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オオカミノ国  作者: 十乃字
二章・出会いと別れ
24/81

24.人質の三人娘

 前話のあらすじ

 道中で色々とあったが、盗賊に襲われた村に到着した。


 オウガたちがニテの村に到着した頃、それを離れた森の中から監視する男たちの姿があった。薄汚れたボロ布のような衣服は誰が見ても堅気の者ではないのがわかるが、その薄汚さが乱雑な木々の中に彼らを溶け込ませてもいた。本人たちにその意図があるかは定かではないが。


「おい、何か来たぞ」


「騎兵が二つに馬車か……、誰か降りたな。黒い服のスカート……シスターか? 他にはっと……女子供の詰め合わせって感じだな。ん~? ありゃ獣人の娘か?」


「妙な組み合わせだが、一応お頭に報告してくるぜ。お前はこのまま見張ってくれ」


「あいよぉ」


 ニテの村に馬車が入っていくのを確認すると、浮浪者のような見た目の男の片割れが村に背を向けて走り出した。


 鬱蒼と生い茂る木々の合間は幾度も通り抜けた者がいるのか、不自然に出来上がっている獣道を小汚い男が真っ直ぐに駆け抜けた。


 しばらく走り続け、息も絶え絶えに辿り着いたのは、天然の洞穴だった。入口で見張りをさせられていた仲間に水を貰うと、息が整うのを待って男は盗賊の巣穴に潜った。


「お頭、お楽しみ中すいやせん」


 未だ冷めやらぬ襲撃成功の興奮に酔いしれ、汚された女を組み敷いて淫蕩に耽っていた盗賊の頭目に、村を監視していた男が恐る恐る声をかける。


「……っち。なんだぁ?」


 人形のように無抵抗な女を乱暴に嬲り、嗜虐に歪んでいた顔をしかめて、頭目が鋭い視線で不機嫌そうに部下を睨む。男はぶるりと震えて背筋に冷や汗をかきながら、


「む、村に騎士が来やした」


「あん? 随分早いじゃねぇか」


 頭目が訝しむのに、部下が自身の目で見た様子を伝える。


「――という感じでやした」


「はぁん。報告してきた逃げ出した村人ってやつが呼んだのかねぇ。しかし、町から援軍が来たって感じじゃあねえなぁ」


「へい、あっしもそう思いやす」


「何者か知らんがほとんどは女子供か。予定通り今夜出向いてやれ」


「へい。……ところで、クマのやつは連れて行ってもいいですかね?」


 部下が洞窟の奥をちらりと見やると、薄暗い中からジャラリと鎖が重々しく音を立てる。姿が見えずとも、静かに深い息遣い一つで部下たちを威圧している何者かがそこにいた。


「……いや、あいつは目立つからダメだ。っち! うるせぇぞ!? これやるからちょっと黙ってろ!」


 暗闇から轟く不満の声に、頭目は先ほどまで自分の相手をさせていた女を掴み上げて引きずっていく。頭目の足元で息を潜めて気絶したフリをしていた女だったが、演技も虚しくか細い悲鳴を上げて暗闇に消えていく。


 低く猛々しい息遣いが漏れ始め、女の悲鳴は叫び声に変わり、やがてはすすり泣くような嗚咽が誰に聞かせるともなく洞窟の闇に溶けていった。


「ではあっしらもこれで」


「おう、『土産』を楽しみにしてるぞ」


 嫌らしくにやついた頭目の口から強調して発せられた土産の言葉が、目当てだった金品以外の物であることを察して、部下たち下卑た笑いを浮かべ、去っていった。


「っくっく。予想外だったが、シスターに騎士に獣人の娘とはより取り見取りだな。お国を旅立つ俺たちに神様から最後のプレゼントかね?」


 一人残った頭目が新たに手に入るであろう娘たちの価値を皮算用していると、またしても洞窟の奥から低く重々しい声が響いてくる。


「ああ? まあ待て。まだ村の娘には俺も手を出しちゃいないんだ。奴隷商に見せて値段がわかるまでは、ソレで我慢してくれ。まあ、捕まえてくる獣人の女は場合によってはすぐに譲ってやるよ。獣人は女も頑丈らしいからな。お前を満足させてくれるかもよ」


