表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
十六夜の宴  作者: いろはうた
12/17

剥き出し

*しっかりと私を抱きしめてくれる腕を感じて、


重い瞼をなんとかこじ開けようとする。


その瞬間こめかみのあたりに鈍い痛みが走り、私は小さくうめいた。



「……姫様……!?」



押し殺されたタスクの声と、顔を覗き込まれたような気配。


痛みをこらえてそっとめを開けると暗闇の中ぼんやりとタスクの顔が見えた。


ここはどこだろう。


たしか、先程白夜様の術からタスクをかばって……。


なんか、夢をみたような気がする。


記憶がとぎれとぎれな上におぼろげで、あまりうまく思い出せない。


いや、もうそんなことはいい。


タスクがここにいる。


それだけで体中の力が抜け、唇から安堵の息が漏れる。



「タスク、大丈夫……?


 怪我とか、してない……?」



ぴくり、とタスクの眉が動いた。


タスクは顔をわずかに強張らせた後、


私を地面にそっと、だがすばやく降ろそうとした。


まるで私に触れるのが恐ろしくてたまらないかのように。



「……けがなど――――――」



タスクの言葉は途中で途切れた。


私が咄嗟にタスクの衣を私がぎゅっと掴んだからだ。


タスクはしばらく私の衣を掴む手を凝視した後、


それでもぎこちない動きで私を地面に降ろした。


でも、私は衣を握ったまま手を離さなかった。


タスクを困らせてしまうと、承知の上でだ。


そのまつげが何かを堪えるように震えた。


すぐに引き離されるかと思ってどきどきしたが、タスクは私に衣を掴まれたまま


しばらく黙って目を伏せていた。


地に膝をついたままの中途半端な姿勢のままタスクはぽつりとつぶやいた。



「……なぜあのような……無謀な真似をなさったのですか」



感情が押し殺された声だった。


とっさに”無謀な真似”の意味が分からず瞬きを繰り返した。



「おれなんかを……かばったことです」



何故そんなことを聞いてくるのだろう。


今度は別の意味で瞬きを繰り返した。


当然のことだ。


……好きな人、なのだから。


思わず衝動的にそう口走りそうになり、とっさに唇をかみしめた。


さっきまで抱き上げてくれていたタスクの手が、


私の肩と膝の後ろから離れていくのを見たからだ。


もう、この手が私を救うために伸ばされることなんて二度とないのかもしれない。


どうして一瞬でも忘れてしまっていたのだろう。


タスクには愛らしい婚約者が、蝶姫がいるじゃないか。


タスクは優しい。


優しいから、私が想いを告げなどしたら私を傷つけまいと気を使うだろうし、


なにより彼の幸せを邪魔してしまう。


タスクは幸せにならないといけない人だ。


幸せにしたい。


たとえその隣にいるのが私じゃなくても。



「タスクが……私の大切な人だからだよ」



だから、限りなく真実に近いことを言った。


タスクはそれを聞いて唇を歪めるようにして嗤った。



「貴女の……大切な人、となるくらいなら、赤の他人の方がどれほど救われたか」



その言葉に私は傷ついた。


おまえなどに特別な感情は一切抱いていないのだと


言外に告げられたような気がした。


それでも私はなんとか笑みを浮かべた。



「私は、それでもタスクが大切だし……もしまた同じことが起こったら、


 何度でもタスクを助けに行くよ」


「姫様」



強く肩を掴まれ、ぐい、と背後の硬い何かに押し付けられた。


壁なのかもしれない。


タスクがこんな風に強引に触れてくることなんてめったになかったから、


私は驚いて動けなくなってしまった。


タスクの緑の瞳が近い。


その目の奥には、様々な感情と見たことのない焔が渦巻いていた。


タスクはまた嗤った。



「姫様。


 おれは、貴女が思うような男じゃない。


 おれは優しくなどないし、強くもない。


 そう見せるようしているだけで、本当は貪欲で狭量で弱い男です」


「そんなことない!!


 タスクは、いつだって私を守って……!!」


「いいえ。


 おれがただの親切心だけでいつまでも貴女を守っているとでも思いましたか。


 ……そんなことはない。


 おれは、あなたの”大切な人”という栄誉ある立場を頂いているにもかかわらず


 まだ……それ以上を望むあさましい男なのです


 おれがあなたを守り続けたのも……ただの親切心なんかじゃない」



ただの親切心じゃない……?


わけがわからなかった。


どうしてタスクがこんなことを言うのか。


どうしてこんなに苦しそうな表情なのか。


それ以上を、望む……?



「姫様は、ご存じないのです。


 おれが……どんなに卑しいことを考えているのか」


「タスクはそんな人じゃないよ!!


 だから……そういう人だから、私はタスクを助けようと……」


「だからおれに貴女の死にざまを見せようというのか!!」



至近距離で怒鳴られ私は目を見開いた。


ようやく、タスクが怒っていて……悲しんでいるのだけはわかった。



「貴女がおれの前に飛び出したとき、おれがどんな思いをしたと!!」



やっと気付いた。


タスクを助けようと彼をかばったあの時。


タスクは私が……死んでしまうかもしれないと思ったんだ。



「あの時ほど己の無力さを呪ったことはない!!


 貴女とて、一度はおれの手を振り払った。


 おまえなどいらぬと突き放した。


 だというのに、何故戻ってきた!!


 何故、手を差し伸べようとするんだ!!」



途中から丁寧語が全部抜けていて、素のタスクがむき出しになった気がした。


初めて見るタスクの荒々しい表情。


それくらい、強い感情にタスクは支配されていた。



「いらぬのならばいらぬと最後まで突き放せばいい!!


 死ぬのなら死ねと見放せばいい!!


 なのに、貴女がその場限りの憐れみなどを見せるから


 おれは、おれは……!!」


「ごめん、なさい……」



私は謝ることしかできなかった。


深い怒りと悲しみに支配されているタスクに


他になんと言ったらいいのかわからなかった。



「違う、謝るな!!」


「ごめんなさい……」


「だから、謝るなと!!」



私の肩を掴む手にさらに力がこもる。


骨がきしむほどに。


少し顔を歪めて痛みをやりすごす。


タスクはこれよりももっと痛い思いをしたに違いないのだから。



「姫様」



とても近い距離から瞳を覗き込まれる。


痛みをこらえるように寄せられた眉根。


タスクは笑った。


とても悲しそうな目をして。





「おれを、殺してください」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