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三千年の約束  作者: ササキノボル
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変えられぬ罪

  このおれが何者か知りたいか?

  遊び半分な気持ちはおれにとっちゃ迷惑だ、悪いが帰ってくれ。そんなやつらに教えられることはなにもないんだ。おれが何者か知りたいんなら、それなりの覚悟を決めろ!

  それができたら教えてやる。

  だがその前に、おれの話を聞いてくれ・・・。



  第一章・・・「変えられぬ罪」



  おれは人じゃない。

  おれは人によって作り出された存在だった。これは後に知った事だが、宇宙の根本にある二つの大元素の一つ「陰」と呼ばれるもの、おれの体はそれで出来ている。おれを創造した巫女は言うまでもないが、人間界では一流の凄腕だった。彼女から数えきれないほどたくさんの事を学んだ。そしておれが見える、唯一「色」を持つものでもあった。

  そうだ。

  彼女だけが周りと違って「死灰色」じゃなく、「青磁色」だった。その言葉も彼女から教わった。ゆびで指し、これはなんだっと彼女に聞いた。彼女はセイジと答えてくれた。それからセイジ、セイジと何回も繰り返して覚えた。

  そうだ、彼女の色。

  「青磁」って言うんだ。

  青磁は人だけで出来ている集団の頭領だった、類い稀の才能の持ち主だった、人々の心の拠り所だった。そして、他人の全てを欲しいままにできるんだっと教えてくれた。しかし、そんなことはおれにとってどうでもいいことだった。おれが知りたかっているのは、おれが何者で、彼女はなぜおれを作り出したのかってことだけだ。だがしかし、おれが得た答えはあまりにも奇妙で、理解に苦しんだ。

  青磁はおれの質問に戸惑い、目をそらして俯いた。

  それからしばらく考えてから教えてくれた。

  不老不死のためだっと彼女は言った。

  不老不死ってなんだ?分からないよっとおれは聞き返した。

  それはつまり永久に老化せず、死んで亡くなることも決して無い、人ならば誰しも願ってやまない夢のような出来事だっと青磁は教えてくれた。彼女のようなときの権力者が生涯をかけて探し続け、莫大な犠牲も厭わぬほど大事なことのようだった。

  それでも、おれは理解できなかった。

  なぜ青磁はいつも嬉しそうな顔をして、不老不死について語っていたんだろう。

  青磁は見つけたんだ。この宇宙の象る二つの元素の一つ、「陰」を見つけた。しかし、彼女の凄さは見つけてはいけないものを見つけてしまったことになく、形が定まらない「陰」を一つの塊に繕い、生命の息まで吹き込めたことだったんだ。神様というものがもしも、実在するのならば青磁は間違いなくそれにもっとも近いところにいる。

  青磁の考えは正しかったんだ。

  「陰」だけで作り上げた生命体は、全ての人間に課せられた輪廻転生の域を越えた。つまり、青磁は不老不死を手に入れたも同然だった。そして、おれがその証拠だ。


  おれを作った人が青磁で本当によかった。そうじゃなければ、骨の髄まで恨んだに違いなかった。しかし、青磁にそんなことはできなかった、おれは彼女を愛しているからだ。その時のおれは愛という物の存在でさえ知らなかったが、愛は確かにあった。実験品でも、飼い犬だろうとおれは何でも構わなかった、青磁のそばにいられたら、それだけで生きている実感が湧いた。彼女の言葉も、その笑顔も、行動の一つ一つがおれの世界だった。おれは救いようがないほど、青磁を愛してしまった。

  なぜだ?

  存在するはずもなかったおれが。

  愛を覚えてしまった。

  おれはいまだに疑っている。おれは失敗作じゃないのか、青磁が作り出したただの欠陥品。いらないものまで覚えて、青磁に迷惑かけてしまってないか。しかし現実はその真逆だった。青磁が妖術師としての力の結晶がおれだったんだ。「人」そのものに限りなく近いが、「人」の理から外れている。先も言ったが、神様にもっとも近い場所に青磁はいるんだ。

