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オオカミノ国  作者: 十乃字
二章・出会いと別れ
20/81

20.騎士たちとも遊ぼう


 大きなテントの中は、三つの部屋に区切られていた。共用空間としての前室、そこから出入り口をそれぞれの垂れ幕で目隠しされた二つの寝室に繋がるのだが、左右で大きさに偏りがある。


「狭くてすまんな。人数差があるから、我慢してくれ」


「わかった」


 オウガに向かって狭い左の寝室を指し示したレイアに、首肯して返事をしたのは何故かシュリだった。そしてそのまま、オウガの手を引いて寝室に入ろうとする。


「ってコラコラコラ」


「むっ」


「シュリさん!? 何て破廉恥な!?」


「破廉恥……私たちは宿でずっと同じ部屋だった」


「な!?」


 顔を真っ赤にして固まるマリアを見て満足したのか、シュリは得意気に鼻を鳴らすと、オウガの手を放し、右手の広い寝室へと入っていった。立ち直ったマリアが「まだ話は終わっていませんよ!?」と続く。


「わたしはどっち~?」


「ミライもこっち。そっちが男部屋になるわけだが……まあ仲良くしてくれ」


 見慣れぬ大型テント内部を好奇心いっぱいのキラキラとした瞳で眺めるミライの手を引いて、レイアも足早に消えていった。残された男二人は無言で視線を合わせたが、どちらからともなく肩をすくめ、


「長い旅だ。気楽にやっていこうか」


 とラウルが先導して入口を潜った。



   ◇



「マリア、あなたは一番すみっこ」


「何でですか!? むしろ私を真ん中にしてシュリさんとミライちゃんで挟むべきです!」


「意味が分からない。断固拒否」


「うぅ~!」


「シュリお姉ちゃんはマリアお姉ちゃんのこと、きらいなの?」


「嫌い」


「っっ!?」


「っあ……」


 勢いに任せて漏れ出た言葉。深く考えもせずに発せられたそれが、一人の少女の心を抉ったのだと、愚かにも口に出した後になって気が付いた。


「嫌い……じゃないけれど、少し近すぎると思う。ミライはマリアにベタベタ触られるの嫌じゃない?」


 一瞬浮かべた悲痛な表情を固い愛想笑いに変えたマリアをチラチラと覗き見ながら、悲し気なミライに優しく問い掛けた。


「マリアお姉ちゃん優しく撫でてくれるから、好きだよ?」


「そう……」


「ミライちゃん……」


 自分はこの人間の女をどう思っているのか――迷いながら何か言葉を発しようとしたシュリの目に映ったのは、指をわきわきと卑猥に蠢かし、感無量とばかりにミライに今にも飛びかかりそうな聖女の姿だった。


「いや、やっぱ無理」


「何でですか!?」


「何でも何も……レイア、このば――この女なんとかして」


「レイアはモチロン私の味方ですよね!?」


「どっちの味方もしたくないな……」


 傍観していたレイアは、うんざりだとばかりに頭を抱えた。



   ◇



「ご飯出来たよ~」


 隣の部屋からの姦しい騒ぎ声に居たたまれなくなった男衆は、早々に退室して明るいうちに夕食を準備を始めていた。


 オウガたち獣人三人は料理に自信がないということで、旅の道中ではラウルとレイアの騎士組が教えながら作っていくことになった。また、マリアも教会の炊き出しなどで簡素な料理は作れるものの、野営という特殊な環境には不慣れなため、同様に教わることになっている。


 もっとも、今回は食事が出来上がるまでテントの中は賑やかなままで、男二人で最後まで完成させてしまったのだが。


 オウガの呼びかけに騒がしかった声が止み、疲れ果てた様子の年長者三人と可愛らしくアクビをしながらミライがテントから顔を覗かせた。


「お昼寝? シュリたちうるさくなかった?」


「ん~ん。今はみんな仲良しだからだいじょうぶ……ふわあぁぁ……」


「仲良し……?」


 未だに寝ぼけ眼のミライから視線を移すと、未だに興奮から頬を紅くした二人と、その間に立たされて迷惑顔のレイア。


 オウガの目にはとてもそこまで打ち解けているようには見えなかったが、間近で接していたネコ娘にだけ見えたものがあったのかもしれない。


「……とりあえずご飯にしよっか」


 オウガは深く考えることを諦めた。




「おいしい!」


 一口食べて、ミライは上機嫌に称賛の声を上げた。


「口に合ったみたいで良かった。獣人の皆さんは好みが我々と違うのではと心配していたんだ」


 調理中、幾度もオウガに味の確認を求めていたラウルが、ほっと一息吐いた。


「味は上々。でも、もっと肉ッ気があってもいい」


「それはシュリだけだよ。俺は色々食べれて楽しいよ?」


「シュリお姉ちゃん、おやさいも食べないとダメ~!」


「むぅ……」


 本日のメニューは町で購入しておいた柔らかいパンと、新鮮な野菜のサラダ、そして羊肉を煮込んだ具沢山スープとなっていたのだが、やたらと肉を好むシュリには不評だったようだ。


「お前たちは旅の間、どんな食事だったんだ?」


「んー、いろいろ食べたけど、町に行っても、パンしか買ってなかったよ~?」


「なに!?」


 レイアの何気ない質問にミライが答えると、年長者たちがざわめき立つ。それを察したオウガが、慌てて釈明する。


「いや、たまには野菜とかも買ってたよ。でも、山道なら食べられる野草とか果物とか色々あるから! 後は狩り! それに、シュリの求める量の肉を買うなんて俺にはとても……」


 皆の視線が肉食狼娘に集まる。当の本人は明後日の方向を向き、妙に上手い口笛を吹き始めた。


「ちなみに、狩りはどれくらいの頻度で……?」


「毎日」


「毎日!?」


 またしてもざわめく一同。


「そ、それは獲れないから、とか……?」


 恐る恐る尋ねられた質問に、オウガは静かに首を振った。


「ノルマがね……シュリが最低これくらいの大きさの肉が欲しいって」


 そういってオウガは両手を肩幅程まで広げた。さらに、その指も限界まで広げられている。


 皆の視線がまたしてもシュリに集まると、彼女は居住まいを正し、


「オウガのおかげで傷の治りも早かった。本当にありがとう」


 などと深々と頭を下げた。


 男二人は黙って微笑まれれば背筋にぞくりと来るほどに端正な顔立ちのシュリの珍しい真面目な姿勢に思わずドギマギし、人間の女二人はその細い腰のどこにそれほど入るのかと目を疑った。


 顔を上げたシュリは、一転して不満気な顔でオウガをねめつける。


「でもオウガやミライだって同じだけ食べてた」


「う……俺はともかく、ミライは半分以上残してたでしょ」


「おなかいっぱい食べられたのはうれしかったよ……?」


 毎食肉尽くしだったことについては、オウガたちに引き取られてから笑顔の絶えないミライですら言葉尻を濁していた。なお残ったお肉がどうなったかは言うまでも無いだろう。


「ははは……獣人はたくさん食べるんだね。夜番用に多めに作った分を食べてしまってもいいよ。改めて何か作ろう」


「ん。ありがとう」


 許可をもらうやいなや、大盛でお代わりをよそい、下品ではないが、素早く次々とスプーンで口へ運ぶ。無表情で平静を装っているが、オウガには大食らいを指摘された照れ隠しをしているように見えた。


「お姉ちゃんたちを獣人の基準にしてほしくないです……」


 ミライの微妙なボヤキは幸いにも聞きとがめる者はおらず、賑やかな食事は続いた。



いつも応援ありがとうございます。


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