表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

第1話 お爺ちゃんが亡くなりました。

『祖父が亡くなった』


 私が母からその知らせを受けたのは、仕事を終えた夕刻。

 とても寒い日のことでした。

 

 母の話では、祖父の死因は心筋梗塞によるものだったそうで、それまで何の前兆も無かったそうです。


 祖父は生前から「死ぬときは誰にも迷惑をかけず、ぽっくり死にたい」と言っていましたが、その言葉どおり、誰にも迷惑をかけずにぽっくりと亡くなってしまいました。

 本当に、誰にも迷惑をかけてくれませんでした。


 祖父は気丈な人で、80歳を超えても父や母に面倒を見てもらうことなく、一人きり。

 小さな家に一人っきりで暮らしていました。

 祖母は私がまだ小さかった頃に亡くなっているので、かれこれ20年以上、一人で暮らしていたことになります。


 私は小さな頃、祖父が大好きでした。

 祖父は陽気な性格で、私を色々な所へ連れて行ってくれて。

 夏休みや冬休みのたび、数日間祖父の家へ遊びに行くのを、私はとても楽しみにしていた記憶があります。


 それが、いつ頃からでしょう?


 高校生になり、大学生になり、社会人になって。

 私は祖父と疎遠になり、家に泊まりにいくことも無くなりました。

 大学生の頃など、私は両親からの誘いを断り、友達たちと遊びに行くのを優先していたのです。

 小さな頃に比べ少しだけ大人になって、幼い自尊心を持った私は「祖父の家に行く」ということが、何故か気恥ずかしいものに感じていたのです。

 社会に出て、忙しい喧騒の中で、祖父の姿がおぼろげに消えていってしまったのです。


 正直に言いましょう。

 私は両親から祖父が亡くなったと連絡を受けるまで『おじいちゃん』という存在さえも忘れてしまっていたのです。



 両親から祖父が亡くなったという報せを受け、私が急ぎ祖父の家へと向かいました。

 車を飛ばしていったのですが、祖父の家は今私が住んでいるアパートから遠く、私が到着したのは深夜と言っていい時間帯となっていました。


 祖父の家には私の両親や親戚の叔父さんたちが集まり、お通夜に服している所でした。

 家の居間には棺が置かれており、祖父の亡骸が安置されています。

 久しぶりに見た祖父は、私の知っている祖父よりもずっとお爺さんで、私がどれほどの間、祖父と会っていなかったのかということをまざまざと思い知らされるものでした。


 その後に行われた告別式や火葬、骨上げ。

 数日に渡ったせわしない葬儀の連続を、私はどこか現実味の無い思いで参加することになりました。



 そんな出来事が終わって、一段落がついたころ。

 私は両親から、遺品の整理を手伝って欲しいと乞われ、再び祖父の家へ向かうことになりました。


 私が一人暮らしをしているアパートから車で3時間。

 特に何かがある訳でもない、変哲の無い小さな町。その外れに祖父の家はあります。

 家の中には父や母、それに数人の親戚が部屋の中を整理していました。


幸那ゆきな、わざわざ来てもらって悪いわね。

 仕事休んできたんでしょ? 大丈夫なの?」


「大丈夫だよ………何か手伝うことある?」


「うーん、大体掃除は終わってるから大丈夫だよ。

 あ、でも、何かご飯買ってきてもらえる? 今日はみんな朝から部屋の整理をしていたものだから、何も食べていないんだよ」


「うん、わかった」


 部屋の掃除をしていた母に応え、私は近くのスーパーでお弁当を買って、また家へと戻りました。

 家に戻ると、整理が一段落したのでしょうか、両親たちが少し疲れた様子で待っていました。


