カモを見つけろ!
夜中にあたしは途方に暮れている。なぜなら靴を盗まれたからだ。お気に入りの靴だ。愛するダーリンからもらった靴だ。
「道にへたりこんでどうしたの?」
背後からいきなり声をかけられ、振り向いてみると、見知らぬ女の子が立っていた。半袖のセーラー服に紺のハイソックス、黒に近い茶色のローファーを履いている。よく見ると小柄な体型に似合わないごつめの腕時計をつけている。
「誰よ、あんた」
やさぐれていたので睨みつけながらぶっきらぼうに返事をした。中学生だか高校生だか知らないけど、こんな時間に家にいないなんて不良じゃん。
「何で裸足なの?」
あたしの質問は無視して、女の子は自分の聞きたいことをぶつけてきている。暗がりで顔がはっきり見えにくい。
「さっきいきなり靴を盗まれたの」
「え?カバンじゃなくて靴を盗まれたの?」
女の子がしゃがんで来て同じ目線になった。確認できた女の子は不思議そうな顔をしていた。あたしもなぜ靴が盗まれたのか不思議だった。
「だよね、ふつうは金目のものを奪うはずよね」
あたしは、明らかに自分より年下の女の子に事情を話していた。
ダーリンからもらった靴を失ったダメージはそうとうなものなんだ。
ダーリンがプレゼントしてくれた靴はとてもかわいいものだった。ベビーピンクで、かかとの部分にサテンのリボンが縫い付けてあり、そのリボンがヒールにまで巻きつけてある、他には見られない靴だ。
「靴とカバンを間違えるひったくり犯なんていないし…、いまいち動機がわからないなあ」
うつむきながら、女の子は考えている。なぜ被害者でもないのに、そんなこと考えるのだろうか。
「ところでどうやって帰るの?」
「どーしようもないね。タクシー拾うのも、もったいないし裸足で帰る」
立ち上がろうとしたらいきなり、
「ねえ、あたしがおんぶして、あなたの家まで送ってあげるよ」
と言われた。
「え!いいよ!そんなの!あんたは早くお家に帰りなさい!」
驚きすぎて、強い口調になってしまった。
「いいから、いいから!タクシー代もったいないじゃん!」
女の子はそういいながら、あたしの腕をひっぱり、強引におんぶしてしまった。
「きゃーーーー!おろしてよーー!」
女の子は小柄だから怖くないのだが、いきなりのことに驚いて、あたしは叫んでしまった。
「あたし重いよ?背高いし」
165cmという身長がコンプレックスのひとつなんだよなあ。あまり背が高いと女の子らしくないじゃない。
「え?全然そんなことないよ」
さらっとのたまう女の子。嘘は言ってないようだ。なぜなら軽々歩き出すからだ。
「いいから降ろしてよ!」
「裸足だと危ないじゃん」
「大丈夫だから!」
「いやいや、送らせてよ」
「歩ける距離なの!平気だから」
「女のあたしに警戒しないでよ、ビアンでもないからさ」
「そういうのを心配してるんじゃないよ、いきなり見ず知らずのあんたに迷惑かけられないよ!」
「いやいや、迷惑を一切かけないで生きてる人間なんていないよ。迷惑をかけないのは難しいけど、迷惑かけちゃったらきちんと感謝できる人間にならなきゃね。助けてくれる人は絶対いるからさ!で、どっちに行けばいいの?」
「しばらくまっすぐ歩いて、コンビニが見えたら、そこを右に……って何気に深い話してんじゃないーー」
「了解!コンビニね!」
そう言ってスタスタ歩き出す女の子。もう何も聞いちゃくれない。
「んで、何でいきなり靴なんて盗まれたの?」
歩きながら女の子は聞いてきた。
「わかんない」
そっけなく答えた。お気に入りの靴のことを思い出したら、怒りが止まらなくて、その怒りを女の子に八つ当たりしてぶつけないようにするには、どうしてもそっけなくなってしまう。
「その時の状況は?」
まるで警察みたいだな…と思いながらも、盗まれた時のことをなるべく細かく思い出してみる。
