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オオカミノ国  作者: 十乃字
三章・衝突は必然
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35.獣人たちの隠れ里

 前話のあらすじ

 訳アリな人々を護衛して、トラヤの知り合いのいる隠れ里を目指した。


 ツザの放棄から数日。避難民たちの道無き道を歩む道程は、張り詰めた糸の様な緊張感を持って保たれていた。


 健常な大人たちは皆重い足をただひたすらに前へと動かし、子供たちも獣人として生まれた子は大人たちに励まされながら必死に歩み、人間として生まれた子は罪悪感を感じる余裕も無いほどに疲弊し、荒く揺れる荷馬車の僅かな空間で朦朧と揺られている。


 旅慣れたオウガたちや団長の犬獣人シロウを筆頭にした数名の元自警団員の獣人など、体力に余裕のあった者たちが疲労で隊列を乱す者を助け、時に獲物を求める獣を退治し、旅慣れぬ避難民たちを影に日向に支え続けた。


 そんな過酷な行程が十日を越えた頃、人間は元より、強靭な獣人たちにも限界が近づいていた。


「オウガ。ミアちゃんの所が遅れてるみたいだから、少し行ってくる」


「わたしも!」


 猫獣人と人間の家族の娘がミライと歳が近い猫獣人だったため、何かと気にかけていた二人は、延びてしまった隊列の後方にその姿を確認し、そう提案する。


「おう、いけいけ。どんどん働け。元はと言えばお前たちのせいで――」


「……ちょっとこっち来て」


「むぐっ!?」


 率先して道を切り開いているオウガや、案内人として先を歩くトラヤよりも先に二人に返事をしたのは、頬がこけ目の下には黒々と隈を作ったシロウだった。


 疲れから思わず出てしまった憎まれ口に、シュリが小さな手でシロウの口元を鷲掴むと、後方から見えないように馬車の影へと引きずり込んだ。


「士気が下がるからそういうことは言わないって約束」


「わ、悪かったぁぁ……」


 ミシミシと鈍い音を立てながら、細腕で宙吊りに持ち上げられたシロウが、顎を掴まれたままモゴモゴと不明瞭ながらに謝罪の言葉を絞り出す。


 後続の邪魔にならないように草藪にポイと放り投げると、シュリは目もくれずに後方へと小走りに去っていく。打ち捨てられた犬獣人に一瞬だけ目線をやったネコ娘は、「いい加減に成長しなよ」と憐憫の眼差しを向けた。


「やれやれ。ワザとやってるんじゃないだろうね」


「シュリもいつもよりピリピリしてますよ」


 元部下に助け起こされ、フラフラと護衛に戻っていったシロウに呆れ顔のトラヤの横に、隊列を整えるため他の獣人に先頭を譲り、速度を落とさせたオウガがやってきた。


「トラヤさん、隠れ里は町からどれくらい離れた所にあると予想してたんですか?」


「獣人ばかりで数日も掛ければ、ということだったからね。いくら人間の足もあるとはいえ、そろそろ近いとは思うんだけどねえ……」


「でも、皆の耳でもまだ何も拾えてないんですよね? もしかして方角がズレてしまっているんじゃ?」


 オウガが自然と自身の頭の古傷を撫でる。


 同行する犬獣人や猫獣人に聞こえるのであれば、オウガにも方向こそ分からないが聞こえるはずなのだが、その秘密を知っているのはこの場ではシュリとミライだけだ。


「それに関してあんまり心配しなくていいはずなんだけどねえ」


「それって――」


「トラヤさん! 前方に人影が!?」


 オウガが尋ねようとしたところで、前を行く猫獣人が足を止めて振り返る。


「噂をすれば、ってやつかねえ。オウガ、先にお前さんたちを紹介するから付いておいで」


 トラヤはシュリたちを呼び戻すと、避難民たちに休憩を言いつけて先へと向かった。



   ◇



「わっ!? ほんとにトラヤさんだ!?」


「だから言ったでしょ、声が聞こえたって! おーいっ! トラヤさーん!」


 草原の奥、顔が見える程に近づいた所で、元気よくピョンピョンと飛び跳ねて手を振り出迎えたのは、犬獣人の娘と――


「えっ!?」


「嘘……」


「わー!? うさぎさーん! おーい!」


 大きな耳をピンと立てるのは兎獣人の娘だった。初めて見る種族にオウガとシュリは驚愕に目を見開き、ミライは目を輝かせて大きく手を振った。トラヤはそんな三人をチラリと横目にすると、悪戯が成功した子供のように口元を綻ばせた。