「いやあ、それにしても親父。いつも、死ぬときはポックリ死にたいって言ってたけど、本当にポックリいっちまったな」


「最後まで頭もしっかりしてたしね。本当、何の迷惑もかけずに死んじゃったよ」


「何度か一緒に住もうって声は掛けていたんだけどな………自分のガキの面倒になんかなりたくねぇって、聞かなかったんだよ」


「お父さんはそういう人だったから………もうちょっと面倒を見させてもらいたかったんだけどね」


 母と叔父さんが、そんな話をしています。

 叔父さんは私を見つけると、声を掛けてきました。


「おっ、誰かと思えば幸那ちゃんか。久しぶりだねぇ。

 確か今は、都会で会社員をしているんだっけ? いやぁ立派になったもんだ」


「いえ………」


「ウチの息子なんて、もう30も近いってのにガキの頃と何も変わらねぇ。

 全く、幸那ちゃんを見習って欲しいもんだ」


「うるせぇぞ、親父」


「ははは………」


 少し酔っているらしい叔父さんの言葉に、従兄弟の正幸まさゆきくんが文句を言い、私は曖昧な笑みを浮かべます。

 叔父さんは少し声の調子を落とすと、そんな私に続けます。


「爺さんな………孫の中でも、幸那ちゃんが一番のお気に入りだった。

 夏休みなんかに幸那ちゃんたちが遊びに来ると、そりゃあうれしそうにしてたもんだ。

 忙しい中来てもらってすまなかったが、きっと爺さんも喜んでると思うよ。

 爺さんはいい孫を持って幸せモンさ」


 叔父さんの言葉に、私は胸がギュッと締め付けられるような気持ちになってしまいます。

 私はいい孫なんかじゃありません。


「ほら、兄さん。

 後片付けも終わってないのに、なに飲んでるの?」


「少しぐらい勘弁してくれよ。葬儀の手続きやら何やらで、最近気の休まる暇が無かったんだからさ」


 母に伴われて、叔父さんが再び部屋の整理へ戻っていきます。

 だけど私は、胸を押さえたまま動くことが出来ませんでした。



 午前中から始まった遺品の整理は、夕方頃になって終わりました。

 祖父はあまり物を持たない人で、遺品らしい遺品も無かったのです。


「じゃあ、また明日な」


 近所に住んでいる叔父さん一家はそう言って、自分の家へと帰っていきましたが、遠方から来ている私たちは、祖父の家に泊まることになりました。

 私は何となく、家の中を見回します。

 私が小さかった頃と部屋の様子はあまり変わりません。

 一人用の小さなちゃぶ台に、使い古された食器類。

 箪笥に本棚………本棚には私や従兄弟たちのアルバムが綺麗に整理されてしまってあります。

 テレビだけはデジタル化された時に買い換えたのでしょうか、私の知らない大きな物に変わっていました。


 庭には小さなキュウリやトマトの畑。

 小さな頃、私はこの畑から野菜を採って食べるのが大好きで、祖父と二人。縁側に並んで食べていた記憶があります。


『幸那ちゃんが来るから、採らずにとっておいたんだ』


 どこか記憶の片隅で、祖父のそんな言葉が蘇ります。

 畑は私の記憶と異なり、雑草が生い茂って荒れ果てていました。

 高齢となった祖父は、畑の手入れなどもう出来なかったのでしょうか?


 祖父と、最後にちゃんと話したのはいつごろだっただろう?

 私はもう、そんなことも覚えていません。

 だって、私はいつも自分のことばかりで………目まぐるしく変わる自分の人生に手一杯で、最近は祖父のことなんて考えたこともありませんでした。

 祖父があんなにヨボヨボのお爺さんになっていたなんて、知りませんでした。


 おじいちゃんは、この小さな部屋で一人きり、いつも一人でご飯を食べていたのでしょうか?

