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オオカミノ国  作者: 十乃字
二章・出会いと別れ
18/81

18.旅は賑やかに始まり


 カーマイン司教のお願いは、その後に小さく呟かれた『寄付金がのう』という言葉でオウガたちの拒否を封じ、『また暗殺者が来ると今度こそ危ないかもしれんのう』という止めの一撃であっさりと決定へと流れを運びこんだ。


 自分たちは能力不足だと言われたも同然の騎士たちも、レイアは『マリアが喜んでるし、私も心強いよ』と肯定的で、生真面目そうなラウルまでも『暇な時に手合わせしてもらいたい』と、既に丸め込まれていたようで、不服な様子を見せなかった。


 肝心のマリアの向かう先は、助祭から司祭への昇格のために聖サンドルク教会総本山へ赴くというもので、総本山はアマーストから南西へ馬車で二月程向かった場所にある。


 オウガたちの次の目的地は獣人の領域と接しているレムリア王国の東南端なので、私の怪我のせいで遠回りになってしまう、と耳をしゅんとさせて落ち込んだシュリを、オウガとミライが慰めるという珍しい光景が宿の一室で垣間見られた。




 そして数日後。


「オウガさん! 見てください! レイアが選んでくれたんです! 似合いますか!?」


 オウガたちの泊まる宿屋の前、三頭立ての大きな目の幌馬車から飛び降りたマリアは開口一番そう言って、楽しそうにくるりと回って見せた。たしかにいつもの黒い修道服ではなく、長旅に備えた動きやすそうな服でありながら、女性が着用することを意識された、彼女の銀髪にも栄えるオシャレな意匠だった。


「え? ああ、うん。そうだね……うん、似合ってるよ。かわいいね」


 オウガはいつもと違う上機嫌なマリアに戸惑いながらも、思ったままにそう答えた。一方、隣にいたシュリは、オシャレをしたことが嬉しいのか褒められたのが嬉しいのか、年相応の娘らしくはしゃぐマリアに冷ややかな視線を向けると、同行したレイアに「センスは良い」と声をかけた。


「ありがとう。マリアは私服なんて久しぶりなんだ。ちょっとうるさいのも許してやってくれ」


「そう、あなたに免じて許してあげる。……レイアは鎧なのね?」


「護衛だからな。ちゃんと私服も持ち合わせてるぞ」


「ふふ、騎士様の私服楽しみ」


「変なプレッシャーをかけないでくれ……」


「今度、私たちの服も見繕ってくれる?」


「む……まあ私でよければ……」


「シュリさん!? 何でレイアとはそんなに打ち解けてるんですか!? レイア何したの!?」


「い、いや!? 私からは特に何も……? 何故かシュリが気楽に話しかけてくれるんだが……」


 二人の視線が集まると、狼娘は視線を泳がせた。


「シュリさん?」


「…………レイアはお仲間」


「仲間……むぅ……」


 シュリがちらりと目線を向けたのは、二人の胸元だった。レイアは自身の胸元を覆う鉄のプレート越しに視線を遮ることなく足元が見えることを確認し、仲間という言葉の意味を実感する。


「仲間ってどういう意味ですか?」


 一方でマリアはわからなかったようで、小首を傾げた。お仲間二人の視線は彼女の胸元に集まると、ゆとりのある修道服ではなく身体のラインが出る今の服では、幼げな容姿には不相応な豊かな胸元が強調されていた。


