交渉成立
仕事を終えて、電車に乗り、家を目指す。職場から家は30分くらいの道のりだ。
「はー、疲れた」
電車を降り、家の最寄り駅の改札を抜けた。
早番だったので、仕事が終わったのは16:30。今は16:52だ。
しばらく歩くと、昨日は靴を盗まれた場所にさしかかった。ムカつく。靴返せ。ダーリンからもらった大事な大事な靴なんだぞ。
「犯人見つけたら、ぶん殴ってやりたい」
でも犯人なんてどうやって見つけたらいいのだろう。暗くて犯人の顔なんて見てないし、声も聞いてない。背中に手が触れた感覚から男だったのはわかった。でもそれだけだ。どっちに逃げたかなんてわからないし、そもそも男がレディースの靴を奪う動機もわからない。
「んー、見つけ出す自信ないかも」
何から調べればいいのか検討もつかない。
あたしが落ち込んでいるところに、鞄の中の携帯電話が震えた。取り出して見てみると、ダーリンからメールが来ていた。
『今仕事終わりだよな?お疲れ様』
ダーリンはあたしのシフトを聞いてくれて、メールができるときはこうやって連絡してくれる。マメなんだ。
『うん!終わったとこ!ありがとう(´∀`)』
返事を送ると、すぐに返信が来た。
『そういえば、今度の日曜、映画でも観にいかね?』
ギョッ!!!!!!
今度の日曜と言ったらあと4日しかないじゃないか!!!!!
『いいね♡映画楽しみにしてるね♡』
動揺しながらも何とか返事を打って、送信した。
まずいまずいまずい。
あたしは再び落ち込み、帰宅した。
テンションが下がったままドアノブをひねる。
「おっかえりー!三玲さん」
ドアを開けると、いないはずの…いや、いちゃいけない人が居座っていた。
「お仕事お疲れ様、お風呂にする?ご飯にする?それとも、ア、タ」
あたしはこいつに鉄拳を落とした。
「アタタタタッッ!!!!もー、最後まで言わせてよ!!!!」
「いや、なんでいるのよ!お家に帰りなさいよ!」
もう今は夕方だし、さすがに帰ったと思ったのに、美緒ちゃんはまだあたしの家にいた。
「お願い!もうちょっといさせて!」
こいつ、あたしの家に居座る気か!?阻止せねば!!
「だあめ!もー、勝手にあたしのエプロン使ってるー!」
「ご飯作ったからさー!」
「そんなのいいからお家に帰らないと!」
もう、美緒ちゃんっていい人なんだけど、非常識!
「もう一日泊めて!!お願いします!!」
「だめだめ!昨日は何か事情があると思って一晩くらいならって思ったけど、さすがに今日も泊まるのはいけません!家族が心配するじゃない!」
「昨日の靴泥棒捕まえてあげられる…かもって言ったら、三玲さんどうする?」
「え?」
あたしは怒鳴るのをやめた。靴泥棒を捕まえる?そんなのできるの?何も手がかりなんてないじゃん。
「絶対捕まえられる保障はないけど、捕まえることができるかもしれない。あの靴大切なんでしょ?」
美緒ちゃんの言葉に一瞬言葉に詰まった。確かに手持ちの靴の中で1番大切なのは、盗まれたあの靴だ。いや、靴以外のものと比べても、あの靴は1番大切だ。
「捕まえられる可能性は高いの?」
おそるおそる尋ねた。
「なんとも言えないね」
「何日くらいかかりそう?」
「最短なら今夜かな?」
あたしは考えた。
「…美緒ちゃん、捕まえられるまでここにいていいよ…」
「え!」
あたしの意外な返答に、美緒ちゃんの表情は、驚き半分嬉しさ半分って感じだ。まさに棚から牡丹餅って言葉がふさわしい。
「ただし!ずっといていいわけじゃないよ。期限は今日から3日後、土曜の夜まで!」
「なんだあ」
「捕まえられるまでここにいていいよ、でも期限までに捕まえられなかったらお家に帰ること」
「待って待って!それじゃあ捕まえても捕まえなくてもどの道あたしは出ていかなきゃならないじゃない?!」
「そうだよ。ずっといていいわけないじゃん」
あたしの言葉に、美緒ちゃんは一気に落胆していた。ずっと居座っていいなんて、そんな甘い話はない。
「どっちみち出ていかなきゃならないなんて、やる気でないなあ」
「引き受けないなら、今すぐ出てってもらいます」
ぴしゃりと言い放った。
「………喜んでやらせていただきます…」
普段はくりっとしている瞳が今回ばかりは、険しくなっていた。