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オオカミノ国  作者: 十乃字
二章・出会いと別れ
16/81

16. そして彼女たちは


 蝋燭の小さな灯りがゆらゆらと石造りの室内を照らす、薄暗く湿った空気の漂う地下牢の中。


(教会の地下に牢屋ってあるんだな)


 荒縄で拘束されたオウガは呑気な感想を抱いていた。


 身動きの取れない彼の眼前では、二人の男がにらみ合っている。


 一人は騒ぎを聞きつけたレイアと共に礼拝堂に現れた教会騎士で、眠ったままだったマリアをレイアに預けてオウガをこの地下牢に引っ張ってきた年若い短い金髪の男で、レイアにはラウルと呼ばれていた。


 そしてもう一方は、衛兵からの報告を聞いてやって来たという傲慢そうな碧髪の男で、どうやらこの町の衛兵たちを纏めている立場の、町に所属する騎士であるらしい。


 所属の違う二人の騎士が主張し合っているのは、拘束したオウガの身柄だった。レイアが去り際に『彼はマリアの友人だから手荒に扱わないように』とラウルに伝えたおかげか、拘束こそされているものの暴行などは受けておらず、そんな殺人犯に対する丁重な対応が気に入らないようで、町騎士の男が唾を飛ばして怒鳴り散らす。


「我が町で殺人なんぞ起こしたやつを放ってはおけん。身柄を衛兵隊に渡せ!」


「ですがディメス殿。事は教会内部で起きました。『教会に関わる物事は教会の定める規則が優先される』という王国特別法のことを、まさかお忘れではないでしょう?」


 高圧的な町の騎士――ディメスに対して、ラウルが毅然とした態度で応対する。


 王国特別法とはレムリア王国の中にあって、サンドルク教会の独立性を保障するものだ。横暴な貴族などから非力な一般国民を守るための制度とされ、実際に教会に逃げ込んでくる民も多い。平行して、教会は戦力を保持しないという規約があり、レムリア王国から派遣された騎士が教会騎士として治安維持などを代行する、という建前がある。


 治外法権であることを盾にされたディメスは歯噛みし、なおも食い下がった。


「ぐぬっ!? 若造が……。しかし、いくら特別法とはいえ、教会の規則に殺人に関してのモノなどないだろう!? どうせこちらの管轄になるのだ。今引き渡せばよかろう!」


「彼を衛兵隊に引き渡すとしても、目撃者の証言を聞いてからですね」


 ラウルがちらりとオウガを見やる。オウガは何も口にせず、肩をすくめて応えて見せた。


「その目撃者はどこだ!?」


「意識がなかったので、女性騎士に部屋に運んでもらいました。すぐに目覚めるのか朝になるまで起きないかはわかりませんが……。一度詰所に帰られますか?」


「そんなことをすれば貴様らがこいつを逃がしてしまうだろう!?」


「証言次第では解放することもありえますが……、それに何か問題が?」


「ぐ……だ、大問題だ! 人殺しが町をうろつくことになるかもしれないだろう!? ええい、お前では話にならん! 小僧が認めればよかろう!? 俺に話をさせろ!」


 言うが早いか、制止するラウルを押し退けてディメスがオウガの胸倉を掴みあげる。


「おい! お前は罪も無い教会騎士を殺したな!? 恨みか!? どちらかと揉めていたのか!? 死体の獣人はお前が連れて来たんだろう!?」


 ディメスが早口に捲くし立てるが、その荒唐無稽な内容に、無言を貫くつもりだったオウガは思わず吹き出してしまった。それを自身への嘲笑と捉えたディメスは頭に血を上らせた。


「貴様!? 今笑ったか!? 生意気な目をしおって……お前が吐けばすぐに終わるんだぞ!?」


 様子を窺っていたラウルが止める間もなく、ディメスの拳がオウガの頬を打ち据えた。オウガがゆっくりと首を戻して睨み返すと、ディメスは喉の奥で怯んだ悲鳴のような声を上げ、返す拳で反対の頬も払い退けた。二度目の打ち鳴らす音で我に返ったラウルが慌てて止めに入る。


