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オオカミノ国  作者: 十乃字
二章・出会いと別れ
25/81

25.洞穴の中のクマ

 前話のあらすじ

 盗賊のアジトに乗り込むために、オウガくんたちが捕らえられた娘のフリをすることになった。


「お嬢さん方、悪いことは言わねえ、こんな命知らずな真似、止めた方がいいぜ」


「うるさい。黙って」


 すでに日も暮れ、松明を片手に嫌々馬を駆る盗賊の後ろに乗り合わせたシュリが縛られた手をクイッと捻った。


「あだだだっ!? 姉さん刺さってる、ナイフ刺さってますぜって!?」


「誰が姉さんか。死にたくなければ黙って案内して」


「あれではどっちが悪者だか分からんな……」


 シュリたちの騎乗する馬からすぐ後ろ、手綱を牽かれるもう一頭の馬上には同じく縛られたレイアが騎乗していた。前方でのどこか楽し気なシュリへの感想は、レイアの背後に縛り付けられている、黒いベールを被せられた黒髪のシスターへの向けたものだ。


「…………」


「ああ、悪い悪い。そうだった」


 黒髪のシスターは無言のまま、身動ぎで返事をする。そこでレイアは、シュリから「バレるから喋っちゃダメ」と釘を刺されていたのを思い出した。



   ◇



「クスクス。オウガ、とっても似合ってる」


「そうかよ……」


 不機嫌を隠さず、憮然とした若狼だったが、その姿ではどう凄んでも迫力がない。


 女装をさせると言い出したシュリだったが、細身の彼女の服ではオウガには小さく、背格好の似ているレイアは仕事柄両性的な男女どちらとも取れるような服を好み、女装としては不向きだったため、白羽の矢が立ったのはマリアの予備の修道服だった。


 修道服は教会関係者の大勢が着るための既製服であり、元々ゆったりとゆとりのある作りであることに加えて、マリアは胸元のとある特徴のためにさらに一回り大きいサイズの物を持っていたのだった。


 実際に修道服を着ることはできたのだが、いくら顔に母親の面影があるとはいえ、肩幅は年相応の男として細身ながらも広くなり背丈もマリアより高いため、修道服のスカートからブーツの脛部がチラチラと露出する、何とも不格好な有様だ。シュリの手で薄く施された化粧によって、顔だけ見れば女に見えるというのもさらに異質さを助長している。


「オウガさんが私の服を……」


「マリア、ごめんね?」


「い、いえ……。あの、その何て言うか……お揃いですね」


 目の前の見慣れぬ非現実的なオウガの姿に、マリアは思わず恍けた言葉を照れたように微笑みながら口にした。「お似合いですね」と口にしなかったのは彼女の良心だろうか。


「女に見えないこともないが……」


「大丈夫、アジトに着く頃には真っ暗。声さえ出さなければバレない」


「それって俺が女装する意味はあるの……?」


 「全身を覆う外套で十分じゃないの?」というオウガの指摘は聞こえていないふりをして、シュリが拘束用の縄を用意する。観念して大人しく従うオウガを縛りながら、


「次はもっと可愛くしてあげる」


 耳元でボソリと呟かれた言葉に、若狼は乾いた笑いを零す他になかった。



   ◇



「おう、戻ったのか。……お前だけか?」 


「……ああ。新しい女を捕まえたから先に連れてきた。残りは後から馬車で来るぜ」


 星明かりも満足に届かない暗い森の中、見張りの男に誰何された盗賊は、背後のシュリからの無言の圧力に助けを乞うことも出来ず、指示された通りの作り話を口にする。


「ふ~ん、こいつらがそうか。おお、可愛い顔してんじゃねえか。……んん? そこの黒い髪の女!」


 シュリから順番に嫌らしい笑みを浮かべながら顔を覗き込んでいた見張りの男が、黒髪のシスター――オウガに目を止めた。呼びかけられてびくりと震えると、


「一番好みだぜ。後でたっぷり可愛がってやるから楽しみにしてなぁ」


 下卑た笑い声を浴びせられ、黒衣のシスターがブルブルと震える。見張りの男はそれを恐怖に震えてるとでも捉えたのかさらに気をよくしたが、前に座るレイアにはオウガが拳をきつく握りしてめているのが察せられた。


