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初恋~一目惚れ~

 ジェラルド正統王国は、歴史の古い国である。世界中の国家を見回しても、並ぶものがない程にその歴史は長い。

 それ故だろう。

 国力という意味合いでは、甘く見ても精々中堅レベルに留まるというのに、国際的な場での無視できない発言権を有し、また今回の魔族討伐会議において、英雄召喚の儀を執り行う六つの国の一つに選ばれたのは。

 前者はともかく、後者については、この国の第一王子――ヴェルデシュタイン・シーラー・ヴァルドフェルドは、つい先刻まで消極的だった。

 千年も昔、世界を魔族の手から救った初めての英雄召喚によって呼ばれた英雄たちの伝説。

 時を経て蘇る伝説に名を刻むチャンスなのだから、本来であれば歓迎すべき事である。

 しかし、それは召喚された勇者に対して、十分以上の支援が可能な国であれば、の話である。

 先にも述べた様に、ジェラルド正統王国は精々で中堅レベル。厳しい土地柄故に、冬場になれば餓死者や凍死者が出る事もある事を考慮すれば、全くの発展途上国と言って良い。

 もしも、勇者召喚を行い、勇者を最優先に様々な便宜を図れば、結果として皺寄せが民へと向かう事は想像に難くない。

 だから、ヴェルデシュタイン王子は引き受けるべきではないと明言していたし、引き受けるなら引き受けるでその負担を軽減できるように周辺国や他の大国からの支援を引き出せるように準備すべきだと言ってきた。

 その甲斐もあり、一応、周辺国との連携を取れるように条約を結ぶ事も出来たし、先進大国の一つ、大陸中央部に大きな国土を持つ帝国との間にも、非公式にではあるが協力の約束を取り付ける事も出来た。

 しかし、その分の取り分もきっちり要求されたし、やはりすべきではなかった、と、後悔していたのだ。

 つい先刻、英雄召喚の儀が終わるまでは。

 ああ。俗物だと罵ってくれて良い。ピンク色の脳味噌をしていると言ってくれて良い。

 王子としての面子やらプライドやらを捨てた上で断言する。

 ヴェルデシュタイン王子は、召喚された勇者、サクラ・クロガネに一目惚れをしてしまったのだ。

 正直な話、今まで女の取り合いで滅びたり衰退した歴史の中の国々とその王たちを、王子は内心で馬鹿にしてきた。私情を挟んで国家の判断を誤るなど、愚の骨頂だと本気で思ってきたのだ。

 だが、彼は見事な掌返しを見せた。

 愚かだったのは自分の方だ。世の中には、全てを賭けてでも手に入れるべき女という者が存在するのだ。

 内心で、大地に額を擦り付けんばかりの本気の謝罪をした王子は、一八〇度態度を変えた事で不審がる父や大臣たちを差し置いて、関係各所に勇者サクラに最大限の便宜を図る様に根回しを始めた。

 取り敢えず、大まかな話を纏めたので、今度は本人との話だ。王子の立場にかこつけて親睦を深めようとしているなどと言ってはいけない。

 軽い足取りでヴェルデシュタイン王子は、勇者サクラの泊まっている部屋に向かう。

「む?」

 王城の中で最高級の客間へと辿り着くと、扉の前には二人の衛士が付いていた。

 王子の登場に気付いた衛士は、踵を鳴らして直立の姿勢を取りながら、

「これはヴェルデシュタイン第一王子!」

「言われずとも自らの名くらいは知っている。君達は、勇者サクラ殿の護衛か?」

「はっ! 御父君、ヴァルトラウテ王より、勇者様の身辺を御守りする様に、との命令であります!」

「そうか。いや、ご苦労。彼女は我が国の賓客。何かあっては取り返しが付かんからな。護衛の任、しっかりと頼むぞ」

「はっ! 有難きお言葉、確かに頂戴いたしました! この任、命に変えましても務めあげます!」

 二人を労った王子は、そのまま扉に手を掛けようとする。

 しかし、兵士たちは持っていた槍を交叉させて、その道を塞ぐ。

「何のつもりかな?」

「申し訳ありません! しかし、御父君からは誰も通す事はならぬ、との命を受けております!」

「それは、第一王子である私であっても?」

「例外は無い、との事です。どうか、ご理解の程を」

「理解はした。しかし、それを受け入れる訳にはいかない」

 槍の交叉している部分に手を載せる。二つ纏めて握り締めた王子は、冷ややかな視線を衛士たちに向けていた。

 衛士たちは背筋を凍らせていた。立場だけの話ではない。単純に、自分たちが持つ武力では、目の前の男には歯が立たない事を理解しているが故に、恐怖を抱いたのだ。

「父上にも困った物だ。謁見の場での騒ぎの所為で、どうも不安を覚えているようだな」

 この衛士たちが、本人たちには自覚の無いサクラに対する見張り役である事を、そしてその命令をするに至った父の内心を、瞬時に看破した王子は、底冷えのする呟きを漏らした。

 彼が指に力を入れる。

 仮にも勇者に付ける護衛。練度だけでなく、装備も最上級であり、槍の柄一つとってもそこらの物とは比べ物にならない。

 それが、一人の男の、ただの握力で軋みを上げていた。

「君達に落ち度はない。もしも、父に何かを言われたら、あるいはただクビを通告されたら、遠慮せずに私の名を出して抗議してくれて構わない。全ての責任は私が取る」

 だから、

「だから、そこをどけ」

「で、出来ませぬ! 命令は何者をも通すな! 貴方様であっても、それは変わりません!」

「どうしても行かれるというのならば、どうぞ我々の命を奪って下さいませ! ジェラルドの国に捧げた命、その主に捧げられるのならば本望であります!」

 恐怖に震えながらも、忠誠心に従って立ちはだかる衛兵二人。

 その悲愴な覚悟に、王子は嘆息した。

(……父上め。良い兵士に目を付けたな。こいつらを殺して行く訳にもいかんか)

 これだけの忠誠を示す兵を、いたずらに殺してしまうのは国にとって大きな損失だ。

 強引突破は難しいと判断した王子は、父に直談判して許可を戴いてこようと方針転換する。

 槍から手を放した彼が、踵を返そうとした瞬間。

「ねぇ。そこの人と話がしたいんだけど?」

 閉ざされていた扉が内側から開き、ヴェルデシュタイン王子が直談判をする必要が無くなった。


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