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オオカミノ国  作者: 十乃字
三章・衝突は必然
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36.隠れ里の秘密

 前話のあらすじ

 イヌのリナお姉ちゃんとウサギのユキお姉ちゃんが隠れ里から迎えに来てくれた。


「あれが私たちの村、皆さんの言う隠れ里ッス。小さいッスけどね」


 犬獣人のリナと兎獣人のユキがトラヤを探しに来た場所から山を越えたさらに先、辿り着いたのは小さな集落だった。


「随分と遠くから迎えに来てくれたのね」


「自慢の耳です……」


 自分の耳でもこの距離は無理だろう、と驚きを隠さないシュリの言葉に、ユキが恥ずかし気にウサ耳をピコピコと揺らす。


 兎獣人の聴力は、犬獣人や猫獣人よりもさらに高く、その高すぎる感度のために賑やかな町には住めなくなってしまったのだという。兎獣人が絶滅種とか希少種とされる所以だ。


「ユキさんたちがツザの町にいられなくなった理由はそれですか?」


「あう……い、いえ……その……」


「そんな畏まられるとこっちが緊張しちゃうッスよ。気軽にリナ、ユキって呼んでほしいッス」


「ええと……リナ、さん。ユキさん」


「リナ」


「ユキです」


「……リナ、ユキ。これでいい?」


「はい、よろしくッス! オウガくん」


「あれ? そっちは?」


「私たちは恥ずかしいッス」


「です……」


「そんなのずるいよ」


「そろそろ話を戻していい? ユキが隠れ里に住んでるのは町がうるさいから?」


 人懐っこいイヌ娘たちに翻弄されるオウガに業を煮やしてか、ツンと澄ましたシュリが割って入る。


 リナたちは気を悪くした様子は見せず、


「そうッスね。それもあるッスけど……」


「リナちゃん!」


「あ!? あ、あははは……。な、何でもないッス!」


「何でもないようには」


「とても見えない」


 オウガとシュリが顔を見合わせるが、イヌ娘が両手をすり合わせて低頭に拝むので、肩をすくめて聞かなかったふりをしてあげることにしたのだった。


「うぅ……トラヤさんは事情を知ってるので、折を見て聞いてほしいッス……」


「いつぐらいかな?」


「とりあえず皆さんが落ち着いたらでしょうか……。お家も足りませんし」


 ユキが不安気に隠れ里と避難民とを見比べる。


 ツザの住民の中から、人間にも獣人にも付けない訳ありな者たちだけがトラヤと共にこの隠れ里を目指して来たのだが、それでもその人数は隠れ里の総人口よりも多いようだ。


「他に当てが無いとはいえ、里の皆には申し訳もないねえ。特に、ユキたちには煩くなっちまうだろうし……」


「トラヤさん……。確かに突然ですけど、大勢の人が出入りするわけじゃありませんから大丈夫ですよ」


「すまないねけ。あんたたちの親御さんにも挨拶に行かないとねえ。ふぅ……、わかっちゃいたけど気が重いねぇ」


 気丈に振る舞い避難民たちを率いてきたトラヤだったが、肩を落として集落へと歩いて行く後ろ姿には哀愁が漂っていた。



   ◇



 ようやく避難民たちが隠れ里に到着して数日。意外にもあっさりと受け入れられた避難民たちだったが、物置小屋までをも開放したところで、当然のように住居は足りず、小さな集落には家屋以上の簡素なテントが立ち並んでいる。


 当座の目標として住居の建築、新たな農地の開墾などが掲げられ、避難民は勿論隠れ里の先住民たちも一丸となって作業が始まっていた。


 役目を終えたオウガたちは隠れ里を後にしようとしたのだが、共に旅をしてきた子供たちやリナとユキに泣き付かれ、家屋が完成して皆が落ち着くまでの協力を約束させられてしまった。