  だがしかし、一つだけが青磁の予想を超えた結果となった。その一つが全てを変えてしまった。この物語の結末もやつが変えた。いま思い出してみれば、これが正しく「因果」というものだっと納得できた。そいつはいつも突然と姿を現して、周りをめちゃくちゃしていく帰っていく、いたずら好きなやつだった。しかし、その時のおれはわかってあげられず、やつに思う存分に苦しめられていた。

  おれは「陰」そのもの。

  周囲にある全ての「陰」を巻き込み、日々成長を遂げていた。これぐらいのことなら青磁の予想内にあったが、問題は成長の速度だった。ひょっとして、おれが人の感情を持ってしまったのも、驚異的に進化しつづけた結果だったのかもしれない。理由がどうであれ、勝手に成長しすぎてしまったことに変わりはなかった。そして、おれは青磁が制御できなくなるほどに強くなった。

  しかも、おれはバカ正直だった。まさか、自分が青磁を超えて彼女を脅かす存在までなったとは、夢にも思わなかったのだった。大バカ野郎のおれが感じた事と言えば、青磁がおれに対する目線も態度も日々、冷たくなっていたことだけだった。

  おれが悪いのか?

  おれは何もしていない!

  青磁が悪いのか?

  そんなこと、考えたくもない。

  青磁と一緒に居られる、おれはそれだけで十分だ。他はどうなったっていい、成長なんかもいらない、不死身じゃなくてもいい、おれは世界が朽ち果てるまで彼女の側に居たいんだ。おれのことも同じように愛してくれなんておぞましいことも絶対に言わない、青磁の側に居たいだけなんだ、それだけでいいんだ。

  おれはこの思いを青磁に伝えた。

  しかし、彼女は信じてくれなかった。

  その時、おれは初めて「悲しみ」というものを知った。胸はきつく締め付けられるが、おれはどうしようもできなかった。時間が経ち、「悲しみ」が勝手に薄れるまで、好きにさせるしかなかった。

  なぜ信じてくれないんだ?

  いっぱい考えても答えは出なかった、出るはずが無かったんだ。なにせよ、おれは単純な頭でっかちで大バカ野郎だったんだからな。笑える。いつしかおれは青磁の顔色を窺うようになっていた。彼女の機嫌を損なわないように、できるだけいい子にしていた。彼女の言いつけなら何かなんでも守った。しかし足りなかった、青磁はおれに心を許さなかった。

  悲しい。

  おれはただ、悲しかった。

  おれには青磁だけだ、彼女がおれの世界そのものだった。青磁に冷たくさればされるほど、世界は凍り付いていた。恐くて、恐くてたまらなかった。おれはいつしか、逃げる事ばかり考えるようになっていた。ほの暗いこの部屋から、青磁の視線から居なくなれば彼女は怒らなくても済む、笑えるほど幼稚な発想だったがおれが思いつく唯一な方法だった。

  そしてある日、おれは青磁の禁令を破り、重い石造りのドアを押し開けて外に出た。

  

  外の世界は初めてだ。

  とても眩しかった。

  強い光りに目を細め、おれを取り囲む緑色を見渡し、戸惑いながらもおれは歩を進めた。目的地もなくひたすらと歩き続けた。色がたくさんあった、ほの暗い部屋では決して見られないものばかりだった。世間知らずのおれは周囲の全てに関心をもった。飛び出す鳥に驚かされ、川に流れる水も口にしてみた。ちょっとした物音ですぐ振り向いて、それは何なのかを調べた。木々がきれいだった。流れる風を捕まえようと手を伸ばした。走り去る動物の後を追ってひたすら走った。青い空をただ見上げて、その先にあるものは何だっと考えた。

  おれにとってここにある全てが幻想的だった。

  それからおれの周りに、青磁と同じ形をした「人」が現れた。その数に驚いて言葉が出なかった、人がこんなにもたくさん居るんだなんて、本当の青磁がわからなくなったらどうしようっと、バカなおれは本気で焦ってしまった。しかしよく見てみると、みんな大体は似ているが微妙に違うところがあるんだとわかって、妙な安心感を覚えた。

  人が増え続け、気がつけばおれは彼らに囲まれた。

  どんよりとした何かが全身へ伝わっていく。後にわかった事だが、それは人が群れを成す時に生まれる異質な「陰気」だった。おれは知らずのうちにそれを吸収してしまった。あの血生臭い感覚はいまでも、おれははっきりと覚えている。暴れやすくて扱いづらい、おれはそれが嫌いだ。そして、おれの体も容貌も異質な陰気によって一変させられてしまった。