 年老いた体でヨロヨロと暮らしていたのでしょうか。

 誰ともしゃべらず、世界から忘れ去られたように生きていたのでしょうか。


「う………」


 気がつけば、私の目からはポロポロと涙が零れていました。

 祖父が死んだことが悲しいのではありません、祖父を一人きりにしていた自分があまりにも不甲斐なかったのです。

 おじいちゃんをこんな寂しい部屋で、一人きりで死なせた自分があまりにも情けなかったのです。


「幸那、どうしたの!?」


 母がそんな私を見つけて、心配そうに駆け寄ってきました。


「ううぅ………」


 私は母の胸に顔を当てると、まるで子供のころのように泣きじゃくってしまいました。

 20半ばも近いというのに、私は本当に駄目な奴です。

 子供の頃と何も変わっていないのは、正幸くんではなく私の方です。


「幸那………なんで泣いているの?」


「だって………」


 私は母の胸の中で、しゃくりあげてしまいます。


「だって、私、全然おじいちゃんに会いにいかなかった。

 あんなに優しくしてもらったのに、何も返してあげなかった。

 自分のことばっかり考えて、おじいちゃんのことなんて、滅多に思い出すこともなかった。

 あんなに大好きだった筈なのに………」


 途切れ途切れに話す私の髪を、母は優しく撫でてくれました。


「馬鹿だね、アンタは。そんなことを気にしていたのかい?」


「そんなことって………」


「いいんだよ、それで」


 母は私の肩を抱くと、私を見つめながらゆっくりと言葉を続けました。


「若い人はね、自分のことだけをしっかり考えてればいいんだ。

 年寄りの相手なんて、もっと年を食ってからでいい。

 幸那はしっかりした大人になって立派に生きてくれたなら、それがおじいちゃんやお母さんにとって一番の孝行なんだから」


「お母さん………」


「おじいちゃんが死んだのは寂しいことだけど、決して悲しいことじゃない。

 だって、おじいちゃんは立派に生きて、孫だってこんなに大きくなったんだから、とんだ幸せ者なんだよ?」


「………でも」


 私は大人と呼ぶにはまだまだ未熟者ですが、だからといってそんな気休めを真に受けるほど子供でもありません。

 どこか納得の出来ない表情を浮かべていたのでしょう。母が私の頭をコツンと叩きます。


「頑固なところは子供の頃から変わらないねぇ、アンタは。

 仕方ない………」


 母は少し困った表情でそう嘯くと、カバンの中をゴソゴソと漁り、中から一枚の封筒を取り出しました。


「本当はお斎が終わってから渡そうと思っていたんだけどね。

 そんな鼻を垂らしてるんじゃ、親戚に顔を出せないでしょ。

 これはいま、アンタに渡すよ」


「なにこれ?」


 母から受け取った封筒には、大きな文字で『幸那さんへ』とだけ書いてありました。


「おじいちゃんからの手紙。

 おじいちゃんね、生前に家族みんなへ手紙を書いていたみたいなの。

 それはアンタの分」


「何が書いてあったの?」


「アンタへの手紙なんだから、私が知っているわけないでしょ。

 ほら、泣き止んだのならさっさと寝る準備をしなさい。

 明日も早いんだから」

 

 母はそう言って、最後にもう一度私を撫でると寝床へ戻っていきました。

 私は一人。祖父からの手紙をパラリと開きます。

 手紙には祖父の達筆な文字で、私へのメッセージが書かれていました。



 幸那さんへ。


 お元気ですか? 

 お爺ちゃんは元気です。

 もっとも、今は元気だけど、お爺ちゃんもいい年だから………何かあったらいけないと思って、元気な内にこんな手紙を書かせてもらうことにしました。


 この間、お母さんから幸那さんが就職したと聞きました。

 おめでとう。これで幸那さんも一人前の大人です。

 

 社会はとても厳しい場所だから、きっと辛いことも沢山あるでしょう。

 でも幸那さんなら大丈夫。

 君は優しい人だから、きっと周りの人達が支えてくれる。


 幸那さん。

 君は本当に優しい子だったね。

 お婆ちゃんが早くに亡くなって、いつも寂しかったお爺ちゃんにとって、君は天使のような孫でした。

 畑で一緒に野菜を食べたり、一緒にお祭りへ行ったり。

 君との思い出を思い返すだけで、お爺ちゃんはうれしくなってしまいます。


 お爺ちゃんが死んだら、この手紙を君に渡して欲しいとお母さんに頼みました。


 幸那さんは悲しんでくれているでしょうか? それとも清々していたりして。

 どちらにしても、最後にこれだけ伝えたくて、お手紙を書かせてもらいました。


 幸那ちゃん、ありがとう。

 君が孫になってくれて、お爺ちゃんは本当に幸せ者です。



「お爺ちゃん………」


 手紙を読みながら、私はまた震えてしまいます。

 私が就職した。ということは、この手紙は2年ほど前に書かれたものなのでしょうか?

