23.いつか間違いは正されて
前話のあらすじ
盗賊に襲われた村の人たちを皆で助けに行きます。
「でもこんな寄り道してていいの?」
街道を外れ、獣道よりはマシという程度の未舗装の荒れた道を駆ける馬車の御者台から、オウガが馬車内を振り向いて尋ねる。
「旅に出たのが予定より早まったので、そこは問題ないのですが……、オウガさんたちへの報酬は、普通の冒険者の皆さんを日雇いするのとは違いますので……、期間が延びても報酬が増えないどころか、余った旅費からもお支払いするつもりでしたので、延びる程に報酬が下がってしまうのです」
困ったような表情のマリアが、申し訳なさそうに事情を口にする。オウガが特に考えも無く大丈夫だよ、と励まそうとしたところで、騎乗していたシュリがすすっと器用に馬を寄せた。
「それについては当てがあるから大丈夫」
「どんな?」
「盗賊退治でお宝ガッポリ」
「いいのそれ?」
同じく並走していたレイアに尋ねると、彼女も苦笑して、
「まあよほど特別な品物や持ち主が明確でない限りは、盗賊退治を成功させた者がもらっていっても問題ないな。実際そういった盗賊狩りや賞金首狩りを専門にする冒険者もいるくらいだ」
「盗賊の賞金で二度おいしい」
ニヤリと悪い笑みを浮かべた狼娘に、良識的な護衛騎士から待ったがかかった。
「残念だが報奨金は期待しない方がいい。おそらく指名手配されていない小物だろうし、確認のために大きな町まで生きたまま連れていくのも大変だろう」
「む……」
「今回の襲撃を見過ごして王国軍にでも正式に連絡が入れば、おそらく賞金首になるだろうが……どうする?」
言外に攫われた娘たちと賞金とを選べという意地の悪いレイアの問いに、シュリは口元をを固く引き結んで、
「……賞金は諦める」
無念さを隠さずに絞りだすように告げた。レイアは呆れて微笑みながら、並走する狼娘の頭をワシワシと撫でつける。
「君たちなら賞金稼ぎとしてやっていけるだろうけど、おススメはしないよ」
「どうして?」
馬車の中で話を聞いていたラウルが、御者台にいるオウガの横から顔を覗かせて二人に助言を施した。
「どんな達人でも何かミスを犯す可能性は常にあるし、無事に成功したとして、生き残りや他の賞金首たちから目を付けられるからね。深夜に町中で賞金稼ぎが殺されていた、という事件はよくあるんだよ」
「そう……。それは、私たちなら強いから大丈夫、という話ではないの?」
「うん。君たちならミライちゃんとか、今ならマリアさんとかね。関わる人が危険に晒される、稼げば稼ぐほど安穏とした生活からは遠退いて行く因果な仕事だよ」
「わかった。気を付ける」
何に、ということを意図的にボカシてシュリがラウルの助言に頷く。と、
「む~……」
「ミライちゃん?」
馬車の中、静かに唸る声。
「わたしだって獣人だもん! 戦えるもん!」
助けられるだけだったこと、戦いから置いて行かれたこと。小さな胸に少しずつ蓄積された不満があふれ出していた。
「ミライはまだ子供」
「安全な所にいてくれると安心できるんだけど……」
兄姉と慕う獣人二人からの率直ながら辛辣な言葉に、拳を握りしめて涙を湛えたネコ少女に同乗するマリアが何と声をかければ、と戸惑っていると、
「いつかきっと、君も二人と並んで戦えるよ」
とラウルが優しく微笑みかけた。
「でも、それは今じゃない。今は色んなことを知って、試して、学んで。ゆっくりと育つための時間だ。守ってくれる人がいるのなら、守られるのも役目だよ」
普段幼い猫獣人少女の前では温和な表情を崩さなかったラウルが、微笑みを浮かべながらも決して柔和ではない気迫を持って言葉を紡ぐ。優しい――甘いとさえいえるかもしれない兄姉との生活の中で久しく忘れていた、年上に叱責されるという事態に、ミライは猫耳をシュンと項垂れさせ、結局かける言葉を見つけられなかったマリアに優しく抱きしめられるのだった。
御者台ではオウガが、並走する騎馬の上でシュリが、わずかに俯いてミライの言葉を静かに反芻していた。
「ふふ、年長者の言葉は重みが違うな。若い二人だけでは子守りはまだ難しかったかな?」
ミライの口にしたワガママを重く受け止めてしまった保護者二人に、レイアがからかうように声をかける。
「そんなことない。ね、オウガ?」
「え? う、うーん……。頑張ってるつもりではあるよ?」
「オウガ。そんなので生まれる子供とやっていけるの?」
煮え切らないオウガにシュリの放った言葉は、
「へ?」
「え?」
「何!?」
猫少女の慟哭など何処かへと吹き飛ばし、一同を混乱の渦へと叩きこんだ。
◇
「お姉ちゃん!?」
「シュ、シュリさん!? あ、あなた何を言っているかわかってるんですか!?」
「うん? モチロンわかってる」
