12.大きな町の真中で
何故か宿場町中の男たちから出発を見送られてからさらに数日。オウガたちは初めて見る広大な町と、それを守る城門とでも呼ぶべき威容を誇る大門、さらにはその周りで賑やかに広げられている市場の様子に圧倒されていた。
「すごい。ここがアマースト?」
「で、いいんですかね?」
「なんだお前たちは、旅の冒険者か何かか? 通行証は? 無いならこっちに来なさい」
オウガたちの疑問に答えたのは、大きく開け放たれた門の横で睨みを利かせていた守衛と思われる若い男だった。門を抜けたすぐ近くの詰所のような建物に三人を連れて行く。
「町人は身分証があって、商人には商業許可証ってのがある。どっちも無いならここで申請してもらって通行証を発行する。で、あんたらの目的は? 冒険者の出稼ぎか?」
オウガたちの身なり、その軽装さから予想を立てたらしい守衛の男が尋ねる。
「ええと、俺たちは……何になるんだろ?」
「私たちは聖女に会いに来た」
「聖女様っていうと、教会の?」
「それ。聖女の奇跡で治療してもらいに来た」
今までの宿場町では無かった厳重な出入りの管理に戸惑うオウガの代わりに、シュリがズバリと返答する。
それならとりあえず参拝かな、と守衛が悩みながら帳簿のようなものに記入する。
「あんまりその参拝ってやつの人はいないんですか?」
「いや、近頃はむしろそればっかでなぁ。前は治療院に行く『治療』目的の人もいたんだが、最近はさっぱりだ」
「それは何か困るの?」
「俺らとしては、参拝目的ってことにしたあんたたちが勝手に商売とか始めない限りはどうでもいいんだが……。すっかり人足の寄り付かなくなった治療院は運営費でヒーヒー言ってるって話だな」
「そんなことが……」
「わたし知ってるよ! お客さんが遠のいちゃったら、来たくなるように努力する必要があるって商人のおじちゃんが言ってた! ちりょーいんならー、みんなが来るように――」
「ストップ。ミライ、その考えはとても危険。口にしちゃダメ。お話終わるまで、あっちで私と遊んでよ?」
「ぶー。お兄ちゃん、早くしてねー」
長話に退屈していたのか目を輝かせて話に加わり、妙案を提唱しようとしたミライをシュリが窘め、引きずって連れていく。残されたオウガと守衛の男はにこやかに乾いた声で笑い合った。
「あははは……、変な子でごめんなさい。えーと、参拝で聖女様に治療してもらうまで滞在予定です」
「あ、ああ。参拝ね、参拝……。仮の通行証は銀貨1枚と銅貨5枚だ。銀貨は通行証をここへ返しに来てくれればそのまま返金、銅貨は手数料としてこちらでもらう。ここまではいいか?」
「銀貨1枚……はい、大丈夫です」
「三人なら銀貨3枚必要なわけだが、あの獣人は二人とも奴隷だろ? あんたが持ち主ってことなら通行証は一人分でいいんだが、どうする?」
「三人分でお願いします」
「銀貨は帰ってくるとはいえ、銅貨10枚は払い損だぞ?」
「それでもいいです」
「はいはい。あんたはきっとそう言いそうだと思ってたよ」
守衛の男は頑ななオウガの態度に苦笑しながら、積まれた対価を受け取り、三枚の木札を用意した。
「注意事項は一つ。木札を破損したり汚して判読できない時は返金できない。無くすのも勿論だがな。結構盗まれたとかで泣きついてくるやつがいるが、どうにもならないからな」
「わかりました」
「後は……そうだな」
守衛の男が視線を外に向ける。釣られてオウガも見ると、そこではシュリがミライと二人で見慣れる人の街並みを一つ一つ眺めては感想か何かを話しては楽しそうに笑っていた。道行く町の住人も、見慣れる獣人たちが可愛らしい娘二人であることもあってか、微笑ましそうな顔で眺めている。
「――話は変わるが、連れの獣人、あの大きい方の娘を、一日いや一晩、俺に貸し出してみないか? 銀貨5……、いや10枚だそう! どうだ?」
「無理です嫌ですダメです!」
迷いなく否と突き返したオウガの早さに、一瞬呆気に取られた守衛の男だったが、すまんすまんと意に介した風もなく肩をすくめて謝罪の言葉を口にした。
「――と、まぁそういう風に持ち掛けられても断ってくれよってことだ。小さい金額のやり取りならともかく、銀貨何枚ってなると流石に衛兵隊も動かにゃならんくなるからな」
