21.獣人娘とだって遊ぼう
前話のあらすじ
皆で野営した。お肉は絶対多い方が良い。
翌朝。余裕のあるうちに野営を経験することができた一行は、宿場町を目指して馬を走らせていた。昨日とは一転、レイアとシュリが乗馬の訓練をし、御者席にはラウルとオウガが並んでいた。
「オウガもそうだったが、シュリも器用なものだな」
「まだ、何とか、乗れるように、なっただけ……!?」
馬の予想外の動きに翻弄されながらも、持前の運動神経で何とか落馬を回避するシュリの様子は、まるで曲芸のようになっていた。
「いやいや、その子もあまり嫌がってないし、大したものだよ。そうだ、獣人は動物の言葉が分かるという話は本当なのか?」
レイアの質問に、シュリは形の良い眉をひそめて複雑そうな表情を浮かべた。彼女の質問は以前に師であるアランにもされたもので、人間たちの間では常識に近いものらしい。
「いくら私たちの耳が良くても、馬はヒヒンだし犬はワンワン。私とオウガが上手に見えるのは、この子のことをよく見て、嫌がることをしないから。その辺は師匠のおかげ」
「たしか、元兵士の猟師だったか」
「うん。色々教えてもらった」
鳥の獲り方か鹿の獲り方とか猪の獲り方とか、と楽しそうに数え上げるシュリに生暖かい微笑みが向けられる。
「ところで、その師匠というのは――」
「レイア、あそこの広場で休憩にしよう」
いつの間にか騎馬と並走していた馬車から、ラウルが呼びかける。
「ぬ、もうそんな時間か。わかった。シュリ、フォローするから先頭に立ってくれ。止まれないなら無理はせず、広場の中を旋回していてくれていい」
「わ、わかった……っわわ!?」
軽く駆け足をさようとして、力の加減を誤ったのか勢いよく馬が走り出してしまう。珍しく焦ったような驚きの声を上げたシュリがおかしかったのか、微笑みながらレイアも後を追って馬を走らせた。
◇
「レイア、僕たちは手伝わなくていいのかい?」
「ああ。昨夜は任せてしまったし、昼ならそう大した物は作らないからな」
「おまかせあれ~」
「が、頑張ります!」
「シュリはどうする? 休む?」
「別に……あのくらいのこと、平気」
オウガの気遣いに、シュリがわずかに唇を尖らせて答える。馬に振り回された彼女を皆が笑っていたのがご立腹なようだうだ。しかし、いざ調理を手伝うとなると、真面目にやらねばと気合いを入れて真顔になった。
「ふむ……手持ち無沙汰になってしまったな。そうだ。オウガくん、ちょっとこっちに来てくれ」
「ん?」
女子四人がわいわいと賑やかに準備を始めるのを眺めていたオウガを、ラウルが連れ出す。四人に何かあればすぐに走り寄れる程度に離れたところで、
「この辺くらいでいいか」
と立ち止った。
「何かあるの?」
「ああ、約束を果たしてもらおうかと思ってね」
「約束……ああ、あれ?」
「ふふっ、実は昨夜からずっとうずうずしていてね」
「夜番の時、何となくそんな気はしてたよ」
「だけど、皆が眠っている横で始めるわけにもいかないからね。さて、オウガ――」
楽しそうに笑って、
「――仕合おうかっ!」
剣が抜き放たれた。
最初は緩やかに互いの積み重ねた型を合わせるように打ち合わされた剣は、徐々に鋭さを増し、もしも二人の呼吸がズレてしまえばかすり傷では済まないだろうという勢いを持つまでになった。それでも二人は真剣みを帯びた表情の中に引き攣るような笑みを浮かべ、剣劇の一合一合を楽しんでいた。
「ふふっ! やはり君は並の騎士や冒険者よりもずっと強いね!?」
「ラウルこそっ! マリアを狙ってた騎士とは比べものにならないぞ!?」
偽りなく向けられた称賛の声に、オウガも舌を巻く。教会で難なく打倒した騎士たちの生半可な戦闘技術に、内心失望していた彼だったが、今剣を交わす騎士の技量は、師に対して抱いた人間の戦士像に恥じぬものだった。
