28.過去と今と獣人と
前話のあらすじ
獣人嫌いの人が多い町に来たはずなのに、何かへん。
シュリに引きずられるようにして席に着かされた犬獣人の男は、トウマと名乗り、この酒場で屯していた元奴隷の獣人たちのまとめ役なのだという。
シュリとミライが身の安全のために奴隷のフリをして旅をしている事を説明し、先客の獣人たちが落ち着いた所で獣人差別で有名な町に何が起きたのかを問い掛けた。
「始まりは3年前。新しく若い騎士様が赴任なさったんだ。最初は何にも期待なんてしてなかったんだけど――」
新しく若い騎士が来た所で、彼らの奴隷生活に変化があるとは誰も思わなかった。事実として、何も変わらなかったのだ。その後の半年は。
事が起こるのに予兆は無かった。ある日、いつもの様に商人である主人に命じられるままに荷運びをさせられていた時、大勢の兵士が次々と乗り込んできた。奴隷たちの眼前で主人は拘束連行され、そして二度と戻ってこなかった。
通いや新参の使用人たちが次々に屋敷を去り、僅かに残った古参の使用人や主人の家族たちと息を潜めるように過ごすこと3日。次に訪れたのは僅かな兵士と町役場の行政官だった。
彼らが述べた主人の罪状は、脱税や脅迫、傷害など多岐に亘った。しかし、そんなことは今に始まった事ではないはずだったのだ。
それらが許されていたのは、代官や町の顔役に賄賂を贈り、見逃されてきたのだ。なのに何でいまさら、と家族たちが食い下がったが、聞き入れてもらえるはずもなく、全ての家財が没収され、奴隷も町預かりとなった。
しかしそれでも、平時であれば奴隷たちも家財と同様に競売に掛けられ、新たな主人の下で変わらぬ奴隷生活を送ることになるはずだったのだが――
「今は皆、奴隷じゃないね?」
トウマたちに奴隷の証である首輪が付いていない事を確認し、オウガが話の続きを促す。
「ああ。あまりにも奴隷の数が多すぎたんだ。主人が捕まった奴隷は俺たちだけじゃなく、このセアスの町全体、奴隷の総数が数百人だ。競りに出すまで町が養わなくちゃいけない。健康管理もしないといけない。競りに出しても買い手が少なくて買い叩かれる。困った末にお上が出した答えが――」
「奴隷の解放?」
「そうだ。でも、ただ解放されても、俺みたいに奴隷狩りで捕まったやつもいれば、親が奴隷で奴隷以外の生き方を知らないやつもいる。放り出されてどうしたもんかと途方にくれた時に、助けてくれたのがあの騎士様だったんだ」
その時の光景を思い出したのか、宙を見つめ陶然とするトウマたち。
「罪人から差し押さえた金で元奴隷用の宿舎を借りてくれてな。おかげで何とか生活できてる」
ただ、と元奴隷たちが顔を曇らせる。
「やりすぎちまったのかな。騎士様は一年後に別の代官がやってくるのと同時に左遷されたらしいんだ。ご本人は『最前線ならここよりも獣人が多そうだ』と楽しそうだったけどな」
「何……?」
ここまで元奴隷たちの話を黙って聞いていたレイアが、思わず腰を浮かす。皆の視線が集まると、こほんとわざとらしく咳払いをすると、
「その騎士は獣人保護派だったのか?」
と問い掛けた。
「そうみたいだな。捕まった金持ちたちは、どいつも獣人の奴隷を持ってたやつばかりだった」
逆に有名な悪人であっても、獣人と関わっていなかった者たちはお咎めなしだった、というトウマの言葉に、レイアが額を押さえて首を振った。
「もしかして、その騎士の名は……」
「ナターシャ様だ。そういえば、お前はあの方と同じくらいの年だな。知り合いか?」
「やっぱりか。あのバカ……」
頭を抱えたレイアに代わり、皆の視線が集まったラウルが苦笑して、獣人保護派の騎士ナターシャについて語りだした。
「あー、うん。もう察してるかもしれないけれど、レイアの同期のナターシャという子がね、例の研修旅行で羽目を外しすぎてレイアたちを連帯責任のとばっちりに巻き込んだ子なんだよ」
ラウルはトウマたちからいくつか獣人愛好騎士ナターシャの特徴を聞き出すと、自身の記憶とレイアの反応から本人だと断定した。
