紐で括り付けてもらうけど、リナとユキもたまに一緒に飛ぶよ。……いいかな?」
期待に胸を膨らませるミライからオウガとシュリに窺うように顔を向けたハルに、
「安全なら。可能なら私もお願いしたい」
「そうだね。俺も興味あるな」
と二人も楽し気に頷いた。
「うむ。ではオウガくんは私がっ」
ゴスっと。
前に出ようとしたカズの脇腹にマキナの肘鉄が突き刺さり、膝から崩れ落ちた。
「マ、マキナ? 何をっ?」
「カズくんは体調が悪いみたいだから、オウガくんもハルがお願いねー」
「ふえ? あ、うん。わかった」
「カズくん、ハルに友達ができる切っ掛けを邪魔してどうするの」
「それ以上の意図を感じぐっ!?」
立ち上がれないカズの耳元に囁いたマキナが、抗議の声を上げようとした夫の口を塞ぐと、
「私はカズくんの看病をしてるから、あなたたちはお外に行ってらっしゃい」
とにこやかに送り出すのだった。
◇
「紐でこうキュキュッとしっかり結んで……出来たッス」
「ドキドキするー」
「ミライちゃん、まだツザの人たちには内緒だから、あんまり大きな声出しちゃダメですよ?」
「はーい」
「ふふ、じゃあ行きますよ」
「安全優先で」と宣言していたハルは、ばさりばさりと大きく羽ばたいてゆっくりと垂直に浮かび上がっていく。
「わわっ。あはは、浮いてるー。変なのー!」
人を連れて飛ぶのは緊張するのか顔の強張るハルの腰元に抱き着く恰好のミライが、足をブラブラと揺らしながら楽しそうにはしゃぐ。
「わわっ! ミライちゃんっ、危ないから落ち着いて!」
頭上に見上げる程度の高さまで浮き上がっていたこともあって、姿勢を崩されてハルが慌てるが、言葉ほどには滞空を乱れさせることはなく、一定の範囲で円を描くようにミライの足が四方に揺れている。
「本当に飛んでる……あの羽だけで?」
「シュリ?」
「……何でもない。ミライが楽しそうで良かった。私も楽しみ」
「そうだね」
二人の見上げる先、ハルとミライはすでに手の届かない高さまで浮き上がり、万が一に備えて家屋の屋根の上へと移動していた。
「あはは、すごいすごーい!」
精一杯の小声ではしゃぐミライがしばらく空の時間を楽しんだ後、ゆっくりと降下してくる。
「おかえり。どうだった?」
「風が気持ち良かった! もっと高く飛びたかったなぁ……」
元々大陸南方であることに加えて、季節は夏の半場。晴天に恵まれた今日などは何をせずとも汗ばむ陽気となっている中、ミライは空で涼んできたようだ。
「高く飛ぶのは危ないから……ごめんね?」
「ううん。でも、またお空に連れて行ってね?」
「うん。約束」
こくりと頷くハルにミライが弾けるような笑顔を向けると、スルスルと紐を外して土の感触を楽しむようにフラフラと怪しい足取りで歩き始める。
「次は私」
緊張に強張った表情で紐の先を受け取ったシュリだったが、手先は戸惑うことなく紐を結び付けていく。
「それじゃ、行くよ?」
「うん」
「あ、シュリ!? ……ああ、行っちゃったッス」
「リナ、どうかした?」
「いや、もう手遅れなんで……シュリどうか恨まないで欲しいッス」
「うーん?」
飛び立とうとしたシュリに何やら伝えたかった様子のリナだったが、手早く浮かび上がったシュリが屋根よりも高く昇るのを見て、諦めの表情を浮かべ、オウガも大したことではないのだろうと気にしないことにしたのだった。
一方上空では、
「羽を動かす以外に何かしてる?」
「いえ、特には何も。……あの、何か?」
「無いなら無いでいい……うぷ」
「え!? 大丈夫ですか!?」
「確かに見晴らしは良いけど、小刻みに揺れるのはちょっと厳しい……」
青白い顔色のシュリが項垂れる。
「よかったら私にもたれ掛かってください。羽さえ動けば問題ないですから。降りますよ?」
「ありがとう……あっ」
ゆっくりと降下を始めた瞬間。シュリのスカートがふわりと広がり、慌てて押さえた手の向こう側、地上にいるオウガと目が合った。
「あっ」
ばっとオウガが視線を逸らし、その横ではリナが「あちゃー」と額を押さえている。
「あ、あのぅ……元気だして?」
「…………」
顔色が青から赤に変わり、ハルに気遣われても返事が出来ず無言で降りてきたシュリは、スルスルと紐を解くと無言でオウガに差し出した。受け取るオウガも顔が赤く、
「シュ、シュリ? み、見てないからね?」
「…………さっさと結んで飛んで」
「……はい」
俯き言葉少ななシュリからの圧力に、何とか弁明しようとしたオウガはすごすごと引き下がり、力なく紐を結び始める。すると、
「オウガさん、そんなに緩いと危ないですよ。もっと強く締めてください」
「ああ、そうか。ごめん、ハル。ありがとう。……っと。これでいい?」
「は、はぃ……だ、だいじょうぶだと思います……」
ぐいっと近づいたオウガに、ハルが頬を紅く染めて目線を泳がせながら答える。「ハルゥゥゥゥ」という虐げられた父親の嘆きの声が聞こえそうな様子に、幼馴染のリナとユキは冷やかしの言葉を今は早いと堪え、シュリはと言えば、
「ハルは許す……ハルは仲間……」
拳を握りしめ、抱き合う恰好の二人を見ないようにして小さく呟き続ける。
「あはは……ごめんシュリちゃん」
「どうかした?」
「い、いえ。では、飛びますよ」
ガチガチに強張ったハルだったが、空を飛ぶことに関しては息をすることと同じようで、何一つ支障なくゆっくりと浮かび上がる。
「うわ。あはは、すごいね、これ」
オウガがハルの腰を抱くようにして掴まっていた力を緩め、宙に吊られる感覚を楽しもうとしていると、
「あの、紐はそこまで頑丈じゃないから、危ないです」
「そうなの? ごめん、ありがとう」
注意されたオウガが慌ててハルの腰をぎゅっと抱き寄せると、当然のように密着する姿勢になり、首を巡らして周囲を見渡すオウガに対して、ハルは眼前の異性を意識せざるを得ない。
「あわわっ!?」
「うわっ!?」
突然空中で蛇行を始めたハルに、オウガも若干空への苦手意識を植え付けられるのだった。
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