  おれは「化け物」の容姿になってしまった。

  全身の皮膚のツヤは消え、無数のシワが寄せ合う凶暴な形相になっていた。眼窩がひどく凹みいくに連れて、骨格そのものが変形してしまい、おれはあっという間に「人間」じゃなくなっていた。周囲にいる人たちは次第に騒がしくなっていた。彼らは怖がっているんだっとわかった、なぜならそんな陰気がとめどなく流れ込んできたんだ。いいや、恐怖だけじゃなかった。中には嫉妬や貪欲、怒りや怨念、不平などさまざまな異物が入れ混じった「陰気」だった。

  おれは吐き気を覚えた、汚いものを飲み込みすぎたかもしれない。頭が驚くほど重くなって、もう何も考えられなくなっていた。本能が赴くままに身を任せ、おれもますますと恐ろしい化け物へ変貌していた。

  なぜだ。

  人がおれを怖がれば怖がるほど。

  「陰気」は強くなる。

  そんな「陰気」がおれを化け物に仕立てる。

  そうだ。

  終わることの無い負の連鎖がそこにあったんだ。

  そして、おれを取り囲む人の群れはあるものを思い出させた。青磁の冷めきった目だった。それに見られる度、心はどうしょうもなく痛くなる。そしてこの時、おれは初めて「怒り」を覚えた。まるで切られているような感覚だった。体が言うことを聞いてくれない、それを抑えようと自制心は動くが何もかもが遅すぎた。だからおれは叫んだ。

  やめてくれ!

  おれに構うな!

  あっち行ってくれ!

  たのむから!

  おれを一人にしてくれ!

  しかし、周りの人は誰ひとり耳をかしてくれなかった。立派な鎧を身に纏った戦士が駆けつけてきて、おれを包囲するなり、白刃を構えた。彼らは一体何をしたいのか、おれにはさっぱりわからなかった。おれを歓迎していないことだけは確かだった。立派な鎧を纏った戦士たちは怯えていた、おれは彼らの気配からそう感じた。見たこともない化け物を目の前に、溢れ出る恐怖心を押し殺し決しているが、みんな心底ではおれを恐れていた。いいや、彼らは死を恐れているって言った方が正しかったかもしれない。

  もう、うんざりだ。

  出てくるんじゃなかった。

  青磁のところへ戻りたい。

  おれはひどく後悔した。その思いに動かされ、おれは後ろへと一歩下がった。その時だった、一人の若い戦士が己の恐怖心に押し負け、刃を突き立てて突進して来た。彼から匂う「陰気」から感じたんだ、やつはおれを殺す気だ。

  しかし、おれにはわからない。

  彼らはなぜこんなことを選んだ?

  何が彼らをそうさせたんだ?

  当時のおれに考えさせても無駄だった、おれは単細胞なアホでめでたいバカ。理由なんているもんか!てめが恐いからだ!てめに怯えて暮らすぐらいなら、こっちから仕掛けてやる。

  想像力が人を怖がらせる。

  想像するから恐くなるんだ。

  そうだな、これからは何も考えない事だな。

  戦士は「白銀色」の刃を振り下ろし、おれの皮膚は切り裂かれてしまった。おれは突っ立ったまま避けなかった。知らなかったからだ。彼らが手にするものは他人を傷つけるためにあるんだってなんて、本当に知らなかったんだ。

  痛かった。

  斬られて、初めて感じた痛み。

  「赤紅色」の血が切られたところから溢れ、無知なおれはまんまとそれを見つめてしまった。今思えば、それが何よりもまずかった、理由は直にわかる。

  おれは食い入るように見つめ、「赤紅色」の渦に巻き込まれてしまった。

  一瞬。

  目の前が真っ赤になった。

  気がつけば、おれは斬りかかって来た若い戦士の首を掴んでいた。彼は苦しそうにもがいていたから、他の戦士が慌てて助けるため近寄ってくるが、みんな怯えていた。するとおれの体は勝手に動き出した、いいや、正しく言えば、この場にいる人たちから吸い取った「陰気」に突き動かされたんだ。