その中で明かされた彼女の所業は、研修旅行の初日、奴隷連れの主人たちに次々と色仕掛けを行い、酔い潰した所で男女問わず獣人をお持ち帰りしてモフモフしたというものだった。翌日騎士宿舎に駆け込んで来た被害者たちの訴えで彼女の悪事が判明し、激怒した教官に宿舎謹慎を言い渡されたのだった。
「あら……? レイアが悪いようには思えませんけど?」
「ははは、レイアは研修旅行をとても楽しみにしていてね。いきなりの謹慎に怒っちゃって、ナターシャ嬢と宿舎で大喧嘩したらしいんだ。で、謹慎が延びて研修旅行全日にまでになっちゃって」
「……レイア可愛い」
真っ赤に紅潮した顔を覆い天を仰いだレイア。それを見て思わず微笑んだのはシュリだった。
「好きに言ってくれ……私は昔できなかった分も含めて、皆でこの町を散策するのを楽しみにしていたんだから」
「レイアお姉ちゃん……」
「あー、言いにくいんだがな」
レイアの心情の吐露に皆の憐みの視線が集まる中、トウマが、
「ナターシャ様の大立ち回りの所為で、今この町では騎士は出入り禁止の店が結構あるぞ」
「……ナターシャぁぁあ!?」
◇
「本当に騎士さんはお断りのお店が多いんですね」
「私の同期が申し訳ない……」
「レイアお姉ちゃん、元気出して?」
「うん。おかげで尻尾穴の開いた服が売ってたり、意外と楽しかった」
セアス新市街。肩を落とすレイアはいつもの騎士鎧ではなく、町娘のような身軽な恰好をしていた。提案者はラウルで、そのラウルは傍目に騎士と分かる恰好のままで入店を断られたため、オウガと共に別行動を取っている。
一方でシュリはご機嫌だ。普段は尻尾を気にしないで済むスカートで妥協するか、自ら穴を開ける加工をしなければいけないが、この町での衣類の買い物ではそれらを気にしないですんだ。女3人の着せ替え人形にされたミライは若干お疲れの様子だが。
「あ、今度はネコさんがいますね。おいでー……わっ。凄い人懐っこい。レイア、この子お持ち帰り――」
「ダメだぞ」
「あぅ……」
過剰に溢れ出る構いたい気配を感じるのか、犬猫に避けられがちなマリアにも懐を開いてくれる通りすがりの野良猫に、マリアは魅了されていた。
「この町犬猫が多いのね?」
「ああ、人間主義者が多いから……いや、多かったから、か」
「関係あるの~?」
「奴隷を買う金の無い人間主義者がな。代わりに犬猫をペットとして買うことがあるんだ」
「不毛」
ずばりと切って捨てたシュリの言葉に、レイアもミライも苦笑する。
「そう言ってやるな。少なくとも今、マリアが楽しめてるだろう?」
「むぅ……」
3人の視線の先では、人懐っこい野良猫を思う存分モフり、蕩けた顔を晒している聖女の姿があった。
最初はシュリたちも一緒に犬猫との触れ合いを楽しんでいたのだが、この野良猫で実に5匹目。毎度足を止めるマリアに、流石に辟易としていたのである。
「マリアお姉ちゃん、早く行こう?」
「もうちょっと、もうちょっとだけぇ……」
常であればネコ娘に甘々なマリアなどイチコロのミライのお願いも、無防備なお腹を見せる野良猫の虜となっていては効果がない。珍しく蔑ろにされてしょんぼりと肩を落とすミライを憐れに思ってか、
「ミライ、こういう時は切り札を使う」
とシュリが抱き寄せたネコ娘に囁いた。
「切り札って?」
「それはね――」
猫耳に耳打ちすると、ミライを伴ってネコボケした聖女の下へと寄り添う。
「マリア、そろそろ行くよ?」
「マリアお姉ちゃん」
「はぁはぁ。も、もう少しだけ……はっ!?」
制止する声が一人増えたとて、まだ満足していない、とばかりのマリアだったが、その背筋がゾクリと泡立った。
こしょこしょと。
彼女の身体をくすぐるように撫でる2本の尻尾は誰の物か。
「シュ、シュリさん!? ミライちゃん!?」
「マリア、行こ?」
「は、はひぃ……」
興奮に頬を紅く染めたマリアに、シュリが蠱惑的に微笑むと、腕を絡め取り、さり気なく野良猫から遠ざけて行く。
「何か妙に如何わしいな……」
ポツリと零された女騎士の言葉には、突然放り出された野良猫が物寂しそうに『にゃー……』と答えただけだった。
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遂にシュリがマリアに身体を許した! と書くとなんかとっても如何わしい。