 男たちの下卑た笑い声と、女たちの悲鳴が暗い洞穴の中に反響し、溶けさっていった。



   ◇



「まず先に、実は村の入口を見張ってる奴らがいた」


 作戦会議をする、と言って村人たちから離れた所で、シュリが切り出したのは村の入口で感じた気配の話だった。


「なに?」


「あ~。あれやっぱりそうだったんだ~」


「ミライちゃん、気づいていたのかい?」


「ん~? 何か森の中に不自然な音がするな~って」


「その年であの距離なら聞き取れるだけでも十分優秀」


「えへへぇ」


 澄ました顔をわずかに綻ばせて微笑みにじませたシュリに褒められ、ミライが嬉しそうに破顔する。


「しかし、私たちが見られていたとなると、娘たちはもう……」


 顔を青くさせて人質となっている村の娘たちの安否を気遣うレイアだったが、


「それは多分大丈夫」


「どうして?」


「見張りは二つに別れた。一人は未だに監視してる。逃げ出すのなら全員撤退してるはず。しかも、私たちは少数で女子供にシスター。この村に他に戦力が無いのを向こうも知っているはずだから、稼ぎに来ないはずがない。彼らの今の収支は村娘数人だけしかないから」


「なるほど」


 元々村にいた六人の兵士は最初の襲撃で立ち向かい返り討ちに合い、現在の所この村唯一の死亡者たちだ。盗賊が狙って戦力を削った事は明白だろう。


 オウガが得心がいったと頷くと、シュリが微笑みながらミライにするように頭を優しく撫でた。子ども扱いは止めてくれと若狼が嫌がっていると、


「それで、私たちに頼みというのは?」


「戦力は問題ない。だから、不確定要素を排除して欲しいの。具体的に、レイアは――」



   ◇



「おや、お出迎えありがたいねぇ。そちらの勇ましいお嬢さんはわざわざ仕入れてきてくれたのか?」


 血のように赤く照らす夕暮れ、盗賊たちが無人の村を恐る恐る進んでいくと、村長の屋敷の前に見慣れない男と女が待ち構えていた。男は旅装束で、女は騎士の恰好をしている。おそらくは馬車の護衛をしていた騎兵だろう、と見張っていた盗賊の男は当たりを付けた。


「そんなわけがないだろう! 村の者は金品を用意したぞ! 娘たちはどうした!?」


 男たちの下卑た笑いに湧き上がる怒りを堪えながら、女騎士――レイアが問いかける。


「んん~? そうだな~。予定外のお客さんが来ちまったからなあ。そこの騎士様が鎧を脱いでくれたら連れてきてやるよ!」


「っく!」


 盗賊たちの嘲笑。これ以上は聞くに堪えないと腰元の剣に手を伸ばしたレイアの背中に、小さな手が触れた。


「む……ミライか?」


「レイアお姉ちゃん、オウガお兄ちゃん、やっぱり女の人は連れてきてないみたい」


「そうか……」


「あと、見張りももういないみたいだから、やっちゃえってシュリお姉ちゃんが」


「ありがとう。わかったよ」


「わたしはラウルお兄ちゃんの方に行ってくるね」


「うん、気を付けてね。……じゃあレイアお嬢さんは作戦通り、俺の後ろで守られててもらおうかな?」


 屋敷の入口を守るため、オウガの背後で不服そうに歯を噛みしめるレイアにオウガが苦笑する。


「フンッ。討ち漏らしたら遠慮なくもらうからな!? 精々怪我をしないようにな!?」


「ふふっ、気遣いありがとう。俺が怪我するのとレイアの出番があるの、シュリはどっちを怒るかな?」


「……両方じゃないか? やたらと作戦に自信満々だったしな」


「やっぱりそうかなあ。気を付けないとね」


「……お前らごちゃごちゃごちゃごちゃと!? 状況わかってるのか!?」


 のんびりと雑談を交わし始めた目前の二人に、盗賊が怒鳴り散らす。オウガたちはそれに冷めた視線を向け、


「おじさんたちこそわかってるの?」


「お、おじ……な、何がだ!?」


「周り見てみなよ」


「何を言って……ぬあ!?」


 オウガたちを警戒しながら、盗賊たちが首を巡らせる。夕闇の中、盗賊の仲間たちが目に入る他は、無人の家々しかない。ただのハッタリかと安堵しようとした瞬間に、リーダー格の男が気づいた。