  もっと感じたかった。

  おれの腕は戦士の胸ぐらを貫き、傷口から吹き出す「赤紅色」を全身で受け止めた。気持ちが爽快だ、もっとだもっと、全然足りないっとおれは取り囲む戦士たちに自ら飛び込んだ。驚くほどに体は軽快になり、殺戮の嵐がおれを取り巻いて放さなかった。それがまるで、餓え死ぬ狼が鶏の群れに突っ込んでいたかのようだった。人々の断末魔のような叫び声は、いつまでも鳴り止まなかった。


  どのぐらいの時間が経っただろう。

  目が醒め、おれは血まみれだった。

  あたりを見渡すが、人は一人も残らずみんな死んだ。高く積み上げた屍の上に、おれは立っていた。これはおれがやったんだ。どうすればいいかわからなくなった。帰りたかった、おれが居るべき場所、あのほの暗い部屋へ帰りたかった、青磁がおれの帰りを待っているかもしれない。ここでの出来事を何もかも忘れて、帰りたかった。

  今でも、おれは思うんだ。

  もしも、時間は本当に巻き戻すことができて、おれは外出することを断念したのならば、どんなに幸せなんだろうって。

  振り返ると、青磁がそこにいた。血を浴び、魔人と化したおれをじっと睨んでいた。彼女の顔は歪んでいた、爆発する寸前の怒りに歪まされていたんだ。その目は刃よりも鋭く、おれの心へ突き刺さった。そんな彼女を直視できず、おれは俯いてしまった。

  ごめんなさい。

  おれは理由もなく謝った。いったいどこがいけなかったのかはわからなかったが、恐い顔をする青磁を前におれ謝らずにはいられなかった。あいつらが先にやったんだっと、おれは何も悪くないっと青磁に説明した。ごめんなさい、もう二度としないっと約束もした。

  しかし、青磁は信じてくれなかった。

  青磁は両手をかざすと、そこから炎の塊が突如に吹き出し、おれはあっという間に炎に飲み込まれてしまった。痛かった、とても痛かった。炎は一瞬にしておれの皮膚から肉まで燃やし尽くした。だがしかし、おれは「陰」そのもの、周りの「陰気」を巻き込み、傷口は一瞬にして治った。

  それを見た青磁の顔色は一層険しくなった。

  間髪入れずに襲って来た氷山はおれを粉砕したが、術印を結ぶ青磁の手は止まらなかった。イカズチの槍が形を整えるなり、おれに目がけて飛んで来た。だがしかし、おれは青磁の傑作、不死の体。どんなに傷つけようと絶対に消す事が出来ない、それは人々に神様として崇められる青磁にしても無理なことだった。

  やがて、青磁の奇門遁甲はおれに通用しなくなった。

  「陰」は再生する度に強化され、おかげておれは強靭な胴体を手に入れた。だがしかし、いつまで経っても癒えない心の傷は血を流して、おれを痛めつける。腕も上がらなくなるほどに、力を使い果てた青磁はおれを睨み付けた。その目は凍りつくほど冷たかった。

  ごめんなさい!

  許してくれ、二度とあの部屋から出ない!

  約束する!

  おれは必死にそれを伝えるため、彼女に歩み寄った。そうはさせないと言わんばかりに青磁の頭上に巨大な力が再び集結し、容赦なく襲いかかってくる。青磁の術はどれもこれも恐ろしいものばかりだった、巨大な力を前におれはぬいぐるむのように吹き飛ばされ、躯体は塵と化した。その直後におれの躯体は「陰気」によって再生され、望もうと望むまいと関係なく。

  絶望的だった。

  おれも、青磁も。

  彼女は目の前にいる不死身な化け物を睨んだまま、激しい怒りを噛み殺すこと以外どうすることもできなかった。きつく締めた顔からおれは感じ取れた、骨の髄まで恨まれていることを。彼女ほどの人間もおれをどうすることも出来なかった。でも青磁はわかっているのかな、無傷なのは見た目なだけで、内心はずたずたに蹂躙されて息もできないんだ。

  もう、これ以上何も考えたくなかった。

  身勝手なおれは青磁を一人置いて、その場から逃げ出した。


  山の奥深くへ逃げ込んだおれはとある洞窟を見つけ、そこに隠れた。

  おれは帰りたかった。

  あのほの暗い部屋へ帰りたかった、青磁のところへ帰りたかった。なぜこんな目に遭わなくてはならないんだ!おれのどこが間違ったんだ!

