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オオカミノ国  作者: 十乃字
一章・終わりは始まり
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1.終わりの日

初投稿です。よろしくお願いします。



「父さん見てみて、捕まえたよ!」


 こげ茶色の尻尾をブンブンと振りながら、少年が右手を高々と突き上げる。


 頭頂部の尻尾と同じ色の狼の耳をピンと天に立てた誇らしげな笑顔で自慢気に持ち上げたのは、まだ小さな白い兎だった。


「うむ。オウガ、よくやったな。しかしそれはまだ子供だ。逃がしてやりなさい」


 笑いながら戒めたのは、少年――オウガと同じように狼の耳と尻尾を持つ壮年の男。父親であるロウガは、息子の頭をワシワシと力強く撫でつけた。。


(ボクはもうすぐ8歳になるし、今だって立派に兎を捕まえたのに子ども扱いして! でも……)


 まだ小さな手の中、つぶらな真っ赤な目がオウガを見つめる。


(あーん、もう)


「バイバイ、早くおっきくなれよ!」


 足早に木々の中に逃げ込んでいく子兎に名残惜しそうに手を振る息子を見て、ロウガはさらに笑い声を大きくした。


「遊びは終わりだ。悪いが次は父さんの仕事に付き合っておくれ」



   ◇



「親方様、山の様子はいかがでしたか?」


「今年は山の恵みが豊富そうだな。オウガの奴が早速、子兎を捕まえていたよ」


「あの若さでもう……それは何とも将来が楽しみでございますな」


「そうか? まだまださ。小さすぎて逃がさせた程だ」


 そうは言いながらも、遠くで年の近い子供たちに楽しそうに今日の活躍を大袈裟に語っているオウガの様子に、柔らかく目を細める。


「して、親方様。村の者が噂をしていたことについては」


「ああ、山に人影が見えた、ということだったが……」


 ロウガが山に入ったのはオウガに狩り体験をさせるためだけではなかった。


 ここ最近、村外れの山中で灯りのような物を見た者や、誰かがいた気がする、という報告が相次いでいたのだ。オウガを連れて行ったのはあくまでもおまけであった。――建前ではあるが。


 様々な種類のいる獣人の中で耳がいい部類の狼獣人であるロウガは、山に入る前から今現在は誰もいないことに気づいていた。安全がわかっていたので、幼い息子を連れて行ったのだ。


「確かにいくつか人のいた痕跡はあった。しかし、どうもすぐに山向こうに去って行ったようだ。大方、どこかの村の狩人が迷い込んでいたんだろうさ」


 もし出くわしたら「ここはオオカミ族の村だ」と警告をするように皆に伝えてくれ、と話を締めくくった。



   ◇



「よう、親方様と山に行ってきたんだろ。どうだったんだ?」


 村の大人たちと話し込んでいた父ロウガと別れたオウガに、兄貴分である2歳上のハヤテが声をかけた。傍には同じ年のシュリ、3歳下のアヤリ、とオウガと年の近い狼獣人の子供たちが集まっていた。


 これで村の子供が全てというわけではないが、長の息子という立場のオウガに気安く接するのが特にこの3人だった。


「おみやげ? おみやげ?」


 一番下のアヤリは言葉少なに、しかし期待に輝いた瞳でオウガを見つめる。尻尾が振り回されてベシベシとハヤテに当たっている。


「ごめん、何にもないんだ。捕まえた兎も、父さんに逃がされちゃった。『小さい!』ってさ」


「う~残念……」


 キラキラが一転、尻尾も耳もしょんぼりとしなだれてしまった。


「でも、何かあんまり残念そうじゃないねぇ? むしろちょっとご機嫌?」


 オウガの顔を覗き込んでそう分析したのは、彼と同じ年のシュリだ。一まとめにされることが他の二人より多かったために、オウガがどことなく興奮していることに気づいた。


「実はね、兎を逃がした後は父さんについていっただけなんだけどさ。父さんって地面をちょっと見ただけで『ここに人がいたな』って言い当てちゃうし、山の中をテキトーに歩いていると思ったら『ここにも誰かいたな』って何か見つけちゃうし、ほんっとうにすごかったんだ!」