「……なるほど。ご助言ありがとうございます……?」
「ははは、良いって事よ」
乾いた笑いを続ける守衛に、腑に落ちないという顔のオウガ。もしいいよって言ったらどうしたんですか、という問いに、終わらない笑いで答えてみせた。
「――はぁ。詫びと言っちゃなんだが、良い宿紹介するよ。ガラの悪いのがいるような所は困るだろ?」
「まぁそうですが……」
「そんなに警戒するなって。ちとお高いが、ほんとにちゃんとした宿だから。あー、それと、通行証は一応身分証にもなるんだが、それ持たせてもあの子たちだけであんまり出歩かせるなよ?」
「獣人だからですか?」
「睨むなって。奴隷に買い物に行かせる金持ちはいるよ。じゃなくて、衛兵がいるとはいえ、女の子だけで出歩けるほど治安は良くないぞって話だよ。特に夜なんてな」
「なるほど……それはありがとうございます」
「まーだ納得してねえな。さっきのはあんたを試しただけだってば。ほれ、お嬢さん方! お兄さんおがおススメの宿にご案内してやるぞ!」
◇
「確かに少し高いけど良い宿だ……」
「まだ何か怒ってる?」
「いや、怒ってはないんだけど……ないんだけど!」
「ベッドふかふかー。お兄ちゃんはぷんぷん?」
「……ううん、ぷんぷんじゃないよ。このベッドはすごいね!」
「ふかふかなのー!」
「ふふ」
「はっきりと断ったのは認める。よくやった」
「聞こえてたのか! うぅ、何で蒸し返すかなぁ……」
鼻を掻いて照れるオウガだったが、口にした当のシュリもすまし顔ながら恥ずかしそうに頬を染め、本意はからかうことではなく、おまけのように付け加えられた感謝の言葉を伝えたかったのだと悟らせた。
そんなシュリの様子にミライが、お顔真っ赤だよー、と絡んでしまい、ふかふかのベッドに埋められてジタバタともがく。そんな微笑ましい光景にしばらく笑ってから、オウガは切り出した。
「俺は噂の教会に行ってみるけど、二人は頼むからおとなしくしててね?」
「むー、しょうがない。後で買い物を所望する」
「お買い物!」
「はいはい。良い子で待ってたらね」
やいのやいのと賑やかにお買い物リストを作り始めた二人に苦笑し、オウガは部屋を出た。
◇
「ふへー。これが教会かー。おっきい建物だなー」
高級宿からほど近く、大通りに面した場所にオウガの見慣れない巨大な建造物があった。
田舎者らしく巨大な建物を見上げて呆けるオウガに、出入り口を清掃していた関係者らしき男が近寄ってきた。
「もしもし、そこの旅の方。この聖サンドルク教アマースト教会に何かようですか?」
「せーさんどるくきょーあまーすと教会……? うーん。多分、そうです。そこに用があって来ました。ところであなたは?」
「サンドルク教の名前を知らないなんてどこの田舎者ですか。私はこの教会の助祭ですが……見てわかりませんか?」
オウガの返事に憤りを隠さない男が、自身の黒い服を指し示す。旅装束とも町人の平服とも違う変わった意匠ではあったが、文字や模様などの特徴は見つけられなかったため、オウガは首を傾げた。
「ヒラヒラしててが体型分かり難くて、何かを隠し持てそうな黒い服。……ここは暗殺者養成所ですか?」
「どうしてそうなる!? これは洗礼を受けた者だけが着れる特別な修道服だぞ!」
「ああ、つまり教会関係者の制服なのですね」
「む……まぁそうだが。とてもありがたいものなのだぞ!」
掴みかからんとばかりの怒りようだった男も、オウガのどこか抜けた感想に毒気を抜かれたのか、溜息をついて修道服のありがたみを説こうとする。察してオウガが先手を打つ。
「で、助祭……さん? 実は噂の聖女様に会いに来たんですけど!」
「むむ、まだ教えが足りませんが……聖女に、ですか。あなたの目的は彼女のもたらす神の奇跡ですか?」
「はい。家族が大怪我を負ってしまって」
「そうですか。ここでは何ですから、中の面談室にご案内いたしましょう」
こちらへ、と助祭が教会内部へ手招きする。オウガはその威容に圧倒されながらも、覚悟を決めて門をくぐった。
広大な空間は日の光でキラキラと輝きながらも、石造り特有のヒヤリとした冷たさにも似た涼しさを漂わせていた。
「こちらは礼拝堂。神に祈るのであれば誰にでも開放されています。さらに、十日ごとのミサではたくさんの信者で賑わっていますよ。まぁ今は関係ありませんが。ささ、はやくこちらへ」