  身を潜めている間、おれはこのことばかり考えていた。おれは不死身を恨んだ、自分自身を責めた。青磁が苦しい思いをしたのはおれのせいだ、青磁はおれの死を望んでいる、けれどおれは死んであげられなかった。おれは彼女の術に消されてしまえばよかったのに、そうすれば青磁も苦い思いをしなくて済んだ。

  冷たい洞窟の中、おれは一人ぼっり。


  彼女に会うため、洞窟から出たおれはほの暗い部屋へ戻った。だがしかし、おれを待っていたのは想像を絶するほどの恐ろしいものだった。

  何十人もの妖術師が編み出す術の方陣、その中心に青磁はいた。

  しばらく見ない間、彼女はすっかり痩せ細っていた。おれはそんな青磁の姿を見て、彼女のことが心配で気が気で無かった。

  突然に、何十人もの妖術師が一斉に呪文を唱え始めると、大地に刻まれた術陣は光りを放った。青磁はおれを消滅させるためだけに、破壊にのみ司る魔物を異次元より呼び寄せた。この世にこれほどの恐ろしい魔物は存在してもいいのだろうかっとおれは疑った。巨大な魔物のひと振りで、おれは空中に舞い、地面に叩き付けられてしまった。たっだそれだけで、全身の骨は粉々に砕け、四肢は剥がれちぎった。だがそれでも、陰気は一瞬にしておれを再生した。

  広大なるこの宇宙に「陰」が存在する限り。

  おれは死なない。

  望もうと望むまいと関係なく。

  巨大な魔物は忠実にその獲物を捕らえては千切り、派手に暴れ回った。その間も、おれは生と死の狭間を彷徨いつづけ、苦痛という苦痛に蝕まれた。

  もう、好きにしてくれ!

  いつの間にか、おれは諦めた。疲れ果てたんだ。殺すならそうしろよ、おれを粉々に砕いてから地獄の業火で燃やし尽くせ!

  しかし、おれは見た。

  魔物を呼び寄せる方陣の中心にいる青磁を見てしまった。彼女は苦しいそうに両目を閉じ、血が出るほどきつく口を噛み締めていた。光りを放つ術陣はまるで巨大な蛭、青磁の魂ごと吸い出そうとしているようだった。青磁はそれでも踏ん張って方陣を維持し続ける、この全てがおれを抹消するためだった。おれは悟った、これほど恐ろしい術陣は施術者の命と引き換えだ。

  青磁が命を削っている。

  おれのせいで。

  あまりの衝撃でおれは言葉を無くして、思考は停止した。

  こんなのあんまりだ!

  惨すぎる!

  魔物の一振りで、消し飛ばされた躯体はすぐさま再生した。どうして運命って、こんなにも残酷でなければならないんだろう。おれはなぜ彼女から生を授けて、この世に生まれ落ちたんだろう。おれは単純に青磁を愛しているだけ、たっだそれだけなんだ。おれは声の限り叫んだ。

  青磁!

  やめてくれよ!

  青磁が死んでしまう!

  もう、やめてくれ!

  お願いだ!

  やめてくれ!

  しかし、青磁はまるで聞こえなかった。だから、おれはその場から逃げ出した、青磁がこれ以上自分に無理をさせないために、青磁を守るために。


  理由が欲しかった、どうして青磁はおれなんかを作ったんだ。なぜおれを作っといてから消そうとするんだ、自分を犠牲にしてまでも。

  最初からおれなんか、作らなければよかったんじゃないのか?

