26.盗賊たちの最後
前話のあらすじ
盗賊の切り札は巨漢の熊獣人のクマだった。
「なっ!? クマが!?」
血をまき散らして崩れ落ちた熊獣人に気を取られ、足を止めた盗賊頭目の隙を、若輩ながらに鍛えられた女騎士は見逃さなかった。
「そこっ!」
「っち!? しまった1?」
鋭く突き入れられた剣閃を捌き損ね、貫かれた衝撃で後ずさる。辛うじて致命傷こそ避けたが、革鎧の脇腹を抉り軽くはない傷を残した。
「その傷ではもう避けれないだろう。観念したらどうだ?」
油断なく切先を頭目に向けて構えたレイアが投降を促すが、脂汗を浮かべた頭目も不穏な笑みを湛え、
「おい、クマ! お前はそんなもんじゃねえだろ!?」
「貴様!? 往生際の悪い真似を!」
「へっ。言ってろ! 最後に立ってたやつが勝者なんだよ!」
頭目の発破が届いたのか、痛む右腕を押さえて蹲っていたクマが身を起こし、眼前のオウガを睨み付ける。
「何でそこまであんなのに従うかな?」
「俺とクマにはお前たちにはわからない強い絆があるのさ! やっちまえクマ!」
頭目の発破に呼応するように、クマが残された左腕をオウガに伸ばす。その愚直な突進を易々と避け、二の太刀を浴びせようとして――
「っわわ!?」
オウガが身体を投げ出すようにして身を伏せると、その頭上をガチンと大きな音を立ててクマの大きく開かれた口が虚空を食らった。
本物の肉食獣のように鋭い牙こそないが、その強靭な顎で噛み砕かれれば軽傷で済まないだろう。決死の獣人からは例え首だけになっても目を離すな、というのは彼の師の教えだ。
冷たい汗が背筋を流れるのを感じながら、オウガは深く息を吐き呼吸を整える。
冷静にさえなれば、片腕を失い、多量の出血をしながらも引き下がらない捨て身の獣に、鍛え抜かれた獣人の剣士であるオウガが負ける通りが無い。
隙だらけの大振りな一撃を避け、堅実に一太刀ずつ斬り込んでいく。油断さえしなければ、力任せの野生の獣のようなクマの反撃が、オウガに届くはずもなかった。
「ぐがぁ……」
やがて、自身の血溜まりに力なく跪いたクマに、オウガは油断なく切先を向けたまま歩み寄る。
力なく項垂れて影が落ちる。しかしその中にランランと輝く戦意に満ちた瞳と視線がぶつかって――オウガは躊躇なく巨体の胸に剣を突き立てた。
「クマッ!? ぐっ!?」
防戦一方ながらも横目で切り札の様子を窺っていたのか、崩れ落ちる巨体に目を見開き、立ち止った一瞬をレイアが見逃さなかった。突き入れられた剣先は頭目の胸元に吸い込まれるように直進し、呆気ないほどに抵抗なく革鎧を貫いた。
何を呟きたかったか、口をパクパクと震わせ、やがて力なく首を垂れて動きを止めた。
レイアは剣を引き抜き油断なく構えたが、完全に事切れているのを確認すると、息を吐いて鞘に納めた。
「おつかれ。結構苦戦してたね?」
「オウガこそ。流石にあれほどの巨体を相手にする訓練はしていなかったか?」
激戦後の高揚した気分からか、レイアのからかうような問い掛けに、オウガが首を捻りながら答える。
「うーん。してたんだけど、ね……。マリアを襲った獣人奴隷とは必死さの質が違ったかなって」
「質、か。もしもそこの盗賊の親玉の言葉が本当なら、そこのクマは命令ではなく、望んで戦っていたのかもしれんな」
「望んで?」
「言葉を一言も発さなかっただろう? もしかしたら、言葉を喋れない、理解していなかったのかもしれない。そんな身の上なら、どんな経緯にしろ、盗賊の下で自由を与えられれば懐きもするだろうな」
レイアはそういいながら、壊れた人形のように投げ捨てられていた女の死体を正してやり、上から外套を被せた。
「言葉を……。そういう獣人は多いの?」
「場所によるんじゃないか。南は獣人領が近いから獣人奴隷も多くて、奴隷の横のつながりもあるとか。北はお前も知ってるだろうが獣人が珍しいから、獣人の見世物小屋があったりするみたいだな。そういう所だと珍しい動物扱いの獣人にはまともに言葉も教えないとか……」
「ヒドイね。……あれ? ということはミライは?」
