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銃の生誕  作者: sniper
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平和の外

「アメリカに行けば銃を撃てるかな」

ただのサラリーマンである父に、当時の俺は無邪気にそんなことを訊いたものだ。だが父は真剣に考えて、

「ううん……。銃の規制はあまり無いけど、撃つにはそれなりの理由が必要かもね」

「理由?」

 当時のサラリーマンは、テレビを見るような時間はない。新聞だって興味のあることしか読まない。だから、あまり外国の制度とかには詳しくないはずである。

「うん。人を撃っていい理由。警察とかは、銃を持って、危ない時には撃つだろう?」

「うん。かっこいい」

「そうだな。かっこいいな。でも、それは正義のためにやってることだから、かっこいいんだ」

「正義の、ため?」

「そう。正義のため」

当時の俺は、正義というものがいまいちわかってなかった。わかっていなかったから、軽々しく正義と銃を並べ立てた。

「じゃあ、正義のために、銃を撃ちたい」

「そうだな。いつか……な」

 父はそう言って、眩しそうに目を細めた。


窮屈な座席に座った俺の目下を、白濁色の雲が通り過ぎていく。

前の席で、小さな子供がはしゃいだ様子で、窓に顔を押し付けている。時折、その母親であろう女性の、控え目な笑い声が聞こえてくる。俺の隣に座る母も、飛行機の上、という非日常に、何処か浮かれているようだ。

そんな周囲の様子に対して、俺の内心は冷めたものだった。

『親の気遣い』というやつで窓際に座らされた俺は、自分でもどうかと思うぐらい、退屈を感じていた。

初めての飛行機。しかも海外旅行という、浮かれない方がおかしい状況である。なのに、実際に飛行機に乗ってみても、『退屈なだけの空の旅』としか思えない。

自分がどうしてここまで冷めているのか───その理由はわからない。ただ周期的に、こういう精神状態になる傾向があるのだ。俺も家族も、『思春期特有の情動の一つ』と捉えているが。

今回の家族旅行は、俺と後ろの座席に座る年子の姉───麗奈が、今年度の三学期に高校受験を控えているのだが―――その景気付けとして、夏休み真っ盛りの今日から一週間。ヨーロッパの観光ツアーに家族参加したのだ。

「ヨーロッパって英語通じるかしら?」

「場所によるだろ」

母のそんな問いに、既に声変わりを迎えた男声で答える。

「そうよね」

母は俺のぶっきらぼうな声に不満顔を浮かべるも、窓の外を見るとすぐに、その顔色を喜色に変えた。

母の目線を追うと、雲海の地平線に、太陽が沈もうとしているところだった。雲中の水分が陽光を乱反射し、幻想的な光景を形作っていた。これには俺も、思わず溜め息を漏らす。

「綺麗ね……」

「あぁ」

後ろからも、感嘆の声が聞こえる。麗奈の心にも、この光景は響いたらしい。

―――しばらくすると、太陽は見えなくなった。

「あぁ~あ。見えなくなっちゃった」

「そうだな」

俺は相槌を打ちながら、シートに深く腰をかけ直した。


「ぁぅ……」

離陸から五時間程が経っただろうか。俺は突然響いた機内アナウンスによって、微睡みから呼び醒まされた。

「何だ……?」

「さぁ」

戸惑う俺達の耳に、客室乗務員の声が響く。

『只今当機は、インド洋上空を飛行中。燃料漏れが発覚したため、近隣の空港に一時着陸致します。ご了承下さい』

一瞬の静寂の後───

「何だよそれぇ!」

「仕事間に合うのかよぉ!」

「燃料漏れってどういうことよ!」

機内はたちまち喧騒に包まれた。俺達家族も、大声を上げたりはしなかったものの、少なからぬ驚愕に、動揺の声を隠せずにいた。

「どうなるのかしら……」

「さぁな」

しかし、我が一家は生粋の平和ボケした日本人だ。

この程度のトラブル。ちょっと面倒なことになるだけだろう───なんていう、甘い認識でいた。

飛行機のトラブル発生率が、一分にも満たないこと。

そんな確率の中で引き起こったトラブルが、どんな意味を持つのかも知らずに。


進路変更が数回繰り返され、否応も無く頭を揺さぶられた。

「キッツイなぁ~」

独り言が漏れる。

やがて機体は安定し、再度アナウンスが響いた。それによると、中東の民間航空の滑走路に着陸するとのこと。一先ず、たらい回しにされなかったことに安堵した。

それから一時間程で、一時的な目的地目前まで迫った。シートベルトの着用サインが点灯する。

「んなっ……!」

すっかり安心しきっていた俺の目に、驚愕の光景が映り込んだ。

軍用ヘリが宙を舞い、遠くに見える街は焼け野原になっている。慌てて滑走路を見るが、幸いにも、静かで綺麗なアスファルトの地面が広がっている。

………………どういうことだ?

あそこ壊滅状態なんだけど。使徒とでも闘ったの?それともソレスタルビーイング?軍用ヘリとか初めて見たし。

混乱で色々な作品が脳内を乱舞する中、機体は着陸体勢を取り始めた。

高度が緩やかに下がっていく。ジェット噴射の音が路面や建物に反射し、一気に増大する。

機体が地に着く。身体に確かな重力を感じた。逆噴射の轟音が脳ごと鼓膜を揺さぶり、機体が減速していく。

逆噴射が鎮まり、低速でしばらく進んだ後、遂に止まった。シートベルトの着用サインが消える。

───着陸成功。

そして直ぐにアナウンス。

『只今より、機体の調整を致します。十五分程で完了しますので、座席に座って御待ちください。───御迷惑を御掛けします』

客室乗務員が一斉に頭を下げた。それはマニュアルに依るものか、罪悪感に依るものか───俺はそんな捻くれたことを考えていた。


俺は暢気だった。荒廃した街を窓越しとはいえ見たにも拘わらず。

相変わらず窓の外を眺めていた俺の視界に、一筋の線がはしった。その直後───爆音と不自然な振動が、俺の脳を座席ごと揺さぶった。

「キャァ───!!」

「なぁああああ!?」

前方の座席から、女性のものであろう奇声や、男性のものであろう困惑に満ちた怒鳴り声が聞こえた。こちらは大して揺れなかったから───きっと、操縦席側で何かあったのだろう。いや待て……。今の線、もしかして……ロケットランチャーか何かじゃないか?

「ねぇ……ねぇ…………何があったの?」

麗奈が父ではなく俺に訊いてきた。俺には混乱させないように~とかいう気遣いは、考えられなかった。

俺は自分の推測を───ほぼ事実であろうがそれを───正直に話した。

「……多分、ロケットランチャーを撃たれたんだ。ここは内乱地域で、普通だったら着陸なんて出来ない。そこに思わぬ旅客機の登場だ。多分、反政府組織だと思うが……観光客を人質にでもとって、交渉材料にでもするつもりだろう」

話しているうちに、自分で自分の言葉を否定する材料を探した。だが一向に見つからなかった。その一方で、推測を裏付ける材料───排気ガスを撒き散らしながら近づいてくる武装車両が、窓から見つけられた。

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