「我慢してくれ……」


 言葉少なに励ますレイアに、オウガは怒りか屈辱か、湧き上がる感情を抑えきれずに震えたまま小さくこくりと頷いた。


 シスターをからかったことで満足したのか、見張りの男はあっさりと引き下がり、オウガたちはすんなりと盗賊のアジトである洞穴へと到着した。洞窟内には男女数名の気配しかなく、すでに目的は達したともいえるが、用心のために演技を続けたまま、馬から降りて盗賊に先導させる。


「おう、帰ったか。そいつらが土産か。中々の別嬪さん揃いじゃねえか」


 横柄に出迎えたのは、如何にもな悪人面の大柄の男だった。


「ボ、ボス! こいつらただの娘じゃねえ! 凄腕の冒険者ですぜ!」


「なにぃ? 面倒なもんを連れてきやがって……」


 泰然とした盗賊の頭目の顔に安心したのか、案内させた男がシュリの手を逃れ走り寄る。


「いいのか?」


「うん、もう問題ない。私は人質の子たちの所に行くから、こいつらはオウガとレイアに任せる。あと……」


「あと?」


「奥に何か煩いのがいる。オウガも警戒して」


「わかった」


 そう言い残してシュリは暗闇へと姿を消し、後には盗賊二人と女騎士とシスターが残された。すると、


「お頭、あのシスターは男なんです。やたらと強いし、遠慮はいりませんぜ」


「そうかい。どうもバレてるみたいだしお披露目といくか。おい、クマ! 出てきていいぞ!」


 背後に声をかけると、暗闇からは低い唸り声が聞こえ、まるで暗闇そのものが動いているかのような錯覚を受ける程の巨体が姿を現した。


「なっ!?」


 その巨大さに警戒心こそ強めたものの、まだ様子見と冷静を取り繕った二人も、さらに接近されてその全貌が松明に照らし出され、驚愕に目を見開いた。


 オウガの三倍以上の体積を誇るその巨体は、申し訳程度のボロ布を腰に巻き、岩山のような肉体を露わにし、身体同様に大きい頭部からは、似つかわしくない丸みを帯びた獣耳がひょこりと生えていた。


「熊獣人のクマだ! どうだデカいだろう! すごいだろう!?」


 頭目が我がことのように誇らし気に笑う。


「く、熊……。オウガよ、獣人とはルーツと言われる獣に体質まで似るものなのか!?」


 巨大熊獣人を見上げながらのレイアの問いに、


「あまり詳しくはないけど、アランが『極一部にそういう種族もいる』とは言っていた。でも、熊獣人は違うはずだよ」


 と幾分冷静に師の言葉を振り返る。


「つまり?」


「ただの身体のおっきな獣人さん、かな?」


 頬を引き攣らせて苦笑しながら、オウガは熊獣人のクマから目を離さない。クマの目には敵意はなく、むしろどこか遠くを見つめるような意思の薄弱さを感じさせた。


(同じ獣人のよしみで何とかならないかな?)


 そんな期待を抱いたオウガだったか、やはりそこまで甘くはなかった。


「クマよ! その黒いのは俺たちの敵だ! 叩き潰せ!」


「があああああっ!」


 頭目の一喝により一転、クマの小さな瞳宿ったのは確かな敵意だった。雷のように響く方向を上げ、手に持っていた何かを放り捨て、オウガに迫り寄る。


「うわっと!?」


 その巨体の圧力に、さしものオウガも正面から受けることをさけ、振りかぶった右腕の下を潜る様にして回避する。


「オウガ!? 大丈夫か!?」


「こっちは大丈夫だからレイアはそいつらをお願い。……それを見ると遠慮はいらないと思うよ」


「それ……っ!?」


 クマに神経を向けたまま、オウガが背中越しにレイアに語りかける。それを受けたレイアも、クマが最初に投げ捨てたものが、かつては人だったものが、裸の女の死体であることに気が付いた。


「貴様らぁ!?」


「あーあ。クマの奴ついに壊しちまったか。しかしなんだ、騎士様の知り合いだったか? どっかの町で買った奴隷だが……。騎士様ならもっと長持ちしそうだな。ひゃっはっはっは」


