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昆虫の嫌う薬草を井戸水に浸してからすりつぶしてろ過した液を霧吹きにいれる。それを地面と外壁の境目に吹きかける。屋敷の外壁を一周して、最後にグリムリーパーが新しくつけたドアに念入りに吹きかけたら、今日がもう終わりかけていた。沈む夕日を背に、いつものようにグリムリーパーに声をかける。
「そろそろ帰りますね。また明日来ます」
屋敷のどこにいるのか分からなかったので、外から大きな声を出した。グリムリーパーはいつもうんともすんとも返してくれないので、エプロンで手をふき、バスケットを持って帰路へとつこうとしたのだが。
「待て」
今日はおかしなことにグリムリーパーが見送りに来てくれたようだ。
「なにかご用ですか?あっ、ゴキブリが出ましたか?」
「その名を……いや、違う。今夜は外に出るな」
「どうしてです?」
「……」
グリムリーパーはドアに手をかけたまま、少しの間微動だにもしなかった。その間私も動くわけにもいかず、ただ首を傾げて見つめることしか出来なかった。
「……あんたは知らなくていいことだ。言う通りに」
「……はい……」
嫌も言えないほどの圧力で私を見つめる黒曜石は、つるりとしていて吸い込まれそうだ。気がついたら返事をしていた私にもう一度念をおしたグリムリーパーは音もなく屋敷に戻っていった。
※
自宅に帰り、夕食の支度にとりかかった。簡単なスープを作り、かためのパンと食べる。質素な食卓だけれど、少しでも節約しないと生きていけない。
私は自分でつくった風邪薬や頭痛薬を村の人たちに売って生計をたてていた。村には医者がいないから、大きな病でないかぎり、自らで治療しなくてはならない。大きな病にかかった場合は、近くの――といっても山ひとつ先の――町に赴き町医者にかからなければならないからだ。少し前に村の医者が亡くなってから、私たちはそうやって生きてきたのだ。
私はふいに外をながめた。窓に近づき向かいの家を見ると、ぽっかりとそこだけ闇があるように黒があった。
「……グリムリーパーさん?」
目を凝らすと、背中に鎌を発見した。
向かいの家の誰かが亡くなったのだろうか……。
私は自宅のドアノブに手をかけて、はっと思い出した。……家から出るなと言われている……。
その時、パキリと暖炉にくべていた薪が音を立てた。そう言えば、新しい薪を納屋からとってこないと……。日中は暖かいとはいえ、まだ朝と夜は肌寒い。
薪をとるためなら、納屋に行くだけなら、許して貰えるのではないか。そう思った私は迷わずドアノブを回した。
「グリムリーパーさん!そこで何をしているんです?」
向かいの家の玄関あたりに立っているその後ろ姿に声をかけた。彼はゆっくりとこちらを振り向き―――
「あ……」
―――日中会っていた彼とは違うグリムリーパーだと気づいた。
そのグリムリーパーはフードを被っており、あの彼とは逆に鼻から上が見えなかった。そのことに少しだけおかしくなったけれど、訝しげな雰囲気を漂わせている目の前の彼に慌てて意識を戻した。
「あのっ、すみません。知っているグリムリーパーかと思ったもので……」
取り繕おうと笑う私を見つめていたグリムリーパーは、おもむろに背中にかけてある鎌を構えた。
その様子に少しだけたじろいだけれど、きっと彼は私の死期を調べるのだろう。グリムリーパーの鎌にどのような仕掛けがあるのか知らないけれど、父が亡くなったときに出会ったグリムリーパーも、鎌を構えて私の死期を調べていた。
私は黙ってその様子を見詰めていた。
「……異端の魂を感じる」
ポツリと彼の口から放たれた言葉にきょとんとする。……異端、の魂?
「お前は死期ではない」
グリムリーパーのその言葉に私は大きく頷く。異端の魂というのは気になるけれど、死期ではない私に彼は鎌を振ることはしないだろ―――
「なぜなら、お前の死期はとっくに過ぎているからだ」
―――目の前に、大きな鎌が迫っていた。