27.王国直轄領セアス
前話のあらすじ
盗賊のお宝でウハウハ。ラウルがモテモテ。マリアがクンクン。
紆余曲折あって遠回りしながらも、旅は順調に進み、あと幾日もすればでミクス街道南端、セアスの町に着くだろうというある日。
「前から気になっていたのですけど……オウガさん、髪の根元が白くありませんか?」
車座になった朝食の席。正面に座るオウガにそう指摘したのはマリアだった。レイアとラウルの覗き込み、口々に肯定する。
「シュリさんたちは理由を知ってるのですか?」
「もちろん。そろそろ必要ないかと思ったら言わなかった」
マリアの問いに答え、何で教えてくれないのと責める目線のオウガにも応える。
「必要、というのは?」
「オウガは……髪が白いのだけれど、とある事情で黒く染めていた」
「とある事情?」
首を傾げるマリアの横で、レイアとラウルが何かに気づいた。
「……そういえば北方で、白い幽霊が奴隷商人を皆殺しにしたとか噂が流れていたな」
「それもオウガくんたちが町に来た頃だったね……」
「皆殺しにはしてない! たしか二人やっただけだって」
「あれ? 三人だっけ?」などと指折り数えて首を傾げるオウガに呆れた視線を向けた騎士二人が、溜息を吐いて肩をすくめた。
「僕たちは何も聞いてない、ということで」
「今は信頼してる」
嬉しそうにシュリが穏やかに微笑むと、一同が思わずおおっと見とれ、気づいた本人が無表情を取り繕って頬を紅く染めてそっぽを向いた。
「もう少し伸びたら黒いの全部切り落とすから!」
恥ずかしいのを誤魔化したいのか、吐き捨てるように伝える狼娘に、生暖かい視線が集まるのだった。
◇
予告通りシュリが鋭いナイフ捌きでオウガの黒髪を刈り飛ばし、見慣れない白髪に皆がようやく慣れた頃、ミクス街道南端のセアスの町が遠目に見えた。
「わぁ~おっきい。けど、なんか変?」
「はははっ、よく見えてるな。あの町はその成り立ちが特徴的でな――」
御者台の脇から身を乗り出して耳をぴこぴこさせながら小首を傾げるミライを落ちないように支えながら、御者をしていたレイアが案内人のように解説を始める。曰く――
レムリア王国直轄領セアス。遥か昔はセアス砦と呼ばれる小さな砦だったのだが、数百年前の獣人の大侵攻を食い止めた砦として一躍有名となり、集まってきた人々が町を作ってしまった。それを囲うように城壁を作ったのだが、それでも人足は止まらずまた城壁の周りに町を作ってしまったので、百年程前にも追加の城壁が建てられた。しかし今もまた壁外に町が出来つつある。
「――というわけで高台から見れば城壁が何重にも層になってるんだそうだ」
「へぇ。レイア、物知りなのね」
「すごいです」
世間知らずな獣人たちを筆頭に、皆が素直に聞いたためか、どこか誇らし気なレイアの説明が終わえる。
「どうしてそんなに詳しいの?」
「う……な、成り立ちが成り立ちだからな! 騎士にとっては常識なんだ!」
妙に声を上ずらせてらしくもなく胸を張ったレイアに疑いの眼差しが集まり、それがそのまま同じ騎士仲間であるラウルに移ると、彼は苦笑して、
「あはは。実はね、王都の騎士学校ではそういう特別な町として、セアスへの行軍訓練を兼ねて研修旅行が組まれるんだよ」
「へぇー、そうなんだ。隠すことでもないように思うけど……?」
「ふふっ。レイアはね、その時に羽目を外しすぎて、教官に大目玉を食らったのさ」
「ラウル!? あ、あれは同班の子たちが騒ぎ過ぎたせいであって、私は巻き込まれただけだからな!?」
「はいはい、そういうことにしておいてあげてね」
「ほ、本当だからな!?」
肩をすくめるラウルを押し退けるようにして無罪を主張するレイアに、生暖かい視線が集まるのだった。
「ゴホンッ! というわけで経緯が経緯だけに、ちょっと困ったやつらがいる町だからな。オウガ! シュリとミライの主人として、ちゃんと振る舞わないとダメだぞ!」
「それは、人間主義者が幅を利かせてるってこと?」
「それだけならまだいいんだがな……」
レイアが言い辛そうに言葉を濁す。
「ただの獣人排斥者だけでなく、獣人の脅威を退けた町として、獣人を奴隷として傅かせたい者たちや、逆に獣人を保護しようと奴隷解放運動を始める者まで集まってきているみたいでな」