「マリア……。今は無理だ。時間をかけて仲良くなってくれ。後、そろそろ外套を羽織れ。まだ肌寒い季節だ。冷えるぞ」


「ええぇ……そんな……モフモフが……」


 頭から野暮ったい外套を被され、項垂れたマリアの最後の呟きは誰の耳にも届くことはなかったが、何故かシュリの背筋にはゾクリと悪寒が走った。




 オウガたちが馬車の荷台に旅荷物を積み終えた頃、ラウルが二頭の馬を牽いて現れた。


「皆さん準備はもうよろしいですか?」


「うん、もういつでも。ところでラウル、その馬は?」


「護衛として俺とレイアは馬に騎乗して、オウガくんたちに馬車を任せようかと思ってたんだけど……」


 馬を物珍し気に見つめるオウガたちの様子に、言葉が途切れた。


「俺、馬乗った事ないよ?」


「わたしもー。ウマさん初めましてー?」


「……非常食としてよさそう」


 恐々と馬を撫でてみるオウガとミライに対して、シュリだけ体躯を撫でながら不穏なことを呟く。幼い頃から教会勤めのマリアも勿論御者をすることはできず、ラウルは失敗したかなと頭をかいた。


「しょうがない、御者は私がしよう。ラウル、馬を牽いて行ってくれ」


「それしかないね。街道に出たら御者の練習をしてもらおうか」


「それだったら馬にも乗らせてほしい!」


「私も」


「わ、わたしもやってみたいな……」


「はいはい、時間は後でたっぷりあるから。乗ってくれ」


 未知の体験に目を輝かせるオウガたちを荷台に押し込んでいたレイアの外套を、くいっと引っ張る力が。


 振り向くと、そこには申し訳なさそうな顔をしたマリアの姿があった。


「あの、レイア……私もやってみたい」


「……わかったから、早く乗って」


 怪我の危険性を説こうとして、同じく期待に輝く瞳に気圧され、溜息と共に頷くことしかできなかった。



   ◇



「おや、お前はあの時の?」


「ああ、守衛さん。良い宿屋でした。ありがとう」


 町の南門。出る時には何の審査もいらないのだが、通行証を換金するために馬車を降りたオウガに声をかけたのは、町の北門で彼らに通行証を発行した守衛の男だった。


「いやいや、良いって事よ。……俺が商売の話持ち掛けたのは内緒な?」


「はは、やっぱり危ない橋だったんじゃないですか」


 にこやかな態度から一転、小声で保身に走った守衛に、オウガは苦笑した。


「今日はこちらの門番なんですか?」


「ああ、何か降格やら昇格やら色々あって異動がな……そういやお前さん」


「はい?」


 守衛が値踏みするようにオウガとその背後の馬車を見る。


「黒髪の男に獣人の娘二人……見つけたら上司を呼べって言われてるんだが」


「それって……」


「ディメスっていういけ好かない騎士の命令なんだが、心当たりはあるか?」


「十分に」


「だよなぁ。あいつのことだから絶対ろくな事にならないと思うんだが、上司の命令だしなぁ……」


「どうかしたかい?」


 面倒事の臭いに頭を悩ませる二人に、様子を見に来たラウルが声をかけた。


「こ、これはラウル様。……もしかしてこちらはラウル様のお連れで?」


「ふむ……そうだね。身の保証は僕がするよ」


「では、教会騎士様御一行がお通りしたと報告しておきます。さ、行ってくれ」


「いいの?」


「ディメスのやつとラウル様とを比べればな。何かあったら教会が責任を取ってくれそうだしな」


 通行証の木札と銀貨を交換し、守衛は肩の荷が下りたと笑った。


「随分人気があるんだね」


「あはは。特に僕が何かした、ということはないのだけどね」


「ラウルは若いし顔がいいから、真面目にやってるだけで目立つんだよ」


 御者台の上でレイアがコロコロと笑う。


「歳なら君の方が下で、しかも珍しい女性騎士だから目立つのはどっちかな」


「私はマリア付きの時間が長いからな。色々顔を見せる機会が多いラウルの方が町で人気なのさ」


 からかわれて憤慨するラウルを、さらにあしらってみせるレイア。


 勝ち目がないと肩を落とすラウルだったが、去り際にオウガに小声で一言、


「レイアだって一部に熱烈なファンがいたからね?」


 ちくりと零すのだった。



いつも応援ありがとうございます。


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