解放
*目を開けたら、上弦の月が見えた。
雲に覆われてあまりよくは見えないが、やはり美しかった。
「――――――兄君様!?」
左腕にとびつかれて、そっとそちらを見やる。
自分と同じ目の色をした妹がひどく緊迫した面持ちでこちらの顔を覗き込んでいた。
「……蝶」
「兄君様、お加減はいかがですか?」
せわしない口調。
こちらの表情をひとつも見逃すまいというような真剣なまなざしに
不覚にも、なんだか泣きそうになってしまった。
泣きそうになるという感覚すら久方ぶりすぎて違和感すら感じる。
ここ十年はずっと笑みを浮かべてきた。
己を偽り守るための仮面として。
だが、今はあんなに思い通りに動いた顔の表情筋が強張って上手く動かせない。
それと対照的に心は不思議と軽かった。
「……蝶、すまなかった」
そう言うと、蝶は心底驚いたかのように目を見開いた。
初めて兄に詫びを言われたから無理もないのだろう。
「私は、大事ない。
少しばかり、気を失っていただけだ」
ゆっくりと身を起こす。
蝶に私の体を支えてもらいながら、その場になんとか座り込む。
陣は崩壊し、あの二人の姿はなかった。
「……われらは、恋に敗れたのだな」
蝶は何も言わなかった。
夜風がぬるく私の頬をなでた。
「……これで、よい」
そう口に出して言うと、
心を縛っていた最後の何かがゆっくりとほどけていくのが分かった。
またも驚いたように蝶が私の顔をのぞきこんだ。
「青那様をあれほど望まれたというのに、よろしいのですか……?」
「私は、わが身に眠る霊力に踊らされたのみの事。
……これで、よい。
蝶は、どうする」
「私は……」
もしまだあの男を欲するというのならば、私はどうすればいいのだろうか。
思い悩む私とは裏腹に、蝶はその瞳を伏せて答えた。
「斬透様を、諦めようかと思います。
………斬透様は、どうしても、青那様でなければいけないのです」
それがわかりました、と蝶の唇が声なく動いた。
そう言いながらもやはり苦しそうな表情をする蝶の体をそっと引き寄せる。
「よい。
あのような男、こちらから捨てれば。
蝶がどれほどすばらしい娘なのか理解もできぬような男」
「まあ、兄君様……!!」
「帰ろう、蝶。
われらがいるべき場所はここではない。
またよき男を、蝶をしっかりと守り愛する男を見つければよい」
「わ、私も……!!」
蝶が私の衣をぎゅっと握りしめる。
その紅い目には涙がたまっていた。
私のために紅く染まった瞳。
もはや奇異なる容貌となっても、ただひとり、決して私から離れて行かなかった者。
「私も、兄君様を幸せにしてくださるような
立派な姫君様を探してまいりますから!!」
幼子のように息荒く言い切る妹姫。
私は、笑った。
嬉しくて笑った。
愚かな過去の己。
どうして気づかなかったのだろう。
私は、これほどまでに、愛されていたのだ―――――――――――
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