剥き出し
*タスクは身をこわばらせたまま、黙っていた。
あんまりにも沈黙が続くと心が哀しみで重くなる。
口もききたくない程に私に怒っているのだろうか。
憎んでいるのかもしれない。
「……そのような格好で男に抱きつくのはいかがなものかと」
声まで硬くなっていた。
遠まわしに、触れるな、と言っているのだろうか。
心が痛い。
切り裂かれたように痛む。
それでも懸命に上を向くと私は笑おうとした。
タスクの表情が暗くてよく見えない。
上手く笑えずに泣き笑いのような表情になってしまった。
「はしたない私は……嫌い……?」
「…………………………」
なんだかものすごく視線を感じる。
闇の中目をこらすと、
どうやらタスクはわずかな月明かりに照らされた私の顔を凝視しているようだった。
そしてすぐに。
ぐ
ぐぐぐ
ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ
「……何故、姫様はおれの顔を手でおしのけようとなさるのでしょうか」
「たっ、タスクが顔を近づけすぎるから!!」
何故か唇が触れそうなほど顔を近づけてくるタスクの頬を
必死にぐぐぐぐぐと押し返す。
このままでは、唇同士がくっついてしまう。
「おれは悪くない。
これは、誰がどう見てもおれは悪くない。
姫様が悪いです」
「私、なにかした!?」
「ええ、それはもう、おれの理性を粉々に打ち砕いてくださいました」
そう言うと、タスクは私の肩にぐりぐりと額をこすり付けた。
禁欲的なタスクがこんな風に甘えるようなしぐさをするのは初めてだったから
いやでもどきどきしてしまう。
時々、どうして貴女はそうなんだ、と私を呪うような声も小さく聞こえる。
「タスク、大丈夫……?」
「全然これっぽっちも大丈夫ではございません」
即答された。
私は私で肩にタスクの体温を感じて、どきどきして、頬が熱くてたまらないのだが。
「……決めました」
タスクの中の内なる戦いが終わったらしく、タスクは私の肩から顔を上げた。
何故か腰に腕をまわされ強く引き寄せられる。
体が密着して、タスクの体温を体で直接感じて、恥ずかしい。
恥ずかしすぎて意識が遠のきそうだ。
「貴女の都合など、もうおれは考えぬようにします」
なんの宣言だと唖然としてしまったが、それよりも恥ずかしさが上回った。
この早すぎる鼓動を聞かれる前に早く離れないと。
「タスク、あの、離れて……」
「嫌です」
またも即答。
タスクに騎士になってもらってから初めて『お願い』を断られた私は、
今度こそぽかんと口を開けた。
初めての反抗期だ。
「おれは離したくなどない」
「は、恥ずかしいから……」
「それがどうかしましたか」
平然と返され、タスクの衣を掴んでいた手がぽろりと離れた。
およそタスクの口から出たとは思えない言葉の数々に私は打ちのめされていた。
「おれは、さんざん貴女に苦しめられ振り回されてきたのですから、
貴女も少しはおれのために苦しんでもよろしいのでは?
……そう言えば、答えていませんでしたね。
おれは、愛らしい姫様も、清らかな姫様も、はしたない姫様も、
どんな姫様でも好きですよ」
衝撃的過ぎる言葉が炸裂しすぎて、私は呆然としていたが、
近付いてきた形の良い唇を、あわやというところでかわした。
耳元でチッと舌打ちの音が聞こえたのは、幻聴としか思えない。
「よいではないですか口づけぐらい」
「よ、よくない!!
タスクにはその程度のことかもしれないけど、
わ、私にとっては大事なことで……!!」
「おれは姫様に打ち砕かれた理性の欠片をかき集めて、
それ以上のことをせぬように懸命に我慢しているのです。
くちづけをしてくださらなければ……どうなっても知りませんよ」
「な、なにその脅し!?」
あわてて離れようとしても、腰に回る力強い腕が許さない。
その拍子にタスクの頬を押しのけていた手から力が少し抜けた。
濃密な気配が瞬時に近付き、唇を柔らかくて温かいものが覆った。
頭の奥がどろどろに溶けてしまいそう。
はちみつを口いっぱいに詰め込まれたように甘い。
なにも考えられない。
というか、息ができない!!
むずがるようにして声をあげると、タスクが笑ってゆっくり離れていった。
恥ずかしくて消えてしまいそうだ。
「なっななななななななな!!!!!!!!!」
「愛していますよ。
……おれの姫様」
ぎゅうっと抱きしめられた。
最初は驚いて少しもがいてしまったけど、
タスクがあんまりにも強く強く大切に抱きしめてくれるものだから、
体から力が抜けた。
恥ずかしい。
だけど、耳を押し付けたたくましい胸板から、
私の鼓動と同じくらい高速で脈打つ音が聞こえる。
ああ、そうか。
タスクも私と同じくらいどきどきしてくれているんだ。
そう考えると、どうしようもないくらい強い感情が胸にこみ上げた。
「タスク」
「……なんでしょうか」
「好き」
次の瞬間がばっと体をひきはがされた。
かというと呪詛のような声の調子でタスクが呻いた。
「どうして、貴女はそうまでしておれをかき乱すのか!!
おれにどうしろと!!」
どうしろ!?
私は、タスクになにをしてほしいのだろう。
ああ、そうか。
「……さっきみたいに、ぎゅってしてくれたら、嬉しいなぁ」
下を向いて、照れながらもなんとか口にする。
とても幸せで。
もう夢でも見ているんじゃないかってくらい幸せで、
ずっとこうしていたいと思ったほどだったから。
「すみません無理です」
……なのに、断られてしまった。
「もう一度貴女をぎゅっとしたら、
おれ、もう自分を律せる自信が砂粒ほどもありません」
「自分を……律する……?」
タスクは何を我慢しているのだろうか。
「なぜとおっしゃるのですか。
何故って……長年ずっと想いつづけていた貴女が、
おれを好いているとおっしゃってくれたのですよ!?
これはタガが外れぬ方がおかしいでしょう!?」
「タガ……??」
「……くそっ。
清らかな貴女も愛らしくてたまらぬが、
今ほど憎らしく質の悪い悪女に見えた日はない……」
タスクがまたも呻くのがおかしくて、私は笑った。
とても、幸せだ。
ああ。
神様。
どうか、私をお許しにならないでください。
私は、運命を捻じ曲げました。
それでも。
この人が、愛しい。
地獄に堕ちても構いません。
だからねがわくば、ずっと
ずっと、この人の傍に―――――――――――
~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~