「えーとね、あたし電車を降りて歩いてたの。携帯見ながら歩いてて、あんまり周りは見えてなかったんだけど、いきなり誰かに後ろから突き飛ばされたんだ。
そんで、わけわかんなくて後ろを振り向いたら、知らない男があたしのパンプス脱がせてた。
びっくりしすぎたのと意味不明なのと、気持ち悪すぎたので声も出なくてさ…」
いったん、息継ぎをして、あたしはさらに続ける。
「両方のパンプスを脱がせたらその男はさっさとどっかに逃げちゃった」
それでぼーっとしてたら、あんたに話しかけられたってわけ。
と、あたしなりに詳しくそのときのことを伝えた。
「話聞く限りじゃカバンじゃなくて最初から靴だけ狙ってたって感じだね」
「てか、あんた何者?親切にしてくれるのは嬉しいけど、裏がありそうでちょっと怖いわ」
「裏なんてないよ!人の好意も素直に受け取れなくなっちゃあ、人間おしまいよ」
「…じゃあ素直に受け取ることにしようかな。あ、コンビニが見えてきた。そこ右ね」
「はいよ」
女の子があたしをおんぶしてから5分くらい経ったけど、全然疲れてそうに見えない。散々な目に遭ったし、珍しく優しい子がいることに甘えちゃおう。
「あ、電話」
カバンの中で携帯電話が震えている。バイブが続いているからメールじゃなくて、電話だ。
「出なよ」
「ごめんね」
そう断っといて、携帯電話を取り出すとダーリンからの着信だった。
「もしもし!」
慌てて応答する。1秒でも長く通信していたいのが乙女心ってもんよ。
「うん、今仕事終わって帰ってるよ。えー全然大丈夫だから、あとちょっとで家だし危なくないよ!だあこそ仕事お疲れさま。だあ忙しくて、なかなか会えないよね…さみしいなあ。うん………うん……そだね……うん、じゃあ次のデート楽しみにしてる!じゃあね、おやすみ」
名残惜しく、通話を切った。
「恋人には嘘つくなよ」
即座に女の子が冷めた声でつっこんだ。
「嘘なんて……!」
ついてないよ、とは言えない。
全然大丈夫でもないし、危なくないこともない。実際あんな目に遭っているのだから。
「好きな人には余計な心配かけたくないのよ」
「そんなもんかねえ。好きな人に関する心配事には、余計なものは一切ないと思いたいよ、あたしは」
こいつ、もとい、この女の子、なんだかんだ正しい意見をぶつけてくるな。
「はいはい。あ、そこ左に曲がって」
「んー、はいな」
ちょうど曲がり角があってよかった。あたしの脳みそではさっきの一言に勝る考えを言えない。
あれから5分後、あたしは女の子のおかげで家までたどり着くことができた。
「ありがとーー!ほんと感謝してる!」
意味不明な盗難に遭い、途方に暮れているあたしには、この優しさは本当に心に沁みた。
玄関で背中から降ろしてもらったあたしは、鍵を取り出しドアを開ける。
「ちょっと散らかってるけど、お茶でも飲んでって?」
「お邪魔します」
女の子はローファーをぬぎ、しゃがみ、手でそれを揃えた。
「あのね………ちょっと折り入って頼みがあるんだけど…いいかな?」
女の子はかしこまった様子で、かつ小声であたしを見た。
「んーなにー?」
内容次第なら、聞いてあげようと思った。靴を盗まれたのは痛かったけど、見ず知らずのあたしにこんなに親切にしてくれたことは心の底から嬉しかったからだ。
女の子の頼みを聞く心構えを軽くしながら、冷蔵庫を開けた。
「そのね、いきなり図々しいとは思うんだけど」
「はいはいー」
コップをふたつ出して、お茶を注ぎ込む。夏も終わりだが、やはり冷たいお茶はまだ必要だ。
「泊まりたいんだけど」
「は?」
聞き間違えかな?
「いや、だから泊まりたいんだけど」
お茶を注ぎ終える。
「落ち着きなさい、お家に帰りなさい。一刻も早く。もう11時になるよ」
「泊らせて」
「家出?親とケンカしたの?」
「…………」
女の子は黙り込んでしまった。
どうしよう??あたし。