崩壊
久しぶりすぎる更新ですね。
弾幕から脱出して真っ先に確認したのは、右手で繋がった姉・麗奈の存在だった。
「大丈夫かっ!?」
掠れた声で問いかけると、数度の咳払いの後に手が強く握られた。
「だい、じょう……ぶ」
随分と掠れた声だ。俺が言えることじゃないが。俺は辺りを見回して、弾が絶対飛んでこないだろう空間を探した。そして、机が幾つも並べられた箇所に目をつけた俺は、麗奈を引き連れてその陰に身を伏せた。耳には、未だ激しい銃撃音が聞こえる。この時の俺達は、両親の死を思い浮かべて嘆き悲しんでいられる程の精神的余裕など、持ち合わせていなかった。
「とにかく逃げよう。人が多いとこなら安全なはずだ」
「うん」
俺は麗奈の手を引き、生きるためにひた走った。取り繕えども恐怖で揺らぐ心の根を、手のひらから伝わる体温が励まし、支えてくれた。
空港から一日かけて逃げ続けた俺達は、ようやく人が住む街までたどり着いた。
遠目に見た限りでは、内紛地帯にしては意外と賑やかで、生活様式も文化的だった。安心して街入りしようとしたわけだがしかし、ここは内紛地帯だと思い直した。きっと、治安はすこぶる悪い。家が無いからといって、道端で寝転がったりなどは言語道断。ましてや子供なら、無防備にふらふら歩いているだけで、誘拐や強姦の恐れがある。
俺と麗奈はまず、上着やスカートなどの飾りを引きちぎり、身形を質素なものに変えた。可愛らしい服なだけに抵抗があるかと思ったが、麗奈に気にしたよう様子は無かった。
「これで金目的で襲われることは無いだろう」
「うん」
頷き合うと、俺は手近にあった脇差し程度の長さの金属片を拾い上げ、それを弄びつつ歩き出した。
「行くか」
「うん」
後ろをついてくる麗奈に、俺はさりげなく手を差し出した。麗奈もその手を自然に握る。
二人とも、その温かさに僅かな笑みを浮かべた。
街を歩きながら、俺はひたすら考えていた。
───どう生き残るか。
それを知らないことには、無闇な行動はとれない。それに自分だけならいざ知らず、麗奈もいる。慎重に行動せねば。
「まずは拠点だな。何処かの廃墟に転がり込むか。自衛隊がここまで遠征してれば、逃げ込めるんだが……」
俺は最近の新聞記事を思い出しながら、その可能性を打ち捨てた。
「いや、変な期待はよそう。とりあえず拠点。あとは……食い物だな」
俺はごみ漁りや窃盗を視野に入れながら検討する。まぁ、これは後回しだ。いざとなれば、内乱に乗じて誰か殺して奪えばいい。目の前で親を殺されて、殺人を躊躇うほどの良心は残ってない。両親がいないだけに。
「俺も結構ぶっ壊れてるなぁ……」
溜め息を吐きながらも、周囲に目を配る。もう少し街の郊外に出ればあるかな?と、進路を小路にとった。
歩き続けること半刻。
「ここかな」
俺はいい感じの廃墟を見つけた。カフェかなんかだったのだろうか。窓ガラスが割れ、机や椅子が、破片と共にぐちゃぐちゃにぶちまけられている。
麗奈の手を引き中に入ると、幸い誰もおらず、張り紙やなんかもされてなかった。掃除用だろう小型の箒を見つけて拾い上げる。それで生き残っていたテーブルを掃き、粗方綺麗にしたところで持っていた鉄片を置いた。同時に麗奈の手も離す。
「あっ……」
淋しそうな声をもらす麗奈。それには付き合わず、俺は箒を動かして壁際に四畳ほどのスペースを、十五分程かけて作った。
「ここに座れば寝れるだろう。寝転がることは、まぁ避けた方がいいな」
「……ここで寝るの?」
「あぁ。仕方無い」
俺はそれ以上言えなかった。麗奈もそれ以上言わなかった。
「さて、拠点は確保した。次はメシだな」
内乱の最中ということもあり、物資は少ない。難民状態の俺達では、物乞いしても無駄だろう。国軍が攻めて来れば、邦人保護ぐらいしてくれるか?
