30.そこは東の果て
前話のあらすじ
獣人との戦争が臭う中、マリアはオウガたちと東へ行くことを選んだ。
「マリア、どうして……?」
戸惑いながら促されるままに馬車に乗り込んだ獣人たち。オウガが御者台に座るマリアに問い掛ける。
「もしも戦争になれば大勢の人が傷付きますから。王国軍だけでなく、教会も治療の奇跡を授けられた治療師を国中から集めてるんです」
悪戯が成功した子供のような顔に、血の争いが始まるであろうことに胸を痛める沈痛な表情を複雑に混ぜ合わせ、マリアが答えた。
「教会から強制されたの?」
「いいえ、カーマイン司教からは『好きにしなさい』というお言葉を貰いました。だから、これは私が私の意思で決めたことです。司祭への昇格は少し先延ばしになってしまいましたけど」
「いいの?」
オウガの後ろから、シュリがマリアの顔を覗きこむようにして問うと、彼女は困ったように笑った。
「あとほんの少しの間だけでも皆さんと一緒に旅がしたくて、ワガママを通しちゃいました」
腰元に抱き着いてきたミライの頭を撫でながら、マリアは微笑む。
「私がご一緒できるのは東端の要塞都市までなので、本当に短い旅になってしまいますが……」
「その後は西に戻って総本山を目指すの?」
「いえ、何が起こっているかわかりませんが、東の国境が落ち着くまでは要塞都市の教会に残るつもりです」
「もしも獣人と王国の戦争が起こったら……あなたは王国に付くの?」
シュリの辛辣な容赦の無い問いに、マリアは笑みを消すと、目を伏せて静かに首を振った。
「私は……教会の治療師として訪れる人を癒します。そこに王国もそれ以外もありません」
苦々しく口元を引き攣らせ、マリアは答えた。王国の教会に所属する以上、それが詭弁にしかならないことを知りながら、それ以外の答えが見つからなかった。
「そう。それがあなたの答え……それもいいんじゃない」
「シュリさん……」
「獣人に味方してと言うつもりもない。オオカミ族じゃなければ私たちには関係ないから」
「へ?」
無表情から一転、悪戯気に微笑んだシュリの言葉にマリアが目を丸くする。
「獣人領は王国と違って、獣人という括りではまとまってない。どこの誰かが殺し合うことよりも、あなたが巻き込まれないか心配」
「シュ、シュリさんっっ!?」
「ということはレイアとラウルも参戦しない?」
感極まって抱き着こうとしたマリアを荷台に受け流し、彼女の放り投げた手綱を引き取ったシュリが、並走している騎士たちに声を掛ける。
「ああ、私たちは王国軍の員数外だからな」
「余程のことが起きない限りは教会でマリアさんの護衛に専念できるはずだよ」
「余程のこと?」
「例えば……王国軍が壊滅、とかね」
「可能性はあるの?」
冗談めかして笑うラウルに、シュリが真剣な眼差しで問う。察してラウルも笑みを消し、悩まし気に眉を寄せた。
「うーん。ここ数年小競り合い以上の戦闘は起きていないし、獣人側のやる気次第じゃないかな?」
「やる気……?」
「シュリくんみたいなのがいっぱいいたら、王国軍は負けると思うよ?」
道中、悪漢や獣を騎士顔負けに千切っては投げたシュリを指し示し、ラウルが笑う。
「むぅ……。アランならオウ……オオカミ族の長とも渡り合えそう」
「ふふ、伝説の人も獣人の長とは良い勝負か。なら後は量でどれだけ質を補っているかだろうね」
ただ、とラウルが続ける。
「王国軍はアラン殿がいなくなってから十年、ほとんど進歩が無いと言っていい。場合によっては本当に……」
思案気に呟いたラウルだったが、シュリの後ろでマリアとミライが不安気な表情を浮かべていることに気付き、何でもないと微笑んで話を打ち切った。
◇
要塞都市ブラード。度重なる拡張により形骸化しつつある砦の町セアスとは違い、レムリア王国領と未開地獣人領を隔てる要所として、威容な城壁を誇っている。
「わ~。凄い高いよ~?」
「首が痛くなりそう……」
ポカンと口を開けて城壁を見上げるミライが後ろに転ばないように軽く抱き留めながら、同じく見上げたシュリが首を撫でる。
「お待たせ。どうやら間に合ったみたいだよ。まだ獣人との戦闘は起きてないって」
人間主義の多いセアスとは違う排獣人な空気を察したラウルが、皆を残して門番から状況を聞き取っていた。
馬車と分かれて町から離れようとする人間と獣人の組み合わせに門番は良い顔はしなかったが、国境を越えれば王国に所属しない人間と獣人が混在する町がいくつかあるため、今はまだお咎めはない。
「ここでお別れだね……。この子たち、本当にもらっていっていいの?」
長旅を共に歩んだ騎乗用の馬を撫でながら、オウガが尋ねる。
「勿論です。本当は馬車の方もお譲りしたかったのですが……」
「カーマイン司教の名義とはいえ、一応は教会からの借り物だからな」
「僕たちはマリアさんの護衛で内勤になるからね。どこの誰とも分からない人に乗られるくらいなら、懐いてる君たちの方がいいだろうさ」
馬車に残っていた旅道具を二頭の馬の背に乗せ終えると、いよいよ彼らがここに留まる理由がなくなった。
「……今度こそ、さよならだね」
「きっと、また会えますよね……? わ、私が遊びに行ってもいいですか!?」
「オオカミ族の村は獣人領の中でもさらに僻地。数年はかかるかもしれない」
だから、とシュリがマリアの手を取った。
「私たちが見つけやすいように聖女様は頑張れ」
「……はい。でも、あんまり遅いと迎えに行っちゃいますからね?」
ぎこちなく微笑むマリアに、シュリも小さく頷いて応える。
「ミライちゃん……ミライちゃんだけでも、こっちに残りませんか?」
「マリアお姉ちゃん……」
小さな体を抱きしめると、往生際悪くそう提案するも、ふるふると首を振られてしまう。
「わたしも、獣人のみんなが住んでいる所を見てみたいの」
「そう……元気でね?」
「うん!」
いつまでも別れを惜しんでいられないよ、と騎士たちに背中を押され、騎乗したオウガたちの背中を小さくなるまで見守り続けた。
「マリア。そろそろ中へ入ろう」
「……はい。たっくさん働きますよ!」
「あなたが働くってことはそれだけ怪我人がいるってことだけどね……?」
やる気に満ち溢れるマリアに、苦笑いが向けられるのだった。
いつも応援ありがとうございます。
これにて二章王国編終了となります。
次章はあらすじと登場人物紹介を用意して、と考えているので、一週間ほどお時間を頂ければと思っております。
どうぞ気長にお付き合いの程よろしくお願いいたします。