「ほう、さすが親方様だな。で、お前はその凄い業を教えてもらったりしたのか?」


「うぅ!も、モチロン……デスヨ? チョーヨユーナノデスヨ?」


「チョーヨユー!」


 固まったオウガを真似たアヤリを、シュリが窘める。


「もう、アホのマネをするんじゃないの。それで、オウガは何でそれでそんなに嬉しそうなのよ」


「それはね。父さんに――」


「おやかた様に?」


「――なーいしょ!」


「あ! もう! 逃げないでよ!」


「ないしょなのー?」


 逃げ去るオウガの背中をニヤニヤと見送ったハヤテに、アヤリが首をコテンと傾げて尋ねた。


「んー、あいつもまだまだオコサマってことかもな」


「オコサマー!」


「何よそれ……」



   ◇



「今日は大はしゃぎだったわね」


 ベッドに腰かけ、尻尾に抱き着くように眠る息子オウガの黒髪を優しく撫で、慈しむ目で見つめるのは同じく黒髪の彼の母――アイナだ。


「ただ山を歩いただけで狩りもさせてやれなかったんだが、何が楽しかったんだ?」


「バカね。あなたと出かけられたのが嬉しかったんでしょ」


 しきりに首を傾げるロウガの様子にアイナが笑う。その答えが予想外だったのか、ロウガが低く唸る。


「むぅ……。おんぶ一つであそこまで喜ぶとはな。あまりかまってやれていなかったか。だが、すぐに顔を見るのも嫌になるだろうさ」


「長からの修行は、とても厳しいの?」


「長だからかどうかはわからんが、俺はあの頃、父の顔は見るのも嫌になってたよ」


 ばつの悪そうな顔で後頭部を掻いた。


 オオカミ族に限らず獣人の多くは、技術や業を親が直接子供に伝授している。体が丈夫なためか出生率が低めなこともあるが、何より例え同じ種族であっても個人差が大きく、統一的な指導が困難なことが最大の理由だ。


 オオカミ族の村の長は必ずしも村で最も強い者である必要はないが、それでも求められる水準は高く、並みの大人に収まるのであれば長の座を降りなければならない。


 あの厳しさも親の愛だったか、と当時の苦行とそれを最愛の息子にぶつけなければならない現実に顔をしかめる。


「もう、この子も大人の仲間入りね」


「おいおい、気が早いな。長い修行が終わるまでは子供だろうさ」


 むしろもっと長い間子供でいてくれればいい、と我が子の寝顔に呟く夫に、アイナはコロコロと笑う。


 と、


 ザワリ。


「む?」


「あなた? どうしたの?」


 穏やかな表情が一転、壁を睨み、硬直するロウガ。


 異常を感じたのは壁ではなく、その遥か向こう――村を囲む山々。尋常では聞いたことのない獣たちのザワメキ。彼が長になってからどころか、彼が生まれてから初めてのことだった。


「山で何か起きているようだ。夜番の元に向かう。お前は――」


 気にせずに寝ろ、と続けようとしたロウガの頭に浮かんだのは、山中の何物かの痕跡。


(このザワメキは、今夜起きるべくして起きている?)


「――オウガを起こして出歩けるように準備しておいてくれ。女子供はこの家に集まるように指示を出すから、後は頼む」


「はい。……ロウガさん。気を付けて」


「うん、行ってくるよ」



   ◇



 個々人が優れた戦士になりうるオオカミ族の村には、職業としての警備兵や軍人はいないが、夜間だけは獣などの襲撃に備えて、持ち回りで村の男達が村の入り口で夜通し火を灯して警戒していた。


「何が起きている?」


「親方様! 私達にはまだ暗くて何も見えません。山の方が騒がしいのはわかるのですが……親方様にもわからぬのですか?」


 如何に聴覚が優れていようと、それが聞きなれない多数の音になると聞き分けることは困難だ。それは長と言われるロウガでも変わらない。


「俺にもまだわからん。が、長命令だ。村中の者を起こして、戦える者はここに、残りは長の家に集まるように伝えてくれ。行け」


「「「は!」」」


 ロウガの命を受け、夜番の男達が散って行く。


(俺はもう一度探ってみるか)


 背後の男達が村を走り回る音を意識の外に追いやり、前方に神経を集中させる。


 樹木に何かがぶつかる音、折れる音、擦れる音、地面を這う音、獣の鳴き声、ぶつかる音、折れる音、擦れる音――


 法則性。


(これは、何物かが意図的に起こしている音か!?)


「誰だ! そこにいるのはわかっているぞ!」


 意識を引き戻した瞬間、山のザワメキからオオカミ族の村に一直線に至る途上。わずかな地面を蹴る音をロウガは聴き分けた。


 暗闇の向こう、返事は無い。代わりに隠すことを止めた足音がロウガに近づいていく。


 呼吸を整え腰を落とし、戦う構えを取ったロウガの視界に、暗闇から暗い色のボロ布を纏った男が笑い声と共に浮かび上がった。顔を隠す気はないのか、狼獣人に似ているが少し横に広い耳が頭頂部に生えている。