広大な広間に光のカーテンというちょっとした奇跡のような光景に見とれていたオウガを、助祭が急かす。
照れながら歩みを再開したオウガは、そのままいくつかの扉を抜け、小さな部屋へと案内された。
「ここは?」
「信者の方とゆっくり話すための面談室ですよ。お掛けになってください」
助祭が置かれていたコップと水差しを手に取りながら、席を勧める。
「さて、お連れ様が聖女と面談して神の奇跡を賜りたい、ということでよろしかったですね?」
「ええ、そうですが……」
少しだけ助祭の口振りが気になりながら、オウガは頷く。助祭は妙に嬉しそうに大きな身振りで説明を続けた。
「すでに噂でご存知かもしれませんが、聖女は大変多忙なので、彼女への面談は予約制となっております。今なら大分少なくなっておりますので、大体三月ほどでしょうか」
「三月も!? 長すぎます!」
「ふふっ、まあ落ち着いて。実はこの話には裏がありまして、実際にはある程度経てば、勝手に治ったり手遅れになったりで予約者が減っていくんです。本当の所は、一月も待てば順番が回ってきますよ」
「手遅れって……」
秘密を披露することが楽しいことである、という助祭の態度に、オウガはますます言い表せない不信感を募らせた。助祭はそれに気づかないのか、より楽しそうに続ける。
「しかし一月というのも、大切な誰かが苦しむのを待つのは辛いものでしょう?」
「……まあ、確かに。それはそうですけど……」
「なので! 信仰心の高さを示していただければ、より早く聖女との面談を行いましょう!」
「どうやって信仰心の高さを見せるんです?」
信仰心などかけらも持っていないオウガは少しだけ焦りながら尋ねた。しかし助祭はそれに気づいていないのか、苛立ちを隠さず答えた。
「感の悪い人ですね。つまりはより高い寄付金をした方を優先しているということですよ! さぁあなたは大切な人のために金貨をいくら積めますか! 1枚? それとも10枚!?」
「金貨!?」
賄賂として提示された金額にオウガは驚愕した。師であるアランから旅立ちの際に「お小遣いだ」と笑いながら渡された革袋には、銀貨数十枚が詰まっていたが、それさえも赤の他人に渡すにはかなりの高額であるということを、今のオウガなら知っている。
「どうしました? 金貨1枚でもかなり早めることができますよ?」
「金貨1枚……」
頭に過ぎったのは、シュリが慰謝料と言い張る奴隷商の財布。しかし、それは彼女のモノであるし、そもそも長い旅を前に数日を縮めるために大金を支払ってよいものか。
オウガは迷った。そして――
「――無理です。出せません」
「ふむ。そうですか。残念ですが無理強いはしませんよ。……まぁ、一月苦しむのを眺めているうちに気が変わるかもしれませんしねぇ」
助祭はオウガの様子からさすがに察したのか、嫌らしく笑う。オウガは複雑な思いだったが、話を変えるつもりで――ただ確認する程度の軽い気持ちで、尋ねた。
「――ところで、見て欲しいのは獣人なんですが、いいですよね?」
助祭から、表情が消えた。
「獣人? あの獣ども? 神の奇跡を畜生のために賜れと仰るのですか、あなたは?」
「え、いや獣人と獣は別っていうか同じ人じゃないですか……」
「我らヒトとケダモノが同じだと!? この不届き者め! 出て行きなさい! あなたに神の奇跡など起こりえません! 二度と来ないでください!」
卓上のコップを投げつけ、注がれていた水でオウガを濡らしながら、助祭の罵声が轟く。
次々と物を投げつけられ、反論もそこそこにオウガは部屋を放り出された。
「何なんだよ、もう……」
あまりの対応に困惑もあったが、怒りを通り越して、彼の中には呆れしかなかった。
(寄付金の話はあんなに楽しそうにするくせに。あんなの奴隷商人と違い無いじゃないか)
やっぱりアランの言う通り教会そのものがダメだったか、と諦めようとしたその時。
「どうしましたか?」
廊下に座り込んでしまっていたオウガに声をかけたのは、助祭の修道服に似た意匠の女物の黒い服を着た、透けるような銀髪の人間の娘だった。
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