 そして避難民たちの作業の手伝いをしていたのだが、そんな中、オウガの姿があったのは、隠れ里から僅かに離れた薄暗い森の中。


「ふぅ……」


 無心で振り続けた剣を下ろし、呼吸を落ち着ける。周囲には剪定されて涼やかになった樹木と切り落とされた枝葉が散らばっていた。


 このような時間に隠れるようにして何をしているのかと言えば、日課の剣の修練に他ならない。オウガ本人としては隠れてまでも行いたいわけでもないのだが、何かと男手が必要とされ引っ張りだこになっている中で、気を利かせたシュリたちがこっそりと時間を捻出してくれたのだった。


「さて、そろそろ戻るか……ん?」


 物足りないながらに、最低限の体のキレを確認した立ち去ろうとした瞬間。


 木々の隙間、木漏れ日を覆い隠す影が飛び退って行った。


 それは、ただの鳥にしてはあまりにも大きく――


「まさか!?」


 脳裏に過ぎったのは、目の前で人を軽く踏みつぶした巨大な大鷲。圧倒的な強者を前にした肌がヒリつくような危機感。


 影の消えた先は隠れ里のある方角。オウガは僅かな逡巡もせずに走り出した。


 頭上を飛ぶ影はまるで住民たちから隠れるように森の上を掠めながら飛行し、隠れ里の奥へと向かっていく。住民たちは気づいていないのか、里の方から騒ぎの声は聞こえてこない。


 オウガは木々に体を打ち付け、時に転がりながらも森を突き抜けて真っ直ぐに影の後を追う。


 隠れ里の奥からさらに森を抜け、急に現れた開けた草原に影は降り立った。


「えっ……」


「ふぇ? だ、誰!? きゃっ!?」


 その影は、ばさりと羽ばたき音を残しながらふわりと舞い降りようとして――オウガと目が合うと、ビクリと震えて落下した。


「いったー! お尻打った……」


「ご、ごめん。大丈夫?」


 慌てて駆け寄ったオウガが、背中に手を回して支える。腕を取ろうにも、取ることができなかった。


「は、はい。大丈夫です」


 恥ずかし気に頬を紅潮させた影の正体である娘は、大きな羽で顔を隠そうとした。


 その娘には、腕がなかった。代わりに、大きな白い翼が生えていた。


「君は……、まさか……鳥獣人?」


 驚愕に目を見開いたオウガの呟きのような質問に、娘はこくりと小さく頷いた。



   ◇



 遥か昔、獣人と呼ばれる者たちは今の様に耳と尻尾があるだけに収まらず、頭部が犬そのものである種族、トカゲの顔を持つ種族、下半身が大蛇の種族など多岐に渡っていたと言われている。


 そういった種族が何故姿を消したかと言えば、人間のみならず同じ獣人たちからさえも、その容姿が異端とされて差別排斥された過去があるからだ。


 両腕が翼の鳥獣人族も、そんな絶滅したはずの希少種だと、オウガは養父アランから聞かされていた。実際に存在したかさえ怪しいもんだとも。


「すごいなぁ。本当にいたんだ……」


 そんな幻の存在を前に、オウガは少年のように目を輝かせていた。


「え、あ、あの……気持ち悪くないの?」


 戸惑う鳥獣人娘の言葉に、オウガは大きく首を振る。


「そんなことない! カッコいいよ!」


「か、カッコいい、かな?」


「その羽、触ってみてもいい?」


「えっ? ……はい。その、優しく、なら」


「うわぁ、フワフワ……あ、ここは骨か。普通の鳥と同じなんだね」


「んっ! そ、そうみたいですね……ひゃぅ!?」


「ご、ごめん!?」


「い、いえ! すいません、ちょっとくすぐったくて……あんまり女の子の身体を触っちゃダメだよ?」


 鳥獣人娘の思わぬ反応に、平謝りするオウガに、娘の強張っていた表情は緩み、微笑みさえ浮かぶようになっていた。


 こうしてオウガは、隠れ里が本当に隠していた存在に触れたのだった。


いつも応援ありがとうございます。


ブックマークや評価、ご意見ご感想など頂けますと作者が喜びます。



本日31ページ(?)の登場人物紹介の次ページにあらすじ「シュリの手記1」を投稿しました。

あらすじですので読まなくてもいい内容にするつもりですが、お暇な時にでも読んでいただければ幸いです。

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