34.町に歴史あり
前話のあらすじ
ツザの代表たちは戦うのではなく、町を明け渡して避難することを選んだ。
ツザの代表たちからの避難勧告は、当初こそ困惑した住民たちの中には拒んだ者もいたものの、翌日にはほとんどの住民たちが退去の準備を終え、路上にそれぞれに許された僅かな荷物を積み上げ、オウガたちを驚かせた。
皆貧乏で物が少ないだけよ、と自嘲気味に笑い飛ばしたのは、数少ない馬車に住民たちの荷物を積載していた猫獣人のトラヤだった。
同じくツザの町代表の犬獣人のカクや人間のマシューも、流れの商人たちから馬車を買い取り、各方面へと避難する人たち毎に荷物を纏めていく。
人間領、すなわちレムリア王国へと避難する人間たちはマシューが、一大勢力であるイヌ族に取り込まれていることを覚悟で獣人領の所縁のある種族の下へ向かう獣人たちはカクと共に。そして、そのどちらでもない選択をした人々はトラヤの下へと集っている。
「意外と多いんですね……」
オウガたちが護衛を任されたのはトラヤの隊列だったのだが、人間側にも獣人側にも行かない選択をした人たちの半数は避難を拒み、ツザの町に残り運命に身を任せるというのだが、それでもトラヤの用意した荷馬車は大量の荷物で満杯になり、オウガたちがマリアたちから譲られた二頭の馬も馬車の引馬として貸し出すこととなった。
「獣人と人間で夫婦になってるのもいるからねぇ。子供たちを連れて、どっちかに行くっていうのも辛い決断なのさ」
トラヤがそう言って指し示すのは、人間の男の子と猫獣人の女の子の兄妹。荷造りで疲れたのか、積まれた荷物にもたれ掛かってうたた寝をしている二人を穏やかな瞳で見つめるのは、猫獣人の夫と人間の妻だ。トラヤの下に集ったのは、そういった特殊な事情な者たちが多かった。
「わたしたちは、どこに行くの?」
皆が漠然と感じていた不安を、ミライが口にした。
「詳しくはまだ言えないけど、東の方に伝手があるのさ」
「教えてくれないの?」
「豊かな平野じゃなくて、過酷な山里に住むのはそれなりに理由があるんだよ、ミライちゃん」
申し訳なそうに肩を落としたトラヤはそれ以上口を開くことはなく、皆は不安を抱えたまま出発の時を迎えるのだった。
◇
「それでは皆、達者でな」
マシューは人間たちを引き連れ西へ、
「何処で出会っても恨むなよ」
カクは自分たちの向かう先の情勢不透明なことに不安を感じているのか、意味深な言葉を残して東へと旅立った。
最後にトラヤが、オウガたちを伴ってツザの町に残る人々に見送られながらカクたちの後を追うように東へと歩き出した。
始めこそカクたちの後を追うようにして幾重にも踏み固められた街道と呼べそうな道に沿って歩みは進んだのだが、前方に見渡す限りの平原、後方のツザの町も見えなくなった辺りから、トラヤは南へと道を外れて生い茂る雑草を踏みしめながら道無き道へと進路を変えた。
「トラヤさん、そろそろどこに向かうのは教えてもらっていいですか?」
トラヤの先導に従い、自由奔放に育った雑草の蔦を切り払い、道を踏み固めて後続の荷馬車ための道作りを手伝っていたオウガが、彼女に近づいてさり気なく囁いた。
「そうだね。ここまで来ちまえば誰が聞いてるってこともないだろう。お前たちもちょっとこっちに来な」
トラヤ手招きして、シュリやシロウなど護衛を任されている面々を呼び寄せる。
「私たちがこれから向かうのはツザの町から南東。いくつもの森や山を越えた辺りだよ」
「そこに何があるんです?」
「獣人たちの隠れ里さ」
「……何故トラヤがそんな隠れ里のことを?」
シュリの疑問に、トラヤが少しだけ困ったように肩をすくめると、
「昔、ツザの町……になる前だね。村ですらない。ほんの小さな集落だった頃は、あそこは獣人しかいなかったのさ。でも、段々流れてきた獣人で賑やかになって、人間も来るようになって……居づらくなった獣人たちは町を後にしたのさ」
「そんなことが……シロウは知ってた?」
神妙に話に聞き入っていた元自警団団長にオウガが問い掛けると、彼は苦々しく首を横に振り、
「いや、俺が流れ着いたのは町になってからだ。トラヤさんが言ってるのは多分、トラヤさんもわか……小さい頃の話なんじゃないか?」
「シロウはでりかしいがないねぇ」
「しかも使えない」
「なっ!?」
「シュリちゃん、そこまでは言わないでやっておくれ。これでも『腕に自信があるぞ!』って町にやって来て、盗賊を追い払ったりはしてたんだよ」
「トラヤ……わかった。もう少し励みなさいシロウ」
「ぐ……」
ツザの町最期の会議の一件から、シュリの中で元自警団団長の評価は荷馬車を引く馬たち以下の存在になっているのかもしれない。それほどに容赦の無い毒が飛ぶ。
「ところでトラヤはどうしてその隠れ里のことを知ってるの?」
「あの人たちが出て行っちまったのは私たちが新しい居住者を歓迎しちまったせいだからねえ。せめてもの罪滅ぼしとして、たまに買い出しに来る子に色々融通してたんだよ。その子たちから、南東に住んでいることは教えてもらってね」
「……もしかして、何処にあるのか知らないの?」
オウガの指摘に苦笑すると、
「これだけの人数が近づけば向こうから接触してくるよ。悪さするために隠れてるんじゃないんだから」
そう言って、トラヤはあっけらかんと笑うのだった。
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