3.出会いは未知で
オウガたちは走った。とにかく走った。
狼獣人の身体能力を存分に使い、森をすり抜け、山を駆け抜け、川を飛び越えた。
長い夜が明け、空が白んできた頃、森の中で僅かに開けた広場で、先頭を走り続けたハヤテが立ち止った。
「ふぅ。少しここで休もうか」
「はぁはぁ……そう、だな」
オウガは息も絶え絶えという有様だが、ハヤテもアヤリを抱え続けたのが負担になっていたのか、肩を上下させている。シュリも両手を膝について動けないでいる。アヤリはハヤテの腕の中でいつの間にか意識を失っていた。
「シュリ、休むならこっちに来な」
ハヤテが木にもたれ掛かり、シュリを手招きする。シュリは返事も出来ずにフラフラと近寄っていく。
「ほれ、湯たんぽ」
そう言ってシュリに眠っているアヤリを押し付ける。
突然女の子ひとり渡されたシュリは抵抗もできず崩れ落ちた。地面に横たわったまま、力なくアヤリに回していた手を、ギュッと抱きしめた。
先ほどとは違う形で、肩が小刻みに震えていた。そのシュリの背中を、ハヤテがポンポンと優しくたたいた。
「ほれ、坊ちゃんも温まって休みな」
ハヤテがシュリを横を指さす。
「うん……い、いや、ボクはいいよ!」
「遠慮すんなっての」
温まっての意味を理解して、離れようとしたが、それを察したハヤテに手をつかまれ、強引に引き倒された。
アヤリを抱きしめるシュリを背後から抱きすくめるような姿勢になったが、もう眠ってしまったのか、シュリは反応しない。
顔を赤らめたオウガは離れようとして、シュリの背中が少し冷たいことに気づいた。村を去る時に握りしめた冷たい手。それが脳裏に過ぎり、オウガはそのまま強くシュリに抱き着いた。
一晩走り続けたのに、森の中の地面なのに、オウガの鼻腔はとても落ち着く匂いを感じた。
「素直でよろしい。見張りは俺がしてやるから寝てろ」
ハヤテの呟きを聞き終える前に、オウガは意識を手放した。
オウガはまるで平和だった昨日までのような、とても温かい気持ちの夢を見た。それが妙に後ろめたい気がして、誰にも言うことはなかった。
◇
「オウガ、シュリ。起きてくれ」
木々の隙間から見える太陽が随分高くなった頃、ハヤテは眠る二人を揺すり起こした。
「……っ眩しい。結構寝かせてくれたんだな」
「ん~……」
オウガは手をかざして日の光を確認しているが、シュリは身を起こしはしたものの、目をつぶったまま左右にゆらゆらと揺れている。
「すまん、先に起きたアヤリがどこかに行っちまった。探しに行くから、お前らは――お前はシュリに付いててやれ」
焦った様子のハヤテだったが、シュリが未だに寝ぼけているのを見て、苦笑する。
「ごめん。気を付けてね」
「ああ、すぐ戻ってくるから。勝手にどっか行くなよ?」
「いってらっしゃーい……むにゃむにゃ」
「こいつは……構ってる場合じゃないな。オウガ任せたぞ」
呆れ顔でハヤテは肩をすくめ、草木を分け入って森に入っていた。ハヤテも親から教わった技術があるのか、枝木の折れる音も踏みしめる音も姿が消えた時には聞こえなくなっていた。
後には風で木々がざわめく僅かな音と、スース―という可愛らしい寝息だけ。
「シュリ、シュリ、起きて」
「んー……お母さん、もうちょっとだけ……」
「……シュリ、起きてよぉ」
ようやく目覚めたシュリは寝ぼけたことを覚えていないのか、言葉少なにハヤテとアヤリの行方を聞いた。オウガも何事もなかったとして振る舞うしかなかった。
「ハヤテたち、遅いね……」
「うん……」
落ち着いてしまうと、時間の経過を感じてしまった。二人はくぅくぅと可愛らしくなるお腹を撫でながら、ハヤテたちを待った。狩りか採集にでも行きたいところだが、ハヤテたちが帰ってくるまでは不用意に動けない。
緊張感が途切れていたのかもしれない。
「誰かそこにいるのか?」
森をかき分け、犬耳の男が現れた。粗末ながら鉄の槍を持ち、簡素な革鎧を着ている。槍は、血に濡れていた
「ひっ……!」
悲鳴を上げ、シュリがオウガに抱き着いた。オウガもシュリを抱き留め、何か突破口はないかと思考を巡らせた。
が、男はシュリの怯えようを見て困惑し、己の血塗れの槍を見て納得したのか、「悪い悪い」と軽い調子で槍を地面に突き立てた。
「狩りしてたんだ。ウサギ一匹しかないが、食うか?」
と紐で括られたウサギを持ち上げ、笑いかけた。
オウガたちは顔を見合わせたが、返事はできなかった。
「良い食いっぷりだな」
パチパチと爆ぜる火の粉。男は「いいからいいから」とおもむろに焚き火を始め、ウサギを捌き焼き始めた。
オウガたちも警戒しながら様子を窺っていたのが、肉が焼け、脂が滴り落ちてその香りを放ち始めると、腹の虫が盛大に鳴り出し、抑えることができなくなった。
そこで差し出された脂の滴るウサギ肉を、払いのけることはできなかった。
「あー、お前らはアレか、オオカミ族か?」
「……違う」
「まぁそんなに警戒するな。確かに俺はお前の村を襲ったイヌ族の兵士だけど、下っ端だ。お前らみたいなガキまで殺したいとは思わない」
貴重な肉もやっただろ?と男は肩をすくめる。
村を襲ったのはイヌ族だった。目の前の男の様子に感づいてはいたが、事実として認められると胸中は複雑だ。しかしオウガにはそれ以上に気になることがあった。
「あなたは……ボクたちを、殺さない、んですか……?」
「ああ、殺さない。俺はオオカミ族に何の恨みもないからな」
しかし、と続けた。
「こんな幼い子供だけを置いていくわけにはいかないな。どこか安全な場所まで連れてってやるよ」
「子ども扱いするな! ボクたちだけでも大丈夫だ!」
「そういうとこがお子様――って言ってる場合じゃねえな」
イヌ族の男が口を一文字にして指を立てる。
どこからか、森を切り開き歩いてくる音が聞こえる。それもかなりの大勢だ。
「焚き火して肉を焼けばそりゃ誰か様子見に来るよな。で、どうするよ?」
「ど、どうするって……」
オウガは隣にいるシュリを見る。彼女はうつむき、白くなるほど強い力でオウガの服を掴んでいる。僅かに震えている理由は恐怖か、怒りか。
「ここに残って謎の集団とご対面するか、俺と逃げるか、だな」
俺以外のイヌ族がお優しい保証はないぜ、と男は刺さっていた槍を抜いて、その先端の血をオウガたちに見せつけるように拭った。
「でも、まだハヤテ……友達が」
「そのお友達も、イヌ族が大勢いたら顔は出してくれないんじゃないかね。嬢ちゃんはどうなんだ?」
「オウガ……」
シュリは不安そうに寄り添うが、それ以上は何も言わない。託されたのだ、とオウガは覚悟を決めた。
「わかりました。付いていきます」
「ああ。きっとそれが、賢明な判断ってやつだ」
男は森に分け入りながら、振り返って言った。
「そういえば名乗ってなかったな。イヌ族の下っ端兵士のミツルギだ。短い間よろしくな」
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