「リナ、ユキ。元気だったかい?」


 駆け寄ってきた犬獣人と兎獣人の娘たちを優しく抱き留めたトラヤが、力を緩めて顔を覗き込む。


 彼女たちははにかみながら頷き、


「勿論元気ッス! 今年も私がツザに行く予定だったッスけど……」


「トラヤさん、この人たちは?」


「私の……心強い友人たちだよ。信頼できる子たちだから、二人とも、挨拶おし」


「うーん。トラヤさんがそういうなら。初めましてー! リナっていうッス!」


「ユキ、です」


 トラヤの影に隠れるようにしてオウガたちを窺っていた獣人娘二人は、そのトラヤに背中を押されて、犬獣人のリナは元気よく、兎獣人のユキは身をすくませながら名を告げた。


「はじめまして! ミライです!」


「うぅっ!? 笑顔が眩しいッス!?」


「かわいい……」


「えへへ、お兄ちゃんお姉ちゃん、わたしかわいいって!」


 生来の整った顔立ちに、オウガたちの下で健康的な生活を送ることで身嗜みも血色も良くなったミライは、未だに言われ慣れない褒め言葉に照れ照れとはにかみ、尻尾をうねらせる。


「ミライは可愛い。そろそろ自覚して、変な人に近づいちゃダメ」


「変な人って言われたッス!?」


「ごめんなさい、そんなつもりは……」


「いやいや、冗談ッスよ。えーと?」


「オオカミ族のシュリ。訳あってレムリア王国からオオカミ族の故郷を目指していたの」


「オオカミッスか!? 初めて見たッスよ!?」


「すごい。何かカッコいい……かも?」


 ウサ耳獣人ユキの適当なお世辞に、シュリが苦笑する。


「ありがとう。私たちもウサギさんは初めて見た。ステキなお耳ね?」


「は、はい! じ、自慢の耳です……」


 シュリに微笑まれ、顔を赤らめたユキがクニクニとウサ耳を触りながら恥ずかし気に俯く。


「よかったッスね、ユキ。それで、そちらの人間さんは?」


 皆の視線が、微笑ましく女の子たちの挨拶を眺めていたオウガに集まる。


「あ、えっと、俺は――」


「この人は私たちの家族」


「だよ!」


 シュリが言い淀んでしまったオウガの腕を絡め取り、反対側には真似をするようにミライが抱き着く。


「オウガです、よろしく」


 二人の気遣いに思わず笑みの零れたオウガが、落ち着いてリナたちに微笑みかける。


「よ、よろしくッス! ……似てないし、兄妹じゃないッスよね?」


「大人の関係……?」


「うぅ、ちょっとカッコいいなって思ったのに……」


「リナちゃん、残念だったね……」


「ほほう?」


 微笑んだオウガと目が合ったリナとユキが頬を朱に染め囁き合っていると、シュリが目を細める。


「あ、いや!? 全然そんなことないような気もしてきたッス!」


「リナちゃんそれはヒドイよ……」


「ユキはどっちの味方ッスか!?」


「ごめんなさい、リナちゃんったら惚れっぽくて」


「違うッスよ!? 里にはオウガさんくらいの男の子がいないから珍しかっただけッス!」


「はいはい、仲良くできそうでなによりだけど、そろそろ本題に入ってもいいかい?」


 若者たちの賑やかな自己紹介を楽し気に見ていたトラヤだったが、いつまでも続きそうな彼らあに、待ちぼうけしている避難民たちを思ってか流石に止めに入ったのだった。




いつも応援ありがとうございます。


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