 

 祖父の想いを探るかのように、私は手紙をマジマジと見つめます。


 そして、あることに気付きました。

 祖父からの手紙。その裏面にも何か文字が書かれているのです。

 私は不思議に思って、手紙をクルリと回してみました。


 裏面にはただ一言。


『追伸。

 出来れば『https://xxxx@xxxco.jp』このアドレスに連絡して下さい。

 題名に「幸那」とつけてもらえれば、通じるようにしてあります』


 と、だけ書かれていました。

 

 え? メールアドレス?

 

 私は意外な気持ちで、そのアドレスを見つめます。

 私に祖父が電子メールを扱っている姿は想像出来ません。

 何と言うか………祖父はそういう人でなかったと思うのです。


 それでも、これは祖父の手紙………言わば遺書に書かれている連絡先です。

 私は直ぐに携帯を取り出し、その連絡先へメールを送ることにしました。


『タイトル 幸那です。

 突然のメールを失礼します。

 亡くなった祖父から、このアドレスへ連絡するようにと頼まれ、メールを送らせて頂きました。

 重ねて失礼なのですが………祖父と関わりのある方でしょうか?』


 文面はこれでいいでしょうか?

 正直、わけがわからなすぎて、どんなメールを送っていいかわかりません。


 まあ、2年も前の手紙。

 返信が来るかも不明なのですが………。


「!」


 そんな私の考えと裏腹に、直ぐに携帯からメールの着信音が鳴ります。

 メールの送り元は………あのアドレスの人。


『タイトル RE:幸那です。

 幸那さんですか!?

 なるほど………JIJIさんはご不幸に会われてしまったのですね………。

 最近、更新が滞っていたので、もしやとは思っていましたが………お悔やみ申し上げます。

 と言っても、幸那さんには何が何だかわからないでしょう。

 いま大変な時であるのは重々承知しているのですが………私はJIJIさんと約束しているのです。

 どうか、このURLの動画を見て頂けますか?』


 返ってきたメールを見ても、私には何が何やらサッパリです。

 結局、このアドレスの人は誰なのでしょう?

 文面にあった「JIJI」というのは何なのでしょう?

 ただ、メールに張られていたURL。少し不審ではありますが………私は思い切ってそのページを開くことにしました。


 開かれたページ。

 それは有名な動画サイトのようです。

 私はあまりインターネット自体をしないので、このサイトを見たことが無いのですが………名前くらいは知っています。


 ページが開くと、携帯から懐かしい祖父の声が響き渡りました。


『初めましての人は初めまして!

 そして、そうじゃない人は、こんにちは!!

 実況主のJIJIジージです!

 この間、『ダンジョンクエストⅢ』をクリアしたばかりなんだけど、もう我慢できねぇ!

 次はコメントでも希望の多かった『ドラゴンファンタジー7』をやっていくぞ!』


「???」


 私は思わず、携帯の画面を凝視してしまいます。

 動画ページには『(実況プレイ)老い先短いジジイだけど、ちょっと世界を救ってくる!(ドラゴンファンタジー7)』

 と、何やらタイトルのようなモノが書かれています。


 そして、動画にはTVゲームの画面と、何かコメントが表示されていました。


[タイトルでそうだろうとは思ったが、やっぱりJIJIか!]


[ドラゴンファンタジー7って………また長いゲームを]


[てか、ダンクエ完結したのって3日前だろ。

 どんだけ生き急いでるんだよ!]


 動画サイトの仕様なのでしょうか。そんなコメントたちが動画を横切って行きます。

 動画から流れる声は、どう聞いても祖父のモノ。

 私の記憶にある、祖父と全く同じ声でした。

 

 動画には「登録タグ」という箇所があり、そこに


『ゲーム』

『実況プレイPART1リンク』

『JIJI』


 などと、よくわからない文字が並んでいます。


『さて、ダンジョンクエストⅢは何とかクリア出来たのだが………如何せん、当方すでに82歳。

 いつお迎えが来てもおかしくない!

 ゲームをクリアするのが先か、人生をクリアしてしまうのが先か!

 さあ、JIJIの冒険、始まりだぁ!』


「お爺ちゃん、なにやってんの!?」


 祖父の思い出が詰まった部屋の中、画面の中には全く私の知らない祖父がはしゃいだ様子で大声を上げていたのでした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