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オオカミノ国  作者: 十乃字
一章・終わりは始まり
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2.逃走は遠く



 オオカミ族の村、長の家の前。村中の女たちと子供たちが集まっていた。


「シュリ姉……コワいよぉ」


「大丈夫よアヤリ……。お父さんたちも、親方様もいるんだから」


 震えるアヤリのの小さな手を、シュリが優しく握りこむ。 彼女たちだけでなく、皆口々に不安を零している。


「アヤリ、父さんたちはとっても強いから、大丈夫だよ。どんな相手でも――」


 村の南、入り口の方向から――遠吠えが、聞こえた。


 それは、最後の力で何かを伝えようとしているかのような、切実なモノだった。


「な、なに? 今の?」


「危険? ここは危険なの? どうすればいいの?」


 小さな子供だけでなく、大人の女たちまで何かに怯えていた。


 その中でオウガとアイナだけは、確信に近い何かを感じていた。


「母さん、今のは……!?」


 母親の顔を覗き込み、その青さに息を飲む。


「オウガ……。お父さんがね、最期に伝えてくれたのよ」


 一滴。アイナの頬を涙が伝うと、アイナは鬼気迫る表情を作り上げた。


「皆! 長が敗れました! 今すぐ村から逃げてください!」


「そんな……長が敗れるなど……」


「アイナ様、逃げろと言われても……どこへ行けば良いのですか!?」


 単純に受け入れられない者、受け入れても戸惑う者。


 オオカミ族は狭く小さく生き過ぎていた。他族と交流が少なく、他を知らない。それでも生きていける強さがあったのだ。――今までは。


「長が伝えてきた言葉はただ一つ、『生きろ』。それだけです」


 アイナは不安げに囲む一人ひとりと目を合わせていく。その中でも理性的な者を見つけてうなずいていく。


「アンリとミツナは皆をまとめて東に。山や森を通って行きなさい!」


「「はい!」」


 指名された二人がうなずく。


 オオカミ族の村は半場隠れ里と化しており、四方を森や山に囲まれていて、近隣の村と呼べる物もない。東の方へ逃がすのは、西は未開の密林しかなく、獣人の領域が広がっている東の方が生存率が高いと判断したためだ。


 深呼吸を一つ。アイナは最後にもう一度皆を見渡した。


「生きていれば、村はやり直せます。必ず、生きて会いましょう。行って!」


 多くの人が戸惑いながらも、指示された二人――アンリとミツナに促されて走り出す。


 だが、アイナはその場に残り、動かなった。


 オウガは勿論、シュリとハヤテ、アヤリも母親たちと一緒に不安げにその場に立ち尽くす。


「母さん、逃げないの?」


 答えを察しながらも、聞かずにはいられなかった。


 振り返り、オウガを見る目は覚悟の色に染まっていた。――見れば、シュリたちの母も、彼女たちを抱きしめて何か伝えている。


「オウガ」


「……嫌だよ、母さん」


 予想通りだったのか、一瞬だけアイナの口元に笑みが浮かんだ。


「先に逃げなさい」


「嫌だって!」


「聞きなさい。戦ってる村の人たちに、時間を稼いだら逃げるように伝えないといけないの。まぁ、隙を見てロウガさんも助けますけど」


 最後の一言を少しだけ笑いながら、アイナはオウガを抱きしめた。


「あなたたちがいたら心配で戦えないの。だから、今はとにかく逃げなさい」


 否は言わせない、とばかりに言いきる。


「ハヤテ君、この子たちを宜しくね?」


「この命に代えましても、必ずお守りします!」


 勇ましく答えたハヤテに、アイナは少しだけ困ったように笑う。


「じゃ、またあとでね」


 ちょっと出かけてくる、とでもいうような気軽さで、アイナは母親たちを連れて、誰かが家屋に火をつけたのか、紅く空を染める村の入口方向へと走り去った。


「おかあ――」


 追いかけようとしたアヤリを、ハヤテが抱え上げ、声を出せないように口を抑える。


「ハヤテ!」


「オウガ……。母さんたちの邪魔になる。早く逃げるぞ」


 言い捨て、アヤリを抱えたまま走り出したハヤテの背中を追おうとして、シュリがまだ立ち止ったままだったことに気づく。


「シュリ! とにかく走るんだ!」


「お父さん……お母さん……」


 母親たちの消えていった方を見つめたまま動かないシュリの手を握り、強引に引っ張る。


 シュリはオウガに引きずられるに任せて足を動かす。俯き、表情はわからないが、僅かに鼻をすする音がする。


 シュリの手はとても冷たく、力なく握り返すこともしない。


 この手を離してはいけない、オウガは強くそう思った。




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