捕まえてあげるから
「それで?どうやって捕まえるの?」
「まあそれはご飯でも食べながら、話すとしよう!作ったから!」
「……何でキッチン勝手に使ってんのよ」
ため息をつきながら、玄関にずっと立ちっぱなしだったあたしは靴を脱いだ。
「それにしても、三玲さん、服かわいいよねえ。まさに女の子って感じ」
美緒ちゃんはあたしの脱ぎっぱなしの靴を揃えて靴箱にしまう。
「ああ、仕事がアパレルなの。あたしが働いてるブランドはこういうテイストなのよ。従業員はお店の洋服を着用しなきゃいけないの」
さらにあたしからカバンを受けとる。
「じゃあ全部のアイテム、ひとつのブランドで揃えなきゃだめなの~?大変だあ」
そしてカバンからハンカチを取り出し、洗濯機の中へ入れる。
「そう?あたしはこのブランド大好きだからとっても幸せよ……ってさっきからナニ世話やいてくれてんのよ?」
危ない。あまりにも美緒ちゃんがナチュラルに細々した世話をやいてくれるから、こっちもナチュラルに任せちゃったじゃない。
「なんでー?お世話になるからには、あたしはあたしのできることをしようと思ったまでだよ」
「あんたがいなくなったとき、不便に感じさせるためでしょーが!」
「まあまあまあまあ。お腹空いたっしょ?」
「………」
とにかく、美緒ちゃんの魂胆はミエミエだ。でもあたしがその魂胆にはまらないようにすればいいだけだ。
テーブルの上には料理が並んでいた。
「どうぞ、食べて食べて!」
座布団を敷き、お茶をコップに注ぐ。何から何までしてくれるけど美緒ちゃんの魂胆にははまらないようにしないと!
「いただきます」
お腹ペコペコなあたしは、さっそく箸を撮る。焼うどんを作ってくれたみたいだ。
「どう?どう?」
期待と不安に満ちた瞳であたしを見つめる美緒ちゃん。ぱっちりした、でも少し切れ長な瞳。透き通るような白い肌。栗色の髪色に、ショートカット。かわいい。妹に欲しいくらいだ。そして一緒にショッピングしたい。いやいや、ダメダメ、あたしは彼女をできるだけ早くお家に戻さないと、ついでに靴を奪還して。
「ん!おいしい!」
正直に言うと、おいしくもまずくもなく普通だったのだが、作ってくれた気持ちが嬉しい。空腹のせいか箸が進む。
「たくさん作ったから!おかわりフライパンにあるから言ってね」
「ありがとう!」
そういって美緒ちゃんを見ると、違う物を食べていた。
「何であたしと美緒ちゃんでメニューが違うの?」
美緒ちゃんの手には深いお皿に入ったサラダ。
「あたしはササミのサラダ。好物なの」
そういって、ドレッシングをどばどばかけている。
「ヘルシーだね」
「三玲さんはたくさん食べてね」
「うん!ありがとう!」
お礼を言い、あたしは焼うどんをすする。
焼うどんめったに作らないんだよね。作ってくれて嬉しいな。
「それで……どうやって……泥棒を……捕まえるの……?」
話すべきことを話さないと!食べながら尋ねるから途切れ途切れになる。
「んーとね、ニュースで見たんだけど靴を盗まれる事件って他の地域でも多発してるのよ」
そうだったのか。それは知らなかった。
「ニュースの犯罪心理学者によると、犯人は女性の靴が好きなんだって。スニーカーやペタンコ靴じゃなくて、ヒールに魅力を感じるらしいんだ。ま、一種のフェチだね」
「え……靴フェチ?…で?」
初めて知るフェチだ。何とはなしに、気持ち悪いなあと思いながら、続きを促す。
「そう、そこであたしは、ある作戦を思いついた」
美緒ちゃんは少し気味悪い笑みを浮かべながら、ササミを口に運ぶ。
嫌な予感がする。
「やーーーーだーーーー」
あたしは叫ぶ。
「わがまま言わないの!!ほら!!」
美緒ちゃんがあたしの肩をがっちり掴む。体格の割に何気に力が強い。165センチのあたしを軽々おんぶして歩けるし、美緒ちゃんは力持ちだ。
「無理だよーーー!できないーーー」
「できるできないの問題じゃないの!するの!!」
このやり取り、一見駄々っ子とママのようだ。
「この作戦しかないの?!」
「そうよ!これしかない!」
「ご飯の時から嫌な予感はしてたの!!!」
「予感や先入観なんて生きて行く上には邪魔なんだよ、ちゃんと今を見ないと!!!」
「うるさい!!!」
「大丈夫!あたしの作戦にぬかりはない!!!」
「ぬかりだらけじゃーーー」
泣きたい。
夜11:00。最寄駅に移動してから、作戦の内容を知らされたあたしは絶望の淵にいた。
「でもさニュースで見た靴泥棒と、あたしの靴泥棒、同じなのかな?この作戦は靴フェチを想定してるけどそうじゃなかったら?」
「じゃあ、三玲さんは他にどんな目的を思いつく?」
「……」
美緒ちゃん威圧的な態度に圧倒されてしまった。美緒ちゃんって年下なのにあたしより強くない?
「ほらね。男が女物の靴を盗むなんかフェチ以外どう説明づけるの?」
「彼女に靴を買ってあげたい!でもお金がない!だから盗むしかない!…とか?」
びくびくしながら、あたしは言ってみた。限りなく低い可能性のひとつだが。
「暗い中、目視だけで彼女のサイズと同じ靴を選べるとは思えない」
美緒ちゃんの方があたしより小柄なのに、なんだか大きく見える。
「とりあえず、今夜犯人が出没するってのは決定的じゃないし、気楽に~。もし犯人と遭遇したらあたしに任せて」
美緒ちゃんは親指を立てて自信たっぷりな表情を見せる。
「それって出没する可能性もあるってことでしょ?」
かたや、あたしは涙目で抵抗する。
「やりなくないの?それなら警察に任せる?」
美緒ちゃんはため息をついて、前髪を掻き上げた。
「…できることなら」
「土曜日の夜までに取り返したいんでしょ?警察がそんなに迅速に動いてくれるとは思わないなあ。日曜日、盗まれた靴を履かなきゃならない用事があるじゃない?」
美緒ちゃんはなんでそんなことがわかるの。
「やります」
「いってくるね」
あたしはものすごく低いトーンで駅から出た。
駅自体は電気が設備されていて明るいんだけど、駅を出ると暗い。街灯は弱々しく、数も少ない。
「靴フェチとか…気持ち悪いなあ」
つぶやきながら歩く。
犯人よ、早く出て来い。
捕まえてあげるから。(美緒ちゃんが)