事を明かせば騒ぎになることは想定しても、その騒ぎの内容は想定していないものになったのか、シュリは首を傾げながら、愛おしそうに自身のお腹を撫でる。その母親然とした姿に女性陣は思わず固まってしまう。
「オウガくん……君は意外と……?」
「ん? 何、ラウル?」
「いや、することしていたんだね」
「すること?」
首を傾げる若狼。ラウルはその様子を訝しみ、
「……子供ができるようなことをしたんだろう?」
「……シュリ、俺何かした?」
事態の飲み込めない様子のオウガの恍けた言葉に、シュリは幸せそうな顔を一転、不機嫌そうに、
「した」
「したみたい」
その妙なやりとりに、固まっていた女性陣もようやく冷静を取り戻しつつあった。
「……何かおかしいです」
「シュリ、いつオウガと……その、こ、子作りを?」
「んー、旅してる時とか?」
「わたしが一緒の時も?」
「ミライも一緒だった。でもミライは子供だからまだできない」
「う~ん?」
「……シュリ、子供がどうやってできるか知ってるのか?」
意を決したレイアが、確信に踏み込む。
「もちろん。本で読んだ」
シュリが薄い胸を張り、自慢げな表情を浮かべる。
「大人の男女が夜一緒に寝るとできる」
「…………で、……を……して……に…………」
男二人から離れた所に引きずられていったシュリは、レイアとマリア、さらにはミライからも本で得てしまった変な知識を訂正されていた。
それを聞くともなしに聞いてしまっていたオウガだったが、
「オウガくん、君もちょっとこっちに来なさい」
とラウルに引きずられていくのだった。
しばらくして。
「う……」
「あ……」
みっちりと教育を施されたオオカミ二人だけでなく、ラウルを除く全員が顔を赤くして居心地悪そうにしながら、馬は我関せずと直走る。
ただ一人涼しい顔のラウルだったのだが、
「ラウルの説明がレイアたちと違ってて興味深い。男として責任がどうとか……?」
「うっ!? ……君たち獣人の耳は恐ろしいね……」
と予想外の一撃をお見舞いされるのだった。
◇
ニテの村。そこはのどかで平和な村だった。危険な獣や魔獣も滅多に現れず、冒険者たちも居着かない。そのため治安も悪くなりにくい。気候にも恵まれ、大望を抱きでもしないければ無難な生活を送ることのできる村だった。
しかしそれは運が良かっただけだったのだと村民が知った時には、全てが遅かった。
ニテの村より以東は未開拓地であり、レムリア王国の東端の一部でもあったのだ。そんなニテの村が何故平和だったのか。
ニテの村以東はすぐに獣人領なのではなく、人間と獣人の入り混じる混在地域となっていた。レムリア王国の影響下に入ることを拒んだ彼らは、王国と関わることを避けたため、交流も争いも起きなかった。
そうして平和に緩み切ったニテの村に、遂に目を付けた者たちがいたのだった。
「ひどい……」
「死体は見当たらないね。馬の蹄の後は全部で五頭って所か」
ニテの村入口。無残に壊された柵や篝火台、そして地面に生々しく残る血痕に、マリアが顔を青くさせる。
一方でラウルが冷静に村内の痕跡を見分していると、
「村人は大体あの大きな家に集まってるみたい」
狼耳をぴくぴくとさせながら、シュリが疎らな家屋の中で一際大きな物を指し示す。
「村長の家だろうか。マリア、馬車に戻ってくれ」
「シュリ、一応警戒よろしくね。ミライも何か気づいたら教えて?」
「わかった」
「うん、お兄ちゃん」
人気の無い村を抜けると、馬車の音を聞きつけてか顔を出した村人に、マリアが救助にきた旨を伝え、重傷者の治療をと家の中に案内されて行った。そこはやはり村長の家で、怪我人の治療のために全ての村人が集まっているのだという。
残されたオウガたちも無事な村人たちから盗賊の情報を聞き出し、次の襲撃に備えて作戦会議を始めることにした。
「分かっていたことだが、盗賊の頭数は多そうだな。十人以上はいるみたいだ」
「村に戦力になりそうな人はいないみたいだね。僕ら四人だけでどうにかしないと……」
「ここは私に任して欲しい」
「シュリくん?」
頭を悩ませる騎士たちをシュリが制する。その顔は澄ましながら悪戯っぽい気配を漂わせていた。
「二人は――この国の人たちは獣人の戦闘力を甘く見過ぎ」
「どういう意味だ?」
「私たちは三人だけでもこの村に来るつもりだった。そして、私は……もう、勝てない戦いはしない」
言葉を詰まらせ、何を思い返していたのか。シュリは意中に秘めていた覚悟を口にすることで、より確固たるものとした。
「十人以上の盗賊を三人でどうにかしようとしてたのか?」
「余裕。だからラウルとレイア、それにミライにはお願いしたいことがある」
シュリは可愛らしい顔に楽し気な微笑みを浮かべた。
乙女の嗜みと性知識はきっと別物。
いつも応援ありがとうございます。
ブックマークや評価などしていただきますと作者が喜びます。