第2話 JIJIという名の、お爺ちゃん
『JIJIさんはですね。
この動画サイトでも、古参の実況者でして。
かれこれ7年近く、ゲームの実況動画を投稿し続けていたんです』
驚愕の動画鑑賞から少し時間を置き、私はさきほどのメールの人と電話をしていました。
この人の名前はKENさん。
何でも、祖父の………JIJIのファンで、生前の祖父とよく交流をしていたらしいのです。
『JIJIさんは、人気の実況者でした。
サイトの公式放送に顔を出したり、ゲーム会社のイベントに出たり。
ネット上では、そうとうな有名人だったんです』
『サイトでのコミュニティレベルはMAX
Twitterのフォロワー数は20万越え。
ネット上には沢山の有名動画投稿者がいますが、JIJIさんはその上位ランクに位置していました』
「は、はあ………」
KENさんが何やら説明してくれますが、あいにく私には良くわかりません。
私の訝しい声音に気付いたのか、KENさんが思いついたように提案してきます。
『そうだ! 試しに『JIJI』で検索してみて下さい。
きっと、お爺さんの痕跡が沢山出てきますよ』
KENさんに促されるまま、私はJIJIという単語でネットを検索してみます。
すると、そのトップに「JIJIとは」と書かれたページが見つかりました。
◇
■ JIJIとは
動画サイト『××動画』で主にゲーム実況を投稿する動画投稿主である。
■ 概要
軽快な語り口と、自分が高齢なことを利用した自虐ネタで人気を持つゲーム実況者。
××動画黎明期から一貫して動画を投稿しており、実況プレイヤーとしては最古参に位置する。
実況したゲームの数は膨大で、ドラゴンファンタジーシリーズやドキドキメモリアルシリーズなどが代表作。
ドラファンのようにキャラクター作成が可能なゲームでは、仲間キャラに『ユキナ』『マサユキ』など、JIJIの実在する孫の名前を使用することが多い(あくまで自称であり、上記の名が実際に孫の本名であるのかは不明)
ユキナに対する厚遇、マサユキに対する冷遇は有名。
当初は「爺さんっぽい声音を使った騙りではないか」と疑う声も多かったが、公式生放送にて素顔を晒し、実際に年配の男性であることを証明した。
■ これまでの実況まとめ
1 ジジイだけど、ボケ防止にゲーム実況してみる!(完結)
(秀吉の野望5)
2 ジジイだけど、ちょっと世界を救ってくる!(完結)
(ドラゴンファンタジー3)
3 尋常小学校しか出てないけど、青春を取り戻す!(完結)
(ドキドキメモリアル2)
4 JIだけど、JKと恋する!(完結)
(ドキドキメモリアル3)
5 ジジイだけど、彼女が出来ました………。(完結)
(ラブカケル×)
6 ジジイだけど、また世界を救ってくる!(完結)
(ドラゴンファンタジー5)
↓
↓
21 老い先短いジジイだけど、ちょっと世界を救ってくる!(進行中―――現在停止?)
(ドラゴンファンタジー7)
◇
「………」
記事を読みながら、私は黙り込んでしまいます。いわゆる絶句です。
本当に、このJIJIという人物は私の祖父なのでしょうか?
確かに、さきほど見た動画の声は祖父の物に酷似していましたが、似た声の別人かもしれません。
私はそう考えもしたのですが、記事に貼られていた写真によってトドメを刺されます。
記事の下の方に「公式放送時のJIJI氏」と記載され、しまりのない笑みで若い女の子と握手をしている男性の画像が貼ってありました。
すいません、これ私の祖父です。
まごうことなき、おじいちゃんです。
『どうです?
JIJIさんの記事が沢山あったでしょう』
何だか得意気な調子でKENさんが声を弾ませますが、私はどこか腑に落ちない気持ちで彼に問いかけます。
「祖父がこのJIJIさんであることはわかりました。
だけど、祖父はどうして手紙にKENさんの連絡先なんて書いたんでしょう?
私にどうしてもらいたかったんでしょう?」
『………そうですね』
KENさんは少し黙ると、言葉を選ぶようにゆっくりと私の問いに答えます。
『実は僕。生前のJIJIさんから一つ頼まれていたことがあるんです』
「頼まれていたこと?」
『ええ』
そう言って、KENさんはポツポツと祖父からの頼みごとなるものを語り始めました。
◇
話をまとめるとこうです。
ネット上で有名な動画配信者であった祖父には、かねてから悩み事がありました。
それは自分がいつまで動画を投稿出来るのか、ということ。
『JIJIさんはよく言っていました。
今でこそ元気だが、自分は高齢。
認知症だって決して他人事ではない。
不意にプツリと動画を投稿出来なくなってしまうかもしれない、と』
祖父は自分の趣味について、家族の誰にも話していませんでした。
そもそも、自分が最近ゲームをしていることも、インターネットをしていることさえ、秘密にしていたのです。
『やっぱり、家族の方には自分の動画を見られたくなかったようですね。
JIJIさん、結構な頻度で下ネタも混ぜますし………』
「それは言わなくていいです」
『す、すいません………』
祖父の懸念は、ゲームの実況が中途半端な状態で止まってしまうこと。
何でも『失踪』と言うらしいのですが………祖父はその失踪なるものを酷く嫌がっていたそうです。
『一度始めたからには最後までやり遂げる。
途中で止めるにしても、せめて挨拶だけはしたい。
生前、JIJIさんはよくそう言っていました』
そんな祖父が思いついたのが、孫―――つまり私へ動画を託すこと。
祖父はファンの中でも古くから付き合いがあり、信頼を寄せていたKENさんへ一つ頼みごとをしたらしいのです。
『自分に何かあって動画を投稿できなくなったなら………孫の幸那さんから僕へ連絡がくるようにしておく。
もし、幸那さんから連絡があったら、『JIJI』のことを教え、自分に代わって動画を最後まで終わらせるようにお願いして欲しい―――それが、JIJIさんが僕へ託した頼みです。
もっとも、頼まれたのは2年も前の話。
僕自身、何かの冗談かと思っていたんですけどね………』
電話の向こうで、KENさんが寂しげに笑います。
『今日、幸那さんからメールを頂いて愕然としましたよ。
確かに現在投稿中の動画はしばらく未更新。
更新頻度の高かったJIJIさんにしては異例のことです。
もしやとは思っていましたが………』
「………」
無言の私へ、KENさんが気を使うように伝えます。
『幸那さん、どうかお爺さんの動画を、完結させて頂けませんか?
