番外編 酔っぱらった姫様
幸せになったその後の話です
部屋を出ようとしたら、廊下の隅でセナがうずくまっていた。
あわてて彼女を抱き起し、脈を確かめる。
問題ない。
続いて目の色を確かめたがこちらも問題ない。
が、なんだか目の焦点が合っていない。
どこかトロンとしている。
鼻をかすめたその匂いにわずかに眉根を寄せる。
「姫様、酒を口にされましたか」
「うんー」
どこか呂律の回っていない口調だ。
しかも、身体に力が入らないらしく、こちらにくったりと体を預けてくる。
これは、酔っている。
「神酒の奉納でしたか?」
「違うのー。
女官たちがねー、セナ様とタスク様はまったく関係が進展なさらないから
セナ様、この勢いでタスク様を押し倒しちゃえー☆
って、私にお酒を飲ませたのー。
私がお酒に弱いこと知ってるくせにー」
「……」
なるほど。
どうやら、酒を飲まされた挙句、こちらの部屋の前に置き去りにされたらしい。
「……あとでその女官たちに褒美をやらねば」
「え、なんてー?」
「なんでもありませんよ」
ふわりと彼女を抱き上げ己の部屋に運ぶ。
さすがにこの状態の彼女を廊下に置き去りにするのはまずいだろう。
いつもならばセナは恥ずかしがってじたばたと腕の中でもがき暴れる。
しかし、今の彼女はこちらの首に腕をまわし自分から抱きついてきた。
常に天然小悪魔っぷりを発揮しているセナだが、それに拍車がかかっている。
……これはかなりまずいかもしれない。
とりあえず、そっと寝台の上にセナを降ろした。
酔っているのだし、水でも飲ませた方がいい。
そう思い、立ち上がろうとしたら、
なぜかセナに思い切り衣を引かれ、行動を阻まれた。
しかもなぜかこちらにのしかかってくる。
酔っ払いがどのような行動に出るのかわからず、うかつに動けない。
固まっていると、セナはおもむろにこちらの首もとに指を這わせた。
「タスクのねー、鎖骨のあたりとか、男の人らしくてかっこいいのー」
「……ありがとう……ございます」
吹っ飛びそうになる理性をなんとかかき集め、
食いしばった歯のすき間から呻くようにして言葉を紡ぐ。
すると、今度はセナはその小さな灰色の頭をこちらの胸元に擦り付けてきた。
すりすりすりすり、という感触がなんとも愛らしい。
しかし、婚姻前なのでセナにみだりに触れることもできず、
タスクは死んだ魚のような目でされるがままになっていた。
「タスクの胸のあたりも筋肉ムキムキでかっこいいのー」
「…………………………ありがとうございます」
何なのだ。
何なのだ、この楽園兼拷問のような状況は。
しかし、突然セナは体を離すと、胸のあたりを押さえて顔を歪めた。
全身を冷たいものが一気に駆け巡った。
「姫様!?
どうなさったのですか、どこが痛みますか?」
「タスクが……」
セナは苦しげにその濃い藍色の目を潤ませてこちらを見てきた。
それすらも可愛らしすぎて頭がおかしくなりそうだ。
いやもう既におかしいのかもしれない。
「タスクがかっこよすぎて……胸が苦しいの……」
「…………」
好いている娘の前であさましくも鼻血を吹き散らかすという醜態を披露する前に、
鼻をきつくつまむことに成功した。
喉の奥で鉄さびの味が広がるのを感じる。
今のはかなり危なかった。
しかし、セナはそれぐらいで容赦はしなかった。
おずおずとまたタスクに近付き、その顔を下から見上げる。
「タスク……。
タスクに口づけられたいと願う私は……はしたないかなー……?」
「ぅぐはっ」
血が逆流し、止めきれず、盛大に吐血をしてしまった。