そんな二人の演舞にも似た手合わせは、昼食が出来たと呼び戻されるまで続いた。
◇
「はい、タオル」
「ありがとう。……シュリ? 何か顔赤いけど大丈夫?」
「誰のせいだと……ごめん、何でもない。大丈夫だから……」
夢中になって剣を振っていたオウガたちを迎えに来たシュリだったが、その顔が妙に赤らんでいた。体調を心配したオウガだったが、シュリはそっぽを向いてレイアたちの下に戻っていく。
「ミライは何か知ってる?」
「んーと、お兄ちゃんたちが訓練前に楽しそうに話してたのくらいから赤かったよ?」
ミライも不思議そうに首を傾げ、獣人二人が疑問に思う後ろで、汗を拭き終わったラウルが「ああ、あれを聞かれたのか……」と合点がいった様子だった。
「ラウル?」
「まあ気にするほどのことでもないさ。お腹がペコペコだ。早くご飯にしよう」
そういって未だ腑に落ちないという表情の二人の背中を押すのだった。
女性陣が調理していた簡易テーブルの上には山盛りのパンと野菜、炙られた干し肉が並べられていた。しかし、
「あれ、このパン……」
「う、うるさい! 腹に入れば同じだ! 大事なのは美味しいかどうかだ!」
食材を挟みやすいように切れ目を入れられたパンだったが、深く切りすぎていて左右に分かれてしまっていたり、楕円形のパンに対して斜めに切れ目が入っていたりと中々に歪だ。言外に指摘されたと感じたのか、頬を朱に染めたレイアが捲くし立てる。
「レイアは意外と不器用だった。親近感」
「レイアにも苦手なことがあるのね」
「これでも泣きながら練習して、味付けだけはマシになったんだよ。大丈夫だから食べてあげて」
「うるさい! さっさと食べろ! そしてラウル! 私は泣いてなんかないぞ!」
「騎士学校の野外演習で教官に怒鳴られて、寄宿舎で半べそで鍋かき回してたよね」
「な、みっ見て……アレは鍋の番をしていただけだ! 泣いてないったら泣いてない!」
皆の生暖かい視線に、顔を真っ赤にして抗議するレイア。そんな騒ぎを余所に、一人手早く歪なパンを手に取り、具を乗せ、レイア特製ソースをかけて齧り付いた小さなネコ娘。
「レイアお姉ちゃん、とってもおいしいよ?」
「私の味方はミライだけだ……」
はぐはぐと食事に夢中な猫獣人を抱き寄せて膝に抱え、いじけてしまったレイアに流石に言い過ぎたと全員での平謝りは、ミライが一つ食べ終えてお代わりをレイアに要求するまで続いた。
「ところで、オウガくんたちの師匠についてなんだけど、どんな人?」
ようやく食事を始め、「レイアおいしいよ」などと口々に褒め、そのたびにレイアが顔を赤くして怒鳴り返すということも落ち着いた頃に、ラウルが切り出した。オウガは口元を拭い、
「どんな人って言っても、元王国兵の現猟師で、アランっていうおっさんだよ」
「元王国兵のアラン……」
「どうかした?」
何か気にかかるのか、ラウルが思案気に眉を寄せる。レイアも食事の手を止め、話に聞き入っている。
「いや、続きを……そうだな、アランさんはどれくらい強いんだ?」
「んー、俺より強いか同じくらいかな?」
旅に出る前の最後の手合わせは五分五分の引き分け。師の下を旅立ってから、肌寒かった日々も日中汗ばむほどに季節も移ろっている。その期間を鍛錬に励めていれば今頃は、とあまり強くなることそのものには興味のないオウガも、越えるべき壁として立ち塞がっていた師だけは意識をせざるを得なかった。
「君と同じくらいか……で、流派は君と一緒でイエーガー流なのかい?」
「イエーガー流? いや、昔兵士から習ったのを自分で改良した自己流って言ってたような」