「いなくなってやがる!?」


 気配の無い家も用心のために家探しをしながら、バラバラと散開して村内を荒らしまわっていたが、それでも村長の屋敷の前には10人は仲間が集まっていたはずだった。


 それが言われて見渡せば自身を含めて5人となっており、さらには――


「っ!?」


 目の前で、突然背後に現れた獣人の娘に口を塞がれ、喉元を掻き切られる仲間を目撃してしまった。


「な、て、てめぇ!?」


「もう教えちゃったの?」


「シュリがここで作業するってことは、もう不確定要素の排除ってのは終わったんでしょう?」


「そうだけど……。全員片付けて独りぼっちになったソイツの反応を見たかったかも」


「シュリよ、それは女として――いや人として黒すぎてダメだと思うぞ……」


 数が同等になったとはいえ、荒くれ者たちを前に余裕綽々と世間話のような気楽さで交わされる会話。


「ふ、ふざけるんじゃねえ! お前ら! やっちまえ!」


 自分たちが微塵も脅威として認知されていないことを察した盗賊たちが、いきり立って斬りかかる。だが、厳しい訓練を逃げ出し、享楽に溺れ、盗賊に身を落とした程度の者たちの剣が、日々研鑽する者たちに届くわけもなく、


「つ、強すぎる……」


 一瞬様子を窺ってしまったリーダー格を残して、一刀の下に切り伏せられてしまった。


「後はお前だけだ」


「ひぃっ」


 オウガに切っ先を突きつけられ、腰を砕きながら情けない悲鳴を上げる。


「ひ、ひひ。 こ、こっちには人質がいるんだぞ!?」


「あなたたちが人質の女の子を連れてきてないのは知ってる」


 盗賊が引き攣った喉を振り絞った脅し文句も、獣耳をピクピクと震わせたシュリが否定する。


「そ、それだけじゃねぇぞ! まだ隠してた切り札が――」


「それはこの人のことかい?」


 そう言いながら、レイアの背後の屋敷からラウルが姿を見せる。片手に引きずってきたのは、ボロボロの身なりの男だった。


「シュリくんの予想通り裏口から入ろうとしてきたのを捕まえさせてもらった。ミライちゃんがこれで最後だっていうから持ってきたよ」


 爽やかに笑いながら、ゴミを捨てるようにリーダー格の男の前に放り投げる。


「さて、抵抗はもう終わり? 大丈夫、まだ使い道があるから殺さないから」


 シュリが細めた目で冷たく見つめ、薄く笑った。



   ◇



「しかし、盗賊を捕まえたものの、肝心の娘たちはいないし、どうやらボスもアジトに隠れているようだが……」


 腕組みをして唸るレイア。その後ろには、物言わぬ死体となった盗賊と縛られて気絶させられた盗賊が積み上げられ、小さな山となっていた。


「アジトの場所を尋問して吐かせるかい?」


「必要ない。これも織り込み済み」


「どうするの~?」


「戦利品としてこいつらに連れて帰ってもらう。流石に危ないからミライはお留守番」


「うぅ~……。わかったぁ……」


「うん。良い子」


 小さな頬を可愛らしく膨らませながら、不承不承で頷いたネコ少女の頭を、シュリが微笑みながら優しく撫でる。


「戦えないマリアも勿論残ってもらう。護衛としてラウルも」


「わ、わかりました。ここで皆さんの無事を祈らせてもらいます……」


「そうなると、私とシュリだけか? 何やら盗賊のボスは腕利きというが大丈夫なのか?」


「大丈夫だと思うけど、万全を期す」


 シュリがオウガを見やる。


「ん?」


「オウガはお母さん似」


 極端的に。


「え?」


「大丈夫。可愛くしてあげるから」


「………………はい」


 鬼神と渡り合った若狼も、心の底から楽しそうな狼娘の笑顔を前に、拒絶する勇気を発揮することはできなかった。



いつも応援ありがとうございます。


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