  あの洞窟へ逃げ込んだおれはどれほど悲しんだか、どれほど泣いたか、どれほど叫んだか、だれにもわからない。おれは一人ぼっちだ、生まれてからいままで、そしてこれからもずっと。

  だから、おれは決心した。

  青磁が自らの命を削る姿なんて、おれはもう二度と見たくない。おれさえいなくなれば、青磁もあんな無茶はしない。おれが消えていなくなるのを青磁は望んでいる、ならば、おれは二度とこの洞窟から出ない、二度と青磁に姿を見せない。おれはそう決めて、誓いを立てた。

  世界が終わるまでに、おれはどこへも行かない。

  青磁がそう望んでいるのだ、だからおれもそれに従おう。これから先に何千年続こうか、何万年続こうか関係なく、どんな苦痛でもおれは耐えてみせる。全てが青磁のためだっと、おれはそう自分に強く言い聞かせながら暗闇のどん底で静かに涙を流し、時の終焉がやって来ることを待つことに決めた。

  だがしかし、青磁はこの洞窟を探し当て、一人でやってきた。

  最初は嬉しかった、しかし久しぶりに会う青磁を見た途端、喜びは悲しみへ変わった。そのやつれ果ててしまった顔、まるで歩く屍のようだった。妖術師としての風采は見る影も無くなっていた。心が痛まずにはいられなかった、他人に鷲掴みにされて握りつぶされてしまったかのようだった。

  どうしてだっとおれは青磁に聞いた。

  おれのどこがいけないんだ?

  なぜここまでするんだ?

  どうして青磁が命を削らなければならなかった?

  暗い洞窟のどん底、青磁はやって答えてくれた。おれはどこも悪くないっと、青磁は言った。全ての責任が自分にあるっとも言った。「陰」を見つけてしまったのも、踏み込んではいけない領域を侵したのも、私利私欲で他人を愚弄したのも自分だっと青磁は言った。おれは初めて気付いた、青磁もいっぱい泣いた、そのやつれた顔に涙の後がくっきりと残っていた。

  青磁は続けて言った。

  おれは「陰」によって作られた存在、殺戮と破壊そのものを意味する。人の世に残してしまうと世の中をへ滅へ導く存在になりかねない、その責任を青磁はとらなければならない。

  おれは驚いた。

  おれはそんなことをしないっと言った、この世の中なんざ死ぬほどどうでもいい、青磁と一緒に居たいだけなんだ、それだけでいいんだ。すると青磁は笑った、おれを信じるっと彼女は言ってくれた。青磁だって全てを捨てておれと一緒に居たかった、でも、青磁が亡くなった後は?その時はどうするんだ?っと聞かれた。

  頭は真っ白になった。

  そうだった、おれは不死身だが青磁は人、いずれは死ぬ運命。おれは未だに覚えている、絶望感にとことん打ちのめされてしまった。おれはひたすらに呪った、こんなおれ自身を、世の中を。青磁は黙ったまま、方陣を光らせた。青磁は誰の力も借りず、たった一人であの魔物を召喚できた。

  頼む!

  青磁!

  やめてくれ!

  おれは地獄の業火に耐えながら叫んだ。おれは不死身、どんなことされようと消えないんだ、青磁もそれを知っているだろう、これは自殺行為に等しい、それだけは・・・。

  それだけは・・・。

  それだけは・・・やめてくれよ!

  青磁は術陣を止めなかった。儚い微笑みを見せ、これが私たちの運命かもしれないっと言った。巨大な魔物の一撃で、おれは塵と化しては再生した。激痛に耐え、おれは青磁が言った「運命」という言葉の重みを噛みしめた。そうだな、不思議だ、運命よ、運命!身に降りかかる全ての不条理を強引に解説しようとする、ふざけた言葉!

  運命!

  これが運命!

  歪みに歪んだ摂理の中に生まれ!

  苦痛に身を刻まれるのがおれの運命!

  くそったれな運命!

  ふざけんなぁ!

  何が運命だ!

  おれは青磁と一緒に居たいだけなんだ、それのどこがいけないんだ?青磁、おれのこの願いがおこがましいっていうのか?青磁さえ無事でいればおれはどうなってもいい、それもいけない事だっていうのか?

  狂乱状態に陥ったおれは叫ばずにはいられなかった、吠えずにはいられなかった。

  教えてくれよ!

  青磁!

  おれたちはどうして一緒になれないんだ?

  どうして摂理に呪われなければならないんだ?