「その煩い口を閉じろ!」


 見ず知らずの奴隷の女の死体。これが汚され、モノのように扱われていなければこれほどレイアが怒りを露わにすることもなかっただろう。


 鋭い踏み込みから抜き放たれた白刃は、頭目の「おっと」という気の抜けた声と共に引っ張り込まれた部下の男を深く切り裂いた。


「え……ボス……?」


「悪いな。思ったより速かった。お前のおかげで助かったわ」


 何が起こったのか、とキョトンとした表情のまま赤い血を吹き出して崩れ落ちる部下に目もくれず、頭目はゆったりとした動きで自身の愛剣を抜き、部下の返り血に濡れたレイアを正眼する。


「お前は……仲間さえもモノ扱いか!」


「くく。俺以外は替えが利くからな! お前は命乞いすれば大事にしてやるぜ!?」


 冷静を欠き、苛烈に振るわれるレイアの剣を頭目が必死に捌く。いくら盗賊の親玉とて、剣術の腕前では鍛え抜かれたレイアが劣るはずがないのだが、普段はマリアの姉貴分として振る舞う彼女も実際には年若い成長過程の騎士であり、悪辣な頭目の言動に翻弄されてしまっている。頭目も言葉巧みに揺さぶりをかけて食らいつくが、元来の技量差は埋められず、攻めあぐねていた。


 膠着した騎士と頭目の一方、獣人同士の超人決戦は――


「ぐっ!?」


 オウガの腹に、深々と巨大な拳がめり込んでいた。



   ◇



「ねえ、俺の家族獣人なんだけど、そのよしみで仲良くしない?」


「ぐるるるる」


「あ、やっぱりダメ?」


 駄目元で懐柔を試みるも、案の定クマの返事は鋭い拳撃だった。


 オウガも早々に説得は諦め、大振りのクマの隙を突いて幾度も剣線を引くのだが、


「あはは……頑丈だね」


 鋼のような筋肉の鎧はオウガの鋭い一閃も致命傷を避け、血飛沫を上げながらもクマは動じた様子もなくオウガに跳びかかる。それを軽く避けながら、


「ああ、もう動きにくいなあ……」


 乱暴に借り物の修道服を脱ぎ捨てる。身軽になったことで、少しだけ冷静さが戻ってきた。


(人を相手にしていると思っちゃだめだ。もっと強大な……あのグリフォンを相手にしているくらいの気持ちで――)


 思考を切り替え、剣の質を変えようとした、その時。


「があああ!」


「しまっ――ぐっ!?」


 相手を獣と侮ったか。一瞬の判断の遅れが、常人ではありえないリーチの拳撃を避けきれず、オウガの腹部を穿った。


 小さな身体は丸太のような腕に弾け飛ばされ、壁に叩きつけられる。


「ぐるる……?」


 殴り飛ばした小さな人を前に、クマは自身の拳の手応えに違和感を覚えた。 


 鋭い一撃は確かに隙だらけの腹に突き刺さった。常であれば、薄い革の鎧の上からでも貧弱な人間の内臓など軽く破裂する。そんな破壊の手応えを感じるはずだったのだが。


 ジンジンと。


 オウガを殴り飛ばした拳はまるで鋼鉄の鎧を殴ったかのような痛みを感じていた。


「いたたた……油断しちゃったかな」


 まるで軽い腹痛を抑えるように左手を腹に添えながら、それでも平然と立ち上がるオウガに、クマは何故、と言葉を知らないながらに疑問を呈したかった。


 それが出来ない代わりに、もう一度拳が振るわれた。


「二度ももらわないよっ!」


 威力を上げるために大きく振るわれた右手に、オウガは避けるのではなく深く踏み込んだ。


「はあああああ!」


 そして気合いを入れて一閃。頭上を掠めるクマの右腕に向かって剣を全力で振り抜いた。


「っがああああああ!?」


 巨体が浮き上がる程の衝撃。激しい血飛沫を上げながら、跳ね飛ばされた右腕が轟音を立てて岩壁に叩きつけられる。


「うん。斬れる。さあ、反撃開始だ」


 しっかりと振り抜けた会心の手応えに、若狼はにやりと笑みを浮かべて剣を構え直した。


いつも応援ありがとうございます。

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