「……へぇ。他に何か覚えてる事はあるかい? 例えば……、あだ名とか」
「あだ名……ああ、そういえば――鬼神って呼ばれてたとか」
オウガは、それを師の冗談だと思っていた。何だそれは、と聞かれることを想定していた。
だが、ラウルは目を見開き、固まっていた。
「まさか、本当にアラン・イエーガー殿の弟子なのか!?」
「アラン……イエーガー? アランに家名ってあった?」
「私も知らない。アランが貴族だったなんて……」
共に首を傾げ合う弟子二人を見て我に返ったのか、ラウルがゴホンッと居住まいを正す。
「取り乱した。すまん。アラン殿は僕やレイアの実家と同じ、武功を上げて下賜された騎士爵だよ。ただ違うのは――あの人は最後の騎士爵だったんだ」
「最後の騎士爵だった?」
「……まず、アラン殿が爵位を陛下から賜ったのが20年前。そしてそれ以降、アラン殿程の功績に届いていないということで、武功を上げても爵位を下賜された人はいないんだ」
「だったっていうのは?」
「10年くらい前に行方不明になられて、廃位されたらしい。まさかご存命だったとは……」
「レイアも知ってる?」
「いや、私が騎士学校で教わったのは、イエーガー流戦闘術の生みの親で、10年前に戦死したということだったんだが」
「アラン死んだことになってるの? 何か笑える」
「ちょっと、シュリ!?」
ラウルの話と齟齬のあるレイアの言葉に、シュリが楽しそうにほくそ笑んだ。今度会ったら言ってやろう、と楽しそうに付け足したのは、彼女なりの親愛表現なのだろう。
「で、その死人のアランが生み出してたのが戦闘術? 剣術とは別?」
「ああ。戦闘術は槍も盾も弓も一通り使う総合戦術だな。レムリア王国の兵士は多分全員これを教わってるはずだ。獣人領との戦争で被害が激減したとか」
「全員……」
「おじちゃんすごい?」
「うん、すごいね……。でも、何でそんなすごいアランの所在が不明だったわけ?」
「……どうも貴族の権力闘争に巻き込まれたんじゃないか、という噂が広がっていたね。行方不明になる前に。その後、気が付いたら亡くなった事にされていて、ああやっぱりかとね」
「ふーん。随分アランのことを気にかけていたのね?」
「ふふっ、実は騎士学校に入ったばかりの頃に、アラン殿が特別講師としていらっしゃってね。いけ好かない化石みたいな頭の戦技教官を、模擬戦で一方的に叩きのめしてくれたんだ。憧れたね」
ラウルは当時を思い出したのか、憧憬の瞳を遠くに馳せ、ふと我に返って照れくさそうに笑う。
「アランおじちゃんかっこよかった?」
「ああ、かっこよかったよ。いつか手合わせをしてもらうというのが叶わぬ夢と思っていたけど……思わぬ形で叶ったよ」
オウガをみやり、口元を綻ばせた。
「さて、長話は終わりにしてそろそろ食事に戻るか。マリアさんが可哀想だ」
「あ」
「マリア、すまない!」
「いいんです、みなさんが楽しければ、それで……」
一人話に入れなかった教会の聖女は、もそもそとパンをかじりながら、それとなく獣人娘たちの尻尾を撫でていたのであった。
◇
昼食が終わり、各々が手早くにもつを纏めて出立の準備を急ぐ中で、ラウルに忍び寄る獣耳の影だがあった。
「ところで、ラウルは何故気付いたの? ……まさかそっちの気があるの?」
「……ああ、昼食前のアレかい? …………騎士学校でね、色々あったんだ。僕はノーマルだよ。君こそ、よくあんな特殊な文化を知ってるね。獣人領にもあったのかい?」
「ううん。アランが買ってきた本に載ってた」
「アラン殿……」
ラウルの中の勇ましくて聡明なアランの英雄像は、その弟子との出会いで幻と消えていくのであった。
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