「くっくっく、流石はオオカミ族の長だ」


「お前は……イヌ族のシヴァか!? 我が村に何用だ!」


「くはははは! この期に及んで、俺達が何しに来ただなんて子供でもわかるだろうよ」


 高らかに笑う犬獣人のシヴァの背後に、同じようにボロ布を纏った男達が次々と並び始める。


 当然ロウガも彼らが友好的に村に訪れたわけもないのはわかっていたが、少し冷静になった頭で考えながら、時間稼ぎのために疑問をぶつけていく。


「ヒト族との戦いのための戦士は送り出しているだろう。こんな田舎に引きこもっている我らの何が不満だ」


「不満、不満か……」


 シヴァは視線をロウガから背後の村に向け、次に自身の背後に控える男達を見て、最後にまたロウガを見つめニヤリと笑った。


「――あえて言うなら全てが、だな」


「なんだと!?」


「辺境に隠れてるだけのくせに獣人最強だなんだと持ち上げられる貴様たちの伝説を、今日俺たちが終わらせてやるのさ!」


 言うが早いか飛び掛かるシヴァ。ボロ布の下から突き出てきたのは鈍く光る片手剣だった。ロウガは労せずそれを避けながら会話を続けようとした。


「鉄の剣か。流石都会的なイヌ族は良い物持ってるな」


「田舎者には高価すぎるか!?」


 シヴァが鉄剣を弄びながらニヤニヤと笑う。その挑発に乗ったわけではないが、ロウガも腰に付けていた鞘から鉄のナイフを抜き放った。


「ははは、噂には聞いてたが、オオカミ族の獲物は随分と粗末だな!」


 シヴァの嘲笑に後ろで控えていた彼の部下もそうだそうだと笑いだす。


「質素倹約が信条なものでな」


 飄々とロウガが応じる。オオカミ族は地力で他の獣人族が恐れるような獣にも勝ててしまうため、武器に拘りがほとんど無い。そのため、戦力としての武器に拘らず、小さな鉄器を村全体に行き渡るようにしていた――大きな鉄器を作る余裕が無いのも事実ではあるが。


「ところでお前はさっきからにゃーにゃーうるさいがネコ族だったかな?」


「っ誰がネコだこの田舎者が!」


 露骨な挑発にシヴァが飛び掛かるが、ロウガは冷静に小さなナイフでシヴァの剣をいなしていく。がむしゃらに剣を振るうにつれ、シヴァの顔からも余裕が消えた。


「くそっ! ほんとにっ! 速ぇ!」


「息が上がってきたな。隙だらけだぞ。武器を置けば命までは取らんぞ」


「っ! ふざけるな!」


 怒りに任せ鉄剣を大振りに振ったその隙をロウガは逃さなかった。ナイフは鈍い光の線となって一直線にシヴァの胸元に吸い込まれて――弾かれた。


「なにっ!?」


 ロウガの目が驚愕に開かれる。


「鉄の鎧だと……? いくらイヌ族とはいえ……」


「正確には胸当てだがな」


 シヴァが纏っていたボロ布を捨てる。下に着こんでいたのは、鉄の胸当てを付けた革鎧だった。さらに示し合わせていたのか、背後の部下まで一斉にボロ布を脱いだ。次々に現れる鉄の剣や槍、そして胸当て。


 ロウガはさらに動揺した。イヌ族は数が多く、ヒトとの戦も含めた交流があるとはいえ、鉄が貴重であることはオオカミ族と変わらなかったはずだった。その貴重な鉄を、数え切れない程の兵士に、しかも武器だけでなく防具まで備えている。


 ここに至り、ロウガはイヌ族が数以上に、その装備と覚悟をもってオオカミ族を滅ぼしに来たのだと悟った。


「少し遊びすぎたな。お前ら、やれ!」


「貴様!」


 シヴァの指示で待機していた部下たちが飛び出し、次々に鉄剣を振るう。ロウガはそれを避け、払い、いなし、斬り返す。鉄が塞ぐのならば革を斬り、それも無理なら関節の繋ぎ目を突いた。


 一人斬り、二人斬り、ナイフが折れ、素手で三人目を手にかけ――。


 数多の刃がロウガを貫いた。


「グゥッ……!」


「ふぅ、流石に無傷でとはいかなかったな。だがこれでお前も、オオカミ族も終わりだ。おっと、卑怯だなんて言うな? 昔は何人で掛かろうがお前らは気にもしなかっただろう? 次からはちゃんと一対一でやりましょうってルールでも決めるんだな! はっはっはっは」


 無敵のオオカミ族をイヌ族が滅ぼす。そんな伝説を新たな伝説で塗り替えるような行為に、シヴァは興奮していた。


 そんなシヴァの自分に酔った演説を、ロウガは膝を屈し、静かに聞いていた。止めどなく血は流れ、朦朧とした意識で考えるのは、すでに振り向くこともできない背後の村――アイナとオウガ。


 ロウガは残された僅かな力で、遠く、家族に届けと――雄叫びを上げた。


「ん? それがお前の遺言か?」


 剣を振り上げ――


「じゃあ死ね!」




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