JIJIさんが実況していたのはドラゴンファンタジー7というゲーム。
長いゲームなのですが、現在は序盤も序盤、PART4で止まっています。
JIJIさんのファンたちも、みんな冒険の続きを待っているんですよ』
「………勝手なことばかり、言わないでください」
『幸那さん?』
「お爺ちゃんも、KENさんも!
そのファンとか言う人たちも!
みんな勝手です!」
私は思わず電話に怒鳴ってしまいます。
何でかはわからないのですが、どうしても腹が立つのです。
「JIJIってなに!?
私、お爺ちゃんがそんなことしてるなんて知らなかった!
お爺ちゃんは何も教えてくれなかった!
7年前から動画を投稿しているって………私がまだ高校生の時じゃないですか!?
検索したら直ぐ出るような有名な人なのに………私、お爺ちゃんのこと何も知らなかった………」
そして、私は何も聞かなかった。聞こうともしなかった。
7年前と言えば、私がお爺ちゃんと疎遠になった頃。
私が「お爺ちゃん」という存在を忘れ始めた頃のことです。
JIJIという名の、私の知らないお爺ちゃん。
もし私が幼い頃と変わらず祖父と接していたならば………知らない人ではなかったのかもしれない。
悔しい。
孫の私が知らないことを、このKENという人は知っている。
ネット上に居る沢山の人たちが、私の知らない祖父を知っている。
その事実が、どういう訳か、だけど本当に………悔しい。
身勝手ですね、その通りです。
自分で祖父と疎遠になっておきながら、自分以上に祖父と親しい人がいることが、この時の私には悔しくてたまらなかったのです。
『幸那さん………』
私の八つ当たり染みた糾弾を受けても、KENさんは怒りませんでした。
むしろ、声音に申し訳なさそうな響きを込めて私に答えます。
『そうですね………僕のお願いは幸那さんにとって、不謹慎どころの騒ぎでは無いでしょう。
貴女はお爺さんを亡くしてしまったのですよね。すみません。
………だけど幸那さん。
非常識は承知の上ですが、せめてこれだけは聞いて下さい』
『JIJIさんは………貴女のお爺さんは、今も動画の中で冒険を続けています。
『次のパートでは、ここまで進めよう』なんて言葉を最後に、彼の冒険は止まってしまっているんです。
所詮はゲーム。所詮はネット上の動画。
だけど………僕の、僕たちの中ではまだ、お爺さんが生きている。
幸那さん、今すぐにとは言いません。
時間を置いて、心の整理がついてからで結構です。
どうか、彼の冒険を幸那さんの手で続けてあげてもらえませんか?』
「そんなの………私には関係ないです」
私が吐き捨てるようにそう告げると、KENさんは相変わらず申し訳なさそうな調子で答えます。
『そう………ですね。確かにその通りだ。
貴女の仰るとおりです。
うん。わかった』
そして、どこか諦観したようにゆっくりと口をを開きました。
『幸那さん。
貴女の家族の問題に、僕のような門外漢がでしゃばった真似をしてすみませんでした。
僕のことは忘れてください』
「え………?」
KENさんの言葉に、私は思わず声を上げてしまいますが、彼は気を取り直すように明るい調子で言葉を続けます。
『お爺さんのことは、僕が何とかファンたちに伝えてみます。
僕はJIJIさんコミュニティのリーダーですから、多少は口が利くのですよ。
幸那さん。大変な時に嫌な思いをさせて、本当にすみませんでした』
「け、KENさん………!」
『それでは、夜分に失礼しました』
そこで、電話はプツリと途切れてしまいます。
相手のいなくなった電話を持ったまま、私はどこか呆然と立ち尽くしてしまいました。
「KENさん………貴方はお爺ちゃんに頼まれただけでしょう?
嫌な思いをさせてしまったのは私の方です………」
私は本当に駄目な奴です。
見ず知らずの相手に八つ当たりするなど、大人の風上にも置けません。
いつまで経っても子供のままです。
だけど―――
私はため息と共に、部屋の壁を見つめます。
壁には、私の良く知る祖父が写真の中で、私の良く知っていた笑顔を浮かべていました。
「いきなりそんなこと頼まれても………。
私にはどうすればいいかわからないよ………お爺ちゃん」