嫉妬
*「青那様」
鈴がなったような愛らしい声。
廊下を歩いていたら、背後から呼び止められた。
振り返ると、タスクの愛らしい婚約者がこちらに歩み寄ってくるところだった。
風に遊ばせているゆるく波打つ美しく長い髪は淡い紫を帯び、
ぱっちりとした愛らしい大きな目は兄と同じ紅で、見る者に紅玉を彷彿とさせた。
上品に衣の裾をさばいてこちらに歩み寄る姿は、たおやかで美しい。
まさに姫君。
巫女装束の自分とは全然違う。
「蝶姫様……」
「いやですわ、そんなよそよそしい呼び方。
私の義理の姉となるのですから、
どうぞ私のことは蝶、とお呼びくださいまし」
白夜様と祝言をあげたら、この美しい少女が私の義理の妹になるのか。
あまりにも現実離れしてい過ぎて、頭がそのことについていけない。
私はあいまいに笑ってごまかし、別の話題を探した。
「ああそうだ。
タスクとはいかがですか……?」
そう言った直後、逃げ出したくなった。
うつけだ。
そんなことわざわざ聞かなくても、わかるじゃないか。
うまくいっているに、決まっている。
「斬透様、ですか……」
蝶姫は愛らしく頬を染めた。
それを見て心が切り裂かれるような気がした。
「昨日、盗賊に襲われて、もうダメかと思ったのですが……
斬透様が駆けつけてくださったのです」
ほら。
聞かなければよかった。
蝶姫は、とても幸せそうじゃないか。
「斬透様、とても恰好よかったですわ……」
心がちぎれてしまいそう。
こんな嬉しそうな笑顔、全然見たくなんかなかったのに。
「私、正直に申しますと、この婚約は家が決めたもので、
あまり乗り気ではなかったのです。
でも、今は違います。
斬透様を……」
やめて。
「お慕い申し上げております」
やめて!
タスクを好きにならないで!
私から、タスクをとらないで!
そんな子供じみたことをわめきそうになる。
こんなにいじらしいほど可愛らしくて、美しい姫君だったら、
タスクが蝶姫に恋をするのは時間の問題だ。
指の間から大切なものがこぼれ落ちていくような感覚。
苦しい。
苦しい、苦しい、苦しい。
「……私、父上に申し上げねばならないことがあるので、失礼いたしますね」
荒れ狂う感情をなんとか押し殺し、ありもしないことをとっさにつぶやく。
やっとの思いでそう言うと、蝶姫は申し訳なさそうな顔をした。
「それは、申し訳ありません。
お邪魔してしまったのですね」
「いえ……では、これで……」
きびすを返して私は歩き出した。
いっそ、蝶姫が嫌な人だったら良かったのに。
そうすれば、これほどまでに苦しくならなかったのに。
これほどまでに醜く嫉妬などしなかったのに。
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