「ディメス殿!? いくら怪しくても暴力で言わせるなど!」


「こいつが自白すればすぐに終わるのだ!」


 そこへ――


「あー、これは何とも……胃が痛くなる光景だな」


「レイア!?」


 いつの間にか、地下室の入口に女騎士レイアの姿があった。レイアは拘束されて頬を腫らしたオウガと目が合うと、とても気まずそうな困り顔になった。


「何とも身に抓まされるな……オウガあの時はすまなかった」


「レイアの時は痛くなかったし、別に怒ってないよ」


「そう言ってもらえると……」


「貴様ら! 俺を無視して――」


「レイア、君が来たということは?」


「ああ。マリアが目覚めたんだが……どうしたものかな」


 鎖で拘束されたオウガ。赤く腫れた頬。胸倉を掴む騎士。室内の惨状にマリアは背後の人物を招き入れることを躊躇した。だが当の本人はそんな彼女の気遣いを気にも留めず、


「もう! レイア!? オウガさんはここにいるんでしょう!?」


 と女騎士の背中を全身で押すようにして強引に地下室に入ってきた。そのお転婆な姿に、オウガは内心驚きつつも、


「やぁマリア。元気そうで何よりだよ」


 と気さくに笑いかけた。


「オウガさん!? ヒドイ!? 彼は私を助けてくれた恩人ですよ!? 今すぐ解放してください!」


「む……しかしなお嬢さん。何故こいつが都合よくお嬢さんを助けられたのか、それがまだわからんのだ」


「レイア。彼はずっとだんまりでね。何も話してくれないんだ。君から聞いてくれるか?」


 年若い娘に責め立てられて動揺するばかりのディメスに代わって、ラウルがそう提案する。レイアは頷き、


「どうなんだ、オウガ。何故君は、マリアが襲われることを知っていた?」


「昼間別れた後、偶然廊下で立ち聞きしてね」


「ふむ。リーベルとグレイブが?」


「いや、誰かはわからないんだ。だからとにかく二人に警告しようとしたんだけど……」


「けど?」


「レイモンド助祭に見つかって追い出された」


「なるほど」


「あの人は……」


 レイアが得心したと頷き、マリアは握りしめた拳がぷるぷると震えた。積もり積もった鬱憤が火を噴く直前のようだ。


「では、レイモンド助祭に証言をしてもらいましょう」


 空気を察してラウルが流れを変えようとするが、レイアが肩をすくめて首を振る。


「あの人が素直に自分の非を認めるかどうか。あることないこと捲くし立てられるのがオチじゃないかな」


「ふふ、特技が嫌味で趣味は嫌がらせで性格も最悪な人ですからね……」


 かの助祭と何があったのか、ゆらりと黒い闘気のようなものを幻視させる程に暗く笑うマリアに、騎士たちが思わず後ずさる。オウガも無くなった尻尾が丸まって震える想像をしてしまい苦く笑う。


「しかし確固たる証拠でもなければな……小僧が仕組んでお嬢さんに近づいたとも考えられる」


「そんな!?」


 ディメスの強引な仮説に、マリアたちが非難の声を上げる。と、


「証人ならここにいる」


 オウガにとっては、とても聞き覚えのある馴染みの声。


「シュリ!? ミライまで……?」


「ホラ、さっさと喋って」


 ズリズリと何かを引きずってきたシュリは、それを騎士たちの前に放り投げる。


「あ。衛兵のおっちゃん」


「一体何だというのだ!?」


「あぅぅ……ディメス様、ご報告します……そこの坊主が昼間に『聖女が危ない』と騒ぎ立てておりました」


「なっ!? 何故それを早く言わんのだ!?」


「聖女目当てに嘘を吐く信者は山ほどいますので、無用な報告はいらないと……ディメス様が」


「ぬぅぅぅ!?」


「証言は十分そうですね、ディメス殿?」


 ラウルがお帰りはあちらです、と顔を真っ赤にして憤慨するディメスを促す。その横で不安そうな顔の衛兵の男に、マリアが微笑みかける。


「もし、この証言をしたことで上司に何かされたら、いつでも教会においでください。必ず力になりますよ」


「おお……女神様……」


 子供とまではいかないまでも、自身の半分ほどの年齢の娘に対して、衛兵は跪いて祈りを捧げた。神ではなく彼女に祈りが捧げられている、ということに誰もが気づきながら、あえて指摘する者はいなかった。


「し、失礼する!」


 すっかり面目を潰された町騎士ディメスは、地下室を逃げるように飛び出した。その後を衛兵が低頭に申し訳なさそうに追う。


「あんなのが衛兵のまとめ役って、この町大丈夫なの?」


「彼以外の騎士は真面目でまともなんだけどね……。彼は貴族の縁故採用みたいなものだからっと」


 ラウルが苦笑しながらオウガの拘束を外すと、押し退けるようにしてシュリが走り寄る。其の迫力に気圧されて、駆け寄ろうとしたマリアとレイアが二の足を踏み、困ったように笑う。


「心配した」


「ごめん……」


「…………茶色の獣耳より、金銀でキラキラしてる方がいいの?」


 シュリがちらりと背後で居心地悪そうに立ち呆ける金髪と銀髪の娘二人を見て、拗ねたように言う。


「どういう意味?」


「……ごめんなさい。ただの冗談。気にしないで」


 キョトンとする若狼に呆れ半分自嘲半分で謝罪を口にして、シュリはこつんとオウガの胸に甘えるようにもたれ掛かった。気付けばネコ娘のミライもオウガの服を握りしめていた。オウガは二人を抱き寄せた。


「心配かけてごめん。助けてくれてありがとう」




 いつも応援ありがとうございます。


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