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オオカミノ国  作者: 十乃字
二章・出会いと別れ
22/81

22.その道は人の道

 前話のあらすじ

 アランおじちゃんはすごかった。


 旅は順調に進み、アマーストの町出発からおよそ一月後、オウガたちはシェニルという町に辿り着いた。


 シェニルは北のアマーストと南のセアスを繋ぐミクス街道では一番大きな町で、特別な主要産業こそ持ちえないながらも、近隣の農村から農作物が集まり、大都市への中継地点となる穀倉の町として賑わっていた。


 久しぶりの大きな都市に一行はどこかソワソワと落ち着きがなく、年長者のラウルが気を利かせて町への滞在時間を長くすることを提案すると、娘たちから賛同の黄色い声が上がった。


「じゃあ僕たちはマリアさんと教会に挨拶に行ってくるから、いつも通りに買い出しを頼むよ」


 旅の道中、立ち寄った大小様々な教会に顔を出す決まりになっている助祭のマリアと、それに同行することで各教会支部との繋がりを作ることも仕事の内の教会騎士たち。お馴染みとなった分担で別れ、オウガたち獣人三人だけの時間を過ごす事となった。


「フフッ……フンフーン……♪」


 オウガに寄り添うように腕を絡ませたシュリが、ご機嫌な鼻歌混じりに毛並みの良い尻尾をにンブンと大きく振っている。


「お姉ちゃん楽しそう」


 シュリとは反対側で手をつないでいたミライが、釣られて笑う。


「そんなにみんなと一緒にいるの嫌だった? 最近は仲良さそうに見えたけど」


 何故か初対面から友好的だったレイアは元より、義父であるアランを崇拝していてどんな話でも興味深く聞く姿勢を貫くラウルに、さすがに我慢することを覚えて過剰なスキンシップの減ったマリアと、一月の中で関係は好転したと思っていたオウガの疑問に、道行く人が思わず振り返ってしまうような楽し気な微笑みを浮かべていたシュリが一転、何とも複雑そうな表情を浮かべた。


「あいつらのことは嫌いじゃない……でも、たまには一家団欒も必要」


 少しだけ頬を膨らませ、どうにも距離の縮まる気のしない若狼の腕を身を寄せるようにしてぎゅっと引き寄せる。反対側のミライも真似をして「ぎゅーっ」と口にしながら抱き着いたので、オウガは往来の真中で身動きを取れなくなった。


 獣人娘たちの温かく柔らかな身体が密着し、昔から身近にあり嗅ぎ慣れたはずの体臭も妙に甘く感じるようになったことにドギマギと戸惑っていると、道行く町人の無遠慮な視線が突き刺さり、

「くそ、あんなかわいい子たちを侍らしやがって。見せつけてんのか!」

「いや、でも獣人か……いやしかしあの可愛さなら……」

「仔猫娘はぁはぁ……」


 などという嫉妬や危険な会話が耳に入り、


「動けないし暑いっ! ちょっと離れて!」


 と優しく手を解いて離れるのだった。


 狼娘は狼娘で顔を紅潮させ、汗を拭うオウガに手応えを感じて小さく握り拳を作っていた。



   ◇



「ああ、ここにいたのか。……美味そうだな、それ」


 一休みしてシェニルの町の名物だという具乗せ薄焼きパンに舌鼓を打っていたオウガたちの下に、レイアが息を切らせながら一人単身で駆け込んできた。かき上げた金髪に汗をキラキラと光らせ、町中を走り回りオウガたち三人を探していたのがはた目にもよくわかる。


「レイアお姉ちゃんも食べるー?」


 無邪気な笑顔で差し出されたパンから漂う香ばしい匂いに、くーっと可愛らしい腹の音がする。音の主は凛と騎士然としたい自身のらしくない身体の反応に頬を赤らめ、


「い、いやっ! マリアもまだだし、私だけが食べるわけにはいかない!」


「おいしいのに……」


「……持ち帰りですぐに買えるだろうか?」


 残念そうに差し出したパンを一口かじり、たちまち頬を綻ばせたミライの様子に何を思ったか、レイアが売り子に走り寄っていく。


 幸いにも焼きたてがまだ残っており、マリアたちの分も紙袋に包んでもらってホクホク顔のレイアは、振り返って目線が合うと、慌てて取り繕いってのんびりと食事を続けていたオウガたちを追い立てた。


「そんなに急いでどうしたの?」


 いち早く食べ終えたオウガが、並走するレイアに問う。


「教会に伺った所、早朝に意識不明の重傷者が見つかったとかで騒いでいてな。マリアが治療して話を聞いたら、近くの村に盗賊が出たらしい」


「それで?」


「自分以外にも怪我人がいて助けを求めてる、と聞いてマリアがな……」


「あのお調子乗りは……。そんなものは町の人間がどうにかすればいい」


 食事とオウガとの買い物の時間を邪魔されてご立腹のシュリから、辛辣な言葉が漏れる。


「私としてもそうして欲しいところなのだが、この規模の町でも常駐している兵士や冒険者となると数に限りがあるからな。盗賊は10人以上いたらしくて、町の防備も厚くしないとならんし、村に向かわせる戦力に余裕はないそうだ」


「村はまだ危険?」


「むしろこれからが本番のようだな。盗賊は若い娘たちを攫って行ったらしい。『娘たちを返して欲しければ金目の物を用意しておけ』とな。例え身代金を渡しても、無事に娘たちが帰ってくるかどうか……」


「そう……」


 俯いたシュリが何事か考えているうちに、教会へとたどり着いた。教会の前では今にも走り出しそうなマリアをラウルが必死に引き留めている。


「やっと来てくれたか……」


「オウガさん! シュリさん! ミライちゃん! 私は……私は……」


 自分の願いが誰に迷惑をかけるのか。マリアは騎士たちに振る舞うように甘えることができない旅仲間の姿を目にして、思いを口にすることができなかった。


「助けに行く」


 先に口を開いたのは、俯いていたシュリだった。


「……え?」


「攫われた子たちを助けに行く」


「シュリ?」


「私たちだってアランに助けてもらった。攫われた子たちも、きっと誰かが助けてくれることを願ってる。今度は私たちの番」


「……そうだね」


 助けたいという希望ではなく、助けるのだという決定事項のように淡々と告げられた言葉に、オウガは苦笑いを浮かべながら頷いた。


「悪いけどマリアたちはしばらくこの町で……」


「言い出したのは私です! もちろん行きます!」


 待っていてくれ、と言おうとしたオウガを遮って、マリアが意気込む。それを見て騎士たちは呆れた溜息を吐いたが、


「こいつは無理して引き留めるとこっそり町を抜け出しそうだ」


「オウガくんたちの近くにいてくれた方が安全かな」


 オウガと同じような苦笑いを浮かべて、共闘を宣言する。するとそこで、


「お兄ちゃん、お姉ちゃん……」


 マリアたちと一緒に置いて行かれるのでは、とミライが二人の服の裾をぎゅっと掴む。


「ミライ……大丈夫、置いて行かないよ」


「うん。私たちのそばの方が、あの聖女の近くにいるより安全」


「どういう意味ですか!?」


 始まったお馴染みとなったやり取りに、緊迫した空気は瞬時に霧散していくのだった。


いつも応援ありがとうございます。


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