「言葉も喋れるどころか割と物知りなところがあるし、礼節も妙にしっかりしている。どこかでちゃんと躾けられたんじゃないか?」
「そうか……」
「聞いてないのか?」
「あまり昔のことを聞くのも悪いかなって」
「それもそうだな。本人が言いたそうにしていれば聞くといい」
何とも困難な助言を残して、レイアが洞窟の奥へ足を向ける。
「終わった?」
「ああ。そっちは……大量だな」
洞窟の奥には、身を寄せ合って震える村娘たちと、退屈そうに短剣を弄っていたシュリ。そして、折り重なるようにして積み上げられた盗賊たち。
「虫の駆除は任せて」
「虫って……」
「確かに年頃の娘に集る男共など虫みたいなものか。後ろの三人がニテの村の娘か?」
レイアが視線を向けると、シュリの後ろで縮こまっていた村娘たちがビクリと震えた。しかし、その視線の主が見るからに騎士然とした人間だと分かると、シュリを避けるようにして離れるとレイアに泣きついた。
口々に盗賊たちへの恐怖を訴える娘たちだが、その恰好は村から攫われた時のままで、薄汚れてはいるが汚された痕跡はない。オウガたちが疑問に思っていると、察したシュリが、
「彼女たちは検品前だから乱暴はされなかったみたい」
と娘たちから聞き出した事情を説明した。盗賊たちは身代金を回収した次第に、東の未開地域へと娘たちを売り飛ばす算段だったのだという。
頭目の指示で辛うじて貞操こそ守られたものの、粗暴な男たちに囚われた時間は彼女たちを心身ともに疲弊させていた。
「さあいつまでもこんな穴倉にいないで、帰ろう」
娘たちが落ち着いたところで、レイアが先導して歩き出した。
◇
娘たちが無事に帰ってきたと村を挙げての宴が終わり、翌日。
ニテの村共同墓地。その隅に無名の小さな墓が立てられ、ただ摘まれただけの質素な花が手向けられていた。そこに弔われたのは、盗賊の女奴隷。シュリとレイアに頼まれ、オウガが村まで運んできたのだった。
村長に事情を話し、報酬代わりにと村で弔ってもらうように頼み込んだ。捧げられた花は攫われた村娘たちが持ち寄った物だ。自分たちにも起こり得た姿に思えて、胸中は複雑だったのだろう。
「もう祈りは十分か?」
名も無き墓の前で黙祷を捧げていたオウガたち獣人組の下に、村長たちに引き留められていた人間組が出立の準備を整えてやってきた。
昨夜の疲労を見せないレイアに対して、その後ろでは辟易とした様子のラウルが騎乗している。帰還した村娘たちが、将来有望なエリート騎士と聞いて挙って求婚を申し込んだため、その対応に追われていたのだ。
『夜遅くにお部屋に忍び込もうとしてた人もいたよ』
とは敏感なネコ娘談。察知したシュリの手によって平和的に処理された。
平和な場所で憔悴した様子のラウルに一同生暖かい視線を送っていた所、ふと思い出したがオウガが、
「ああ、マリア。これ、返す」
ややぶっきらぼうに手渡したのは、回収してきた女物の修道服。
「ふふっ、お役に立ったようで何よりです。…………くんくん」
「おいむっつり。何を嗅いでるか」
オウガから服を受け取り、周りの視線を確認しておもむろに顔を埋めたマリアの頭に、シュリの強烈な手刀が振り下ろされた。
「いたっ!? そ、そんなことしてませんよ!?」
「現行犯…………スンスン」
「ってあなたも嗅いでるじゃないですか!?」
「興味本位。いつものオウガの匂いだった」
「い、いつも!?」
「お二人さん、仲が良いのはわかったから、早く馬車に乗ってくれ。またラウルが求婚されてしまう」
馬車の影でふざけていた二人に、御者台からレイアが注意する。慌てて乗り込み、ようやく馬車が動き出した、とラウルがこっそりと安堵の息を漏らしたところで、
「あ、そっちじゃない。こっち」
と御者台まで身を乗り出したシュリが東を指差す。
「シェニルの町はそっちじゃないぞ?」
「そっちにあるのは……盗賊のアジトだよね?」
皆が首を傾げるのをみやりながら、
「そう、お宝ガッポリ」
シュリがにやりと微笑んだ。
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