「最後のは素晴らしいことのように思えるのですけど?」
「保護と言えば聞こえはいいが、どうもその……愛玩動物扱いというかな……」
またしても困惑の表情を浮かべて言葉を濁すレイア。彼女の視線の先には、膝の上に乗せたミライの頭と獣耳と、ついでに尻尾も蕩けた笑顔で撫でつけるマリアの姿があった。同様に皆の視線が集まると、
「な、何ですか!? わ、わわわわっ、私はそんなつもりはありませんよ!?」
向けられた視線に非難の気配を感じたのか、慌てて尻尾から手を放して弁明する。だが、頭に置かれた手は離れていない。撫でられている当の本人が気持ちよさそうにしているので周りも責めはしないのだが、座りが悪いのか頭を撫でる手にも先ほどまでの覇気が無い。
「マリアがそんなやつらと違うのは分かってる」
「シュリさん……」
シュンとしたマリアを不憫に思ったのか、彼女の唯一の被害者ともいえるシュリが擁護の言葉を口にすると、感極まったとばかりに震える手を伸ばした。
その手が無意識に狼娘の獣耳に向かっていることを察知され、容赦なく振り払われると、「フーッ!」と獣のような威嚇をされる。
懲りないマリアに呆れた視線が集まると、苦笑したレイアが、
「まあ百聞は一見に如かずというしな。厄介事があることを覚悟していってくれ」
と皆の背を押すのだった。
◇
そんな不安を胸に、警戒しながら進む一行だったが、すんなりと城門までたどり着いてしまった。城壁外の違法住民たちも何かを売りつけようとする者こそいたが、獣人を連れていることに絡んでくる者はいなかった。さらには、城門で警備をしていた門番が呼び止めたのは、
「そこの獣人奴隷の主人は誰になりますか?」
「俺です」
「あなたですか。そちらの騎士様から聞いているかもしれませんが、今この町では獣人奴隷は厄介の種です。十分注意するようにしてください」
とシュリたちの主人のフリをしているオウガに妙な気遣いをした。城門を抜けた所で、
「何か思ってたのと違うね?」
「ううむ。私が研修に来たのは5年も前だし、何か情勢が変わってきているのかもしれないな。早々に宿に入って、情報を集めさせて欲しい」
レイアの申し出に異を唱えるものはおらず、それを受けたラウルが先導して宿を探す。記憶の限り治安の良い地域の上等な宿屋を選んだのだが、「獣人奴隷がいるのか……」と難色を示されてしまった。
「何か問題が?」
獣人たちを庇うように人間が前に出てきたことに戸惑ったのか、宿の主人が困惑顔になり、
「え? い、いや……お客さん方、今この町で獣人奴隷がどういう扱いをされてるかご存知で?」
「いや、セアスに来たのは数年ぶりなんだ。何か情勢が変わったのか?」
「そうですか。実はですね――」
宿の主人が声を潜め、顔を寄せてきたその時。
「おい、そこのお前ら!」
受付の宿の食堂と酒場を兼ねた場所で飲んでいた男たちが立ち上がり、気色ばんで向かってきた。また絡まれるのか、とオウガたちが辟易していると、男たちの特徴が視界に入り、目を見開いた。その男たちは――獣人だった。獣人が酒場で公に酒を楽しむなど、このレムリア王国ではとても見られない光景だった。さらには、彼らは奴隷の首輪をしていなかった。
イヌやネコ、特徴の分かりやすい者を筆頭に、何種族か混じっている獣人たちは剣呑な雰囲気を纏ってオウガたちに近寄ると、
「新市街で獣人奴隷を連れるとは良い度胸だな!?」
「きゃっ!?」
「待って」
誰かの胸倉でも掴むつもりだったか、荒々しく伸ばされた腕を掴んだのは、奴隷と思われているシュリ本人だった。
「ご主人、この人たちはここの正式なお客さん?」
「あ、ああ。今は獣人も客として受け入れてるよ。獣人差別をしてるやつらは、全員旧市街に追いやられちまったからな」
「ふ~ん、そっか……」
主人から事情を聞き出すと、シュリは獣人の手を掴んだまま器用に片手で自身の首輪を外し、
「じゃあ私たちもお客ってことで。君たち、そこでちょっと話そうか」
握りしめた手でミシミシと鈍い音と悲鳴を上げさせながら、獣人たちに微笑みかけた。
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