29.そして彼らの旅路は
前話のあらすじ
セアスはモフモフ天国でした。
新市街でシュリたちがモフられ終わって宿に戻ると、そこには緊張した面持ちのオウガとラウルの姿があった。
「お帰り。少し困った話を聞いてね。とりあえず座っておくれ」
ラウルに促されて各々が腰を下ろすのを確認したところで、ラウルが口を開いた。
「実はね、戦争が起きそうなんだ」
「戦争……それは獣人領と?」
シュリの疑問に、ラウルが頷く。
「勿論……、と言い切れるものでもないか。あまり巷には広まっていないけれど、遠方から大きな船でレムリア王国に訪れた所も何ヶ国かあるんだよね」
「うちはその辺とも揉めてるからな」
「どうして~?」
「あはは……、その船には船員さんとして獣人がいたりしてね。『奴隷以外の獣人の上陸など認めん!』って大昔の港の担当官が啖呵を切ったとかで、いくつかの国とは縁が切れちゃったんだよ」
今回は関係ない話だけどね、とラウルが苦笑して肩をすくめる。
「東の方で武装した獣人たちの集団が目撃されたらしくてね。妙に規律だった動きで、上は獣人の軍隊じゃないかと見なしているんだけど……」
「東の方の情報がここまで来てるってことは、もう手遅れ?」
シュリが伝達速度の時差を予測して口にすると、
「いや……実はね、王国では奇跡を使った緊急連絡ができるようになっていてね。これはつい数日前の目撃情報なんだよ」
「奇跡って、治療だけじゃないの?」
驚いた獣人たちの視線が、マリアに集まる。
「分かりやすいのは私の治癒の奇跡ですけど、他にも光を生み出す奇跡ですとか、色々ありますよ。王国で使用されているのは、遠話の奇跡でしょうか?」
「うん、そうだよ。離れた場所でも声を届かせる奇跡だそうだね。大きな町には必ず王国所属の遠話担当官がいるんだよ」
「へぇ~」
「原則として、遠話担当官は遠話担当官同士にしか遠話を使えないから、僕は遠話を聞いたことはないんだけどね」
頭に直截話しかけられるっていうのはどんな感じなんだろうね、とラウルが微笑む。
オウガたちが関心を示していると、
「でも王国東南端の話ですよね? 私たちが向かうのは西のサンドルク教総本山ですので関係ないのでは?」
とマリアが首を傾げる。
「徴兵は掛かるだろうけど、教会出向組である僕とレイアは教会、つまりマリアさん優先のままだね。だから護衛は問題ないよ。――でも、西に行って帰ってとなると、小競り合いか戦争か、何かしら起こるだろうね。当然、国境の警備は厳しくなるだろうし、気軽に出国なんてのは出来なくなるかもね?」
ラウルの言葉に、獣人娘たちに視線が集まる。
「あ……そういえばシュリさんたちの目的は……」
「うん。獣人領に帰って、オオカミ族の生き残りを探すこと。それが私たちの目的」
「それで僕からの提案なんだけど……。マリアさん、オウガたちの護衛契約をここで終了するのはどうだろうか?」
「えっ!? きゅ、急に言われましても……」
「すぐに決めてとは言わないよ。流石にお金の絡んだ契約だからね、まずはセアス教会保有の遠話担当官に依頼して、アマーストのカーマイン司教にお伺いを立てて……数日は掛かるだろうね。その間に決めて欲しい」
「そんな……」
戸惑うマリアの視線が、ミライ、シュリ、オウガと泳いでいく。
「マリアお姉ちゃん……」
「これで邪魔者がいなくなる」
「こらシュリ!?」
「……でも旅は賑やかな方がもっと楽しかった」
「シュリさん……」
「俺たちのことは気にしなくてから、マリアの好きにしていいよ」
元より、この護衛自体が遠回りではあったのだ。それでも、育ての師アラン以外の人間との交流で得た物は多く、もう少しの遠回りくらい構わないだろう、とオウガは考えた。それに加え、最悪の場合は国境を力技で突破すればいい、という楽観が獣人たちにはあった。
「オウガさん……」
「まあなんだな! まだ数日はこの町に滞在しないといけないんだ。色々見て回る予定も立てておこうではないか!」
そんな獣人たちの能天気さなど知らず、重苦しい空気を纏い始めたのを察してか、レイアがらしくないほど明るく振る舞った。
「そうね。ちゃんと時間を区切れるなら犬猫と戯れるのもいい」
「シュリ、いいのか? 君はてっきり嫌いなのかと思ったんだが」
「実は結構好き。お腹を見せて服従を示すなんて最高に滑稽」
「シュリお姉ちゃん、その楽しみ方は間違ってると思う……」
皆が意図して一際明るく振る舞っていることを察して、マリアは溢れ出そうになる物を堪えた。
◇
そして3日後。
「オウガさん、貴方への護衛契約をここで終了します」
宿屋の客室。居住まいを正したマリアがオウガの瞳を真っすぐに見つめる。
「そうか。わかった。楽しい旅だったね」
オウガは多少の驚きこそあったものの、微笑みを取り繕い、別れの言葉を口にした。
「はい。とても楽しい旅でした。……ありがとう、ございました」
マリアが頭を深く下げる。その細い肩も、握りしめた小さな拳も震えていた。
「こちらこそ、ありがとう」
目を伏せたシュリが、同じように頭を下げた。
「予定より大幅に少なくなってしまったが、報酬だ。受け取ってくれ」
ラウルがトンっと貨幣の詰まった小さな革袋を机に置いた。ここまでの旅費を払ってもらった上、彼らはこれから別の護衛を雇わねばならないのだ。無論、獣人たちに文句など無い。
「下まで見送ろう。マリアもいいな?」
レイアが俯いたままのマリアに声をかけ、彼女が頷くのを見ると、手を引いて立ち上がらせた。
オウガたちも今にも泣きだしそうなミライの手を引いて、宿を後にする。
「静かになっちゃったね」
「ミライ、もう泣いてもいい」
「ううん、泣かない……マリアお姉ちゃんたちがわたしたちのために決めたことだもん!」
大きな瞳に大粒の涙を湛えながらも堪えるミライの言葉に、シュリは黙って頭を撫でた。
「さて、護衛が無くても町に残ってもいいんだけど……」
「マリアたちには悪いけど、早く出たい。この町は居心地悪い」
オウガの気遣いを、シュリがバッサリと切り捨て、沈痛な面持ちのミライまでもこくりと小さく頷いた。彼女たちにも心残りが無いわけではないが、それほどにセアスの町中で向けられた獣人保護派からの不躾な視線は、彼女たちにストレスを与えていた。
彼女たち目当てに幾度も絡まれたオウガも、苦笑を返すしかない。
獣人3人は足早に町を離れると、城壁外の市街も通り抜け、もう少し人気の無い所から気晴らしに全力で走り出そうか、などと相談をしていた。そこへ――
「そこの冒険者と獣人、止まれ!」
と、とても聞き覚えのある声に制止された。
驚いて3人が振り向くと、セアスの町から向かってくるのは見慣れた騎兵2頭に見慣れた幌馬車。その御者席には、見慣れた銀髪の胸元豊かな聖女が微笑んでいた。
「そこの冒険者さん、ここから東まで護衛を頼めませんか?」
そして彼女は悪戯っぽく笑ったのだった。
いつも応援ありがとうございます。
妙に最終回っぽくなってしまいましたが、物語はまだまだ続きます。