……いや、無理だな。その他大勢に巻き込まれて無視されるか、接近したときに流れ弾で死ぬのがオチだろう。
「どうするか……」
「うん……」
俺達は悩んだものの、良い考えが思いつかず。ずるずるとそのまま三日を過ごした。
何も食わずに五日も過ごすと、流石に体力の限界を感じてきた。
俺はまだ死ぬには余裕がありそうだが、麗奈は危ない。大きく見積もって、あと二日か。そりゃあ、食物という摂取するものがなくて、死んだ細胞とかの老廃物といった排泄するものはあるんだから、いつか空っぽになっちまうのもしょうがない。
俺は衰弱していく麗奈を見ながら、何もしなかった───わけではない。
殺しても問題なさそうで、かつ食料を持ってそうな奴を探したり、現地の言葉を必死で解読したり(簡単な会話なら出来るようになった)、公共水道を探したり、色々やった。
しかし、俺にも体力の限界がある。それ以外に大したことは出来なかった。
今日も水だけ調達して、ぐったりとした麗奈に寄り添っていると、
「…………っ……」
耳元に寄せられた唇から、俺の名前が呟かれた。
「ん?何だ?」
俺は優しい声色を作って問いかけ、自分の耳を彼女の口元に寄せた。
「お腹、すいた……でしょ?」
先程よりも鮮明に音が聞き取れた。
「…………どうだろうね」
俺はその問いに、素直に答えられなかった。何故かは言い表せない。
「…………お姉ちゃんが、食べさせて、あげようか……?」
「えっ……」
どうやって?とは思わなかった。無理だろう、と思ったから。
しかし、麗奈には案があるらしいことは、その目を見てわかった。
「私が身体を…………売れば、ご飯が食べられる……かも」
俺はその言葉に、咄嗟に反応が出来なかった。
いや、脳は反応した。しかし、その反応は言葉の意味を理解するにとどまらず、どうしたらそれで稼ぎを得られるか。対価を直接的に得るか間接的に得るか等の計算まで進めていた。
俺はそんな自分に気づくと、自己嫌悪から唇を噛み切った。たらたらと、血が顎を伝っていく。
「本気で言ってんのか?冗談なら二度と言うな。いや、冗談でなくても───」
「こ~らっ」
俺の続く筈の言葉はしかし、麗奈の唇によって遮られた。というより、塞がれた。
「んふ……っ…………」
「………………っ!?」
艶っぽい吐息を漏らす麗奈。対照的に、驚愕に息が詰まり、目を見開く俺。
何が起きたのかを客観的かつ端的に表現すると───麗奈が、俺の唇に接吻をした。
というか現在進行でしてる。
ど、どゆこと……?
俺の意識が混乱の渦中にある中、麗奈はとろんとした瞳で顔を離した。
「……私達は、生きなきゃいけない。…………死ぬわけにはいかないの」
「……………………」
止まった思考の隙間に、麗奈の声が入り込んでくる。
「その為には……っ、身体を売ってでもしないと…………死んじゃうよ?」
理屈が脳を蝕む。感情が生存本能に押し潰され、倫理観が藻屑となる。
「だから───」
「わかった」
俺は頷いた。実の姉に接吻されたことなど気にしてないように、死んだ目を向ける。
「生きるためだ」
俺のその言葉に何を見たのか、麗奈は悲しそうに微笑んだ。
「じゃあ───ひとつだけ、お願い聞いてくれる?」
───その夜。
俺達姉弟は、一線を越えた。
俺は求められるままに、麗奈の女としての初めてを全て奪った。
……そう。
ご想像の通り、そういうことだ。
どうでしたか?感想とか募集してます。