失望
*頭が痛い。
右足首もじくじくと熱を持ったように痛む。
小さくうめいた。
あまりの痛みに、地面に倒れたまま、体を動かせない。
ああ、崖から落ちたんだった。
おそらく、頭を強く打って、さらに右足首もくじいたんだろう。
体が重くてだるい。
緩慢な動きでまばたきを繰り返す。
かすかに吐息が唇から洩れた。
タスク。
こんな時でも、頭に浮かぶのは彼だけだ。
いつだって、私を助けてくれた、支えてくれた騎士。
こんなこと、願ってはいけない。
わかっている。
誰よりも、痛いくらいに分かっている。
それでも、願ってしまう。
どうか、助けに来てほしい。
淡い願いが胸に灯る。
どれほど、地面に倒れたままでいただろうか。
ぼんやりとした視界の中、突然ふっと影が落ちた。
人の気配。
期待が心を埋め尽くす。
ああ、胸がどうしようもなく踊る。
「たす、く……?」
声がかすれる。
私の目の前にいる人が、ふわりと私の前にしゃがんだ。
香る、しとやかな香の匂い。
「巫女姫。
私だ、白夜だ。
ああ、急には動かずに」
「……っ」
違った。
違った。
彼じゃない。
タスクじゃなかった。
タスクは、来てくれなかった。
白夜様が丁寧な手つきで、地面に倒れている私を抱き上げた。
それだけでも頭に鈍く痛みが走った。
眉を寄せてそれに耐える。
「貴女の騎士殿は、私の妹を救いに行ってくださっている。
どうも、蝶は盗賊に襲われたらしく。
私は、貴女の姿が見あたらないと聞いて、急ぎ馳せ参じた。
遅くなって……すまない」
「いいえ…いいえ…。
……申し訳ございません、白夜様」
そうか、タスクは蝶姫を選んだのか。
当たり前のことだ。
婚約者を救いに行くのは。
それでいい。
それが道理だ。
だけど、その事実にうちのめされている自分がいる。
「申し訳、ありません……」
白夜様が私を抱き上げたまま、歩き出した。
振動が私に伝わらないように、丁寧に、慎重に。
頭が痛くてうまく考えられない。
私がもう一度謝ったら、白夜様は苦笑なさった。
「いつか言われてみたいものだ。
謝罪の言葉でなく、助けに来てくれてありがとう、と」
「も、申し訳ございません……」
「私は、貴女の夫となる男だ。
だから、少しずつ慣れていってほしい。
貴女の騎士殿でなく……この私が助けに行くことに」
「……はい」
いつか、来るだろうか。
白夜様が助けに来て下さることに慣れる日。
タスクが助けに来てくれないことに慣れる日。
来るといい。
そうすれば、こんなにも苦しくなることはないだろうから。