  青磁は手を止めた。術陣の光りは次第に弱くなり、死と再生の繰り返しから突き放され、おれは束の間の休息を得た。青磁は顔をうつ伏せ、それからゆっくりと言ってくれた。青磁だっておれと一緒に居たかったんだっと言った。しかし、それはできない、おれは人じゃないからだっと青磁は言った、生き物に似せて作った偽物、だから一緒にはなれないんだ。青磁はようやく、この残酷な真実をおれに教えてくれた。そうか、そうだったのか、おれは言った。

  だったら、おれを人に変えてくれよ!

  青磁!

  おれを人に変えてくれよ!


  青磁は驚いた、不死身なおれを見つめたまま押し黙った。苦痛に苛まれながらも、おれは呆然と彼女を見つめ返した。何もかもがこのまま止まってしまえばいいのにっとさえ願った。どのぐらい時間が過ぎ去ったのだろう、青磁はおれのそばへやってきた。それから跪いておれを抱きしめてくれた、彼女の温もりが肌を通して伝わってくる。とても暖かかった。

  ごめんなさいっと青磁は言った。

  こんな不器用なわたしでも。

  いっぱい愛してくれて、ありがとう。

  魔物の召喚術陣の光りは完全に消え、穏やかな黄色が取って代わった。術陣の中心にいる青磁はおれを抱きかかえたまま、古の呪文を唱えはじめた。新しい術陣は青磁の呪文に強く共鳴し、優しい黄色はおれたちを包み込み、あたりの何もかもが平穏を取り戻した。

  しかし、おれは呪文を耳にした途端に瞼が死ぬほど重くなった。意識がだんだんおれから切り離されていた。それに驚いたおれは必死に睡魔と戦った。青磁はまたおれになにをしたのかわからなかった、全身の力だけが勝手に抜けていくばかり。おれは出来るだけ目を見開き、彼女を見つめた。術は完成したようで、青磁は初めて微笑みを見せ、それからおれの耳元で囁いた。

  できればこのままずっと眠っていて欲しい。

  でも、いまあなたにかけた術はいつか解かされるんでしょう。その時、わたしの血と肉を受け付いたあなたは人になれる。だから、もう、眠りなさい・・・。

  血と肉を受け付くってどういうこと?青磁のいない世界なんておれは欲しくない!おれは抵抗したかった。しかし、口を開いても舌が回らないほど体は麻痺させられてしまった。押し寄せる感情におれは涙し、無力な自分を罵った。青磁はおれが流した涙を優しく拭いてくれた、そして言った。

  不老不死を解き明かすため。

  わたしはとんでもない罪を犯してしまった。

  その者に愛され、その者を愛した・・・。

  教えてくれ、血と肉を受け付くってどういうことなんだ?青磁のいない明日なんて、おれは欲しくないんだ!どうしてわかってくれない?青磁と一緒じゃなきゃだめなんだ!おれをひとりにしないでくれ!おれをこんなところに残さないてくれ!

  

  意識が消え、おれは長い眠りに陥った。

 

  三千年後、おれは目覚めて、再び大地に立った。だがしかし、青磁はどこにもいなかった。彼女は遠い過去の伝説になっていた。

  その伝説はこうだ。

  昔の昔に天と地、光と闇、善と悪の狭間に不死の閻魔が誕生した。ありとあらゆる魂は不死の閻魔に食い荒らされたその時、七つの民の結晶を手した伝説のシャーマンは不死の閻魔に立ち向かった。不死の閻魔は打ち負かされ、大地の果てまで逃げていった。しかし、不死の閻魔は諦めず、密かに力を蓄えつつも復讐を心に誓った。その企てを止めるため、伝説のシャーマンは大地の果てまで追いかけ、自らの命と引き換えに不死の閻魔を永劫の彼方へ封じ込み、世界に平和をもたらしたのであった。

  笑える。

  愛しい青磁よ。

  自分を犠牲にしてまで守りたかった人にそれほどの価値はあったのか?

  愛しい青磁よ。

  おれは不死の閻魔で、君は世界を守った英雄。青磁よ、青磁、もう一度、この伝説の筋書き通りに演じてみたくないか?不死の閻魔から、もう一度、人間を救ってみたくないか?

  おれは今から、彼らを皆殺しにする。

  愛しい青磁よ。

  あれもこれも全部、きみのためだ。


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