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十六夜の宴  作者: いろはうた
7/17

義務

おれは、木の影に身を隠して立ったまま、動けなくなった。








少し向こうには、セナが見える。


彼女は地面に倒れていた。


顔から血の気が引いた。


崖から落ちたのだ。


考えることよりも先に勝手に体が動いた。


駆け寄ろうとした。


だが、おれよりも早く、彼女の元に駆け寄った者がいた。


白髪の美しい男。


白夜だ。


セナの、婚約者。


上等な己の衣が泥にまみれるのも厭わず、セナの傍らにしゃがみ込んでいる。


おれは、その場に縫いとめられたかのように木の影から動けなくなった。



「……は」



唇から自嘲が漏れた。


そうだ。


あいつらも言っていたじゃないか。


おれは、もうセナの騎士じゃないって。



「何を……やっているのだろうな……おれは」



自分の婚約者をほって捨ててまで、主だった娘を救いに行ったらこのザマだ。


自分のまぬけさに反吐が出る。


おれは、それでも動けなかった。


ただ、白夜に抱き上げられて、運ばれていくセナを木の影から見送っていた。



「おれは……」



あの場所にいた。


彼女の傍、という場所にいた。


本来なら、彼女を抱き上げて運ぶのはおれの役目……だった。


だが、もう戻れない。


過去の事だ。


今はもう違う。


彼女を守っていいのは、あの男だけなのだ。


あの、白夜という男だけ。


セナの婚約者。


焼けつくほどの羨望が胸を焦がす。


ようやく、今になって父の言葉を理解した。


早く、セナを忘れろ、諦めろ、とはこういうことだったのだ。


でなければ、今のおれのように、滅茶苦茶に精神を打ちのめされるから。



「……は」



また、自嘲がもれた。


己のあまりの女々しさに、わらってしまった。


己に、こんなにも女々しい所があるだなんて、知らなかった。


こんなにもはっきりとおまえの居場所はセナの傍にもうない、と示されたというのに


……おれはまだ、彼女をあきらめていない。



「――――――行かねば」



おれの、婚約者殿の元に。


盗賊に襲われた姫君を救いに。


婚約者としての「義務」を果たしに。


きつくこぶしを握る。


おれはのろのろと動き出した。


体が鉛を詰め込まれたかのように重い。











わかっていた。


わかっていたんだ。


あなたには、相手がちゃんといるって。


それが自分じゃないって。


でも、期待してしまう。


望んでしまう。


どうか、自分を選んでほしいと。



      おれは――――――――――――


ああ


      私は―――――――――――――




それでも、あなたを――――――――――――――――――――――――――――




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