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無駄

番外編その1です。


 グリムリーパーが子供に出会ったのは、肌寒い三日月の夜のことだった。



 数人の魂の変動を感じ、グリムリーパーは現場へと向かった。このように大量の死者が出るのは戦争以来である。真っ暗な夜道を危なげなく進む。数件先の暗闇が、ぼんやりと明るい。不思議に思っていたグリムリーパーは、その理由を知った。

 火事だった。屋敷全体が火に溢れていた。

 魂の変動の理由を知ったグリムリーパーは、なるほどと思うのと同時に、面倒だとため息をつく。その仕草は、およそグリムリーパーらしくないものであり、『人間』臭かった。



 ―――全員の魂を狩ったグリムリーパーは、来た道を再び歩く。火事で死んだと思われていた死者たちは、全員刺傷が原因で事切れていた。グリムリーパーには知り得ない、『人間』同士の諍いがあったのだろう。

(やれやれ、人間の考えることは、どうも無駄が多すぎる)

 グリムリーパーは先ほどとは違うため息をついた。


 いよいよ自分の住処にたどり着くというところで、道に妙な血痕があることに気付いた。

(野良犬か?……死者の魂ではないな)

 グリムリーパーは背中の鎌に触れる。

 血痕はある小さなかたまりにつながっていた。グリムリーパーは夜目がきくが、しかし闇にまぎれてよく見えない。目を凝らすと、はたしてそこには小さな子供が横たわっていた。


 ―――それが子供の運命を変える大きな出会いだった。




 ※




 結論から言うと、子供には才能があった。私はその子供を次代のグリムリーパーにすると決めた。

 顔を斬られていたその子供は、道端に倒れていたのを拾ってから丸三日も眠り呆けていた。顔と頭を両腕で覆って動かせなかったため、充分な処置が出来ず、顔の傷は痛々しくひきつれたままだ。かたくなに髪の毛と目を日のもとに晒さないことから、その理由はすぐに知れた。

 ―――この子供は忌み色を持っている自分を隠したいのだ。


 私は子供に体を頭からすっぽりと覆う大きなローブを与えた。

 

 時々子供はこちらを窺う様子が見られる。しかし、次の瞬間、諦めにも似た表情をするのだ。こんな小さな子供がこのような大人びた表情をすることに、私は何度も眉をひそめた。


 子供との生活は長くはなかった。子供は才能があるだけでなく、物事の吸収が早かったのである。

 子供の身長が少しだけ伸びたころ、私はもうグリムリーパーとしてのあれこれをすでに教え終わってしまっていた。したがって、子供に私のもとを去る旨を伝える。

 子供との生活のなかで、言葉はあまり必要なかった。グリムリーパーとしての教育の際には何度か言葉を使うが、それ以外では私も子供も口を開かなかったのである。そのためか、私が子供に言ったはずの言葉が、子供には自分に放たれたものだとは気付かなかった。一呼吸おいて私の言葉が身に染みたのか、フードに隠れた顔が息をのんだのがわかった。


「お前はもう人間ではない。グリムリーパーだ。お前に統括する地域を神が与えた。そちらに行き、仕事を全うしろ」


 私は住処の奥から、磨いていた死神の鎌を持ってきた。


「これは私からお前への餞別だ。本当は神から与えられるものだが、無理を言って私から用意させてもらった。……お前ならやれる」


 私はそう言って、ずしりと重みのある鎌を子供に渡す。子供がなかなか受け取らないので、自作していたコートを子供に着せ、背中に鎌をかけてやる。


「お前には言っていなかったが……」


 私はゆっくりと自分のローブのフードを下ろす。そこに広がっていたのは常闇の色。


「私も黒持ちなのだ」




 ―――あの日、倒れていたものが夜目のきく私に見えなかったのは、そのものがそれはそれはみごとな黒髪を持っていたからだった。黒は忌み色とされ、この世界では嫌悪される。その世界を知っていた私は、数十年も前に忘れ去っていたはずの気持ちが呼び起された。だから私は子供を助けた。才能があると発覚したのはそのあとである。



「お前はこれからグリムリーパーとして、天寿を全うとした魂を導いてやりなさい」


 私は子供をドアへと導き、纏めていた子供の荷物と、少しばかりの食料と水を持たせて、そのままドアの先へと子供を押し込めた。

 子供はそのままドアの向こうにたたずんでいる。


 ―――夜になって、ようやく子供が立ち去る音が聞こえた。





 ※



 ある晩、一つの天寿を全うする魂を感じた。その日も、あのときのように三日月が輝く常闇だった。


 その場所へ赴くと、小さな子供が目の前に立ちふさがっている。―――どうやら今日の仕事はこの子供の家族のようだ。


 その小さな子供と、誰かの影が重なる。



「……お前はまだ死期ではない。私は天寿を全うとした魂しか獲らない。それが仕事だ」


 ―――それは、あの日も言った言葉だった。


 子供が四日目の夜に目を覚ました際、なぜかと問うてきたのだ。私はそう答えたのだった。




 目の前の小さな子供は、目を見開き、体が小刻みに震えだす。


 ―――私は静かにその子供の前から立ち去る。今日も、グリムリーパーとしての仕事を全うしなければならない。

(ああ、なんて無駄な時間を過ごしたのか……)


 後に残ったのは、人間を捨てたときに忘れたはずの、痛みだけだった。









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