幕が降りてくる時
騙されたと思って読んでみてください
お願いします。
9時43分。
交差点が目に留まる。
どうやら僕は車を運転しているらしい。
目に見えたものをもう少し正確に説明するならば、それは交差点と言うよりも高速出口の分岐点に似ていたように思う。
そして僕の隣、車の助手席には女の子が乗っていた。
その女の子は僕の知り合いのように思えた。
でも今になって思い出そうとしてもその女の子の顔を思い出すことができない。
言うならば名前の無い女の子が僕の隣に座っていたのだ。
目の前の分岐点は二方向に分かれていて、片方は神戸三宮、もう片方は僕の知らない地名が書かれている。
僕は迷わず神戸三宮方面にハンドルを回した。
しばらく走ってからなのかもしれないし、分岐点を超えてすぐだったかもしれない。
とにかく僕はバイクにまたがっていた。
僕の後ろには知り合いらしい女の子が乗っていた。
それは車の助手席に座っていたあの女の子だった。
僕はもう一度その女の子について考えてみたけれどやはりそれが誰なのか思い出せないでいる。
結局彼女は名前の無い女の子だった。
僕たちはどこかを目指してバイクを走らせている。
僕の眼に映る風景は日本的ではなく、どちらかというと東南アジアのようなどこまでものどかな風景が広がっている。
そして僕たちは道に迷っていた。
とても楽しそうに。
「通り過ぎたんかな」
「わからへん」
彼は頷きながら耳を澄ませる。
彼が誰なのか僕は知らない。
その生き物は音楽室にかけられた肖像画のように薄気味悪くほほ笑み、人間にしては小さすぎる体つきをしている。
彼はピエロの衣装を身にまとい、西洋の絵本に出てきそうな色遣いの世界に住んでいる。
彼が一つ咳払いをする。
そして何かを閃いたかのように指を鳴らし部屋を出ていった。
部屋に戻ってきた彼の右腕には、彼のために造られた特別製の望遠鏡が握られえている。
それはとても巨大な望遠鏡で、彼の右腕から世界の果てまで伸びているように見えた。
彼は世界のどこよりも高い場所に立つ建物から、世界のどこよりも高い場所に設えられた出窓を開け放ち、望遠鏡をそこへ突き出す。
そして彼は望遠鏡を覗き込む。
男女はバイクにまたがっていた。
そこは山の中のように思える。
彼らの所在地にはあたり一面に深い霧が立ち込めている。
二人は道に迷っているように見える。
そして二人はとても仲がよさそうにも見える。
それは交際期間が長いからなのか、それとも短いからなのかはわからないけれど。
二人はそのどちらとも取れそうな印象を僕にもたらした。
ここでパソコンの入力が止まる。
もしかしたらこれは何かの象徴なのかもしれないと僕は考える。
二人はバイクにまたがっている。
そしてそのバイクにはタイヤが二つ付いている。
タイヤの回転は輪廻の輪を表し、その二つは互いに協調しながら回り続ける。
ハンドルを握るのは彼、つまり二人の関係の主導権は彼によって握られている。
そしてその二人は今道に迷っている。
しかしながら二人はともに、その状況を楽しんでいるように見える。
これは何を意味するのだろうかと私は考えを巡らせる。
深く。
深く。
私はいろんな角度からそれについて考えてみたけれど、結局のところ、それが象徴するなにかについて、良いひらめきを得ることは出来なかった。
そうこうしているうちにバイクにまたがる二人は深い霧の中へと突き進んでいく。
そして僕は想像の世界に溺れ、二人を見失ってしまう。
僕は右肩をコリコリと鳴らし、すっかり固くなってしまった肩をほぐそうとする。
そしてついに僕は想像することを放棄してしまう。
僕はパソコンを閉じると同じテーブルに置かれた新聞紙を意味もなくめくっていく。
今僕は新聞の一面から丹念に文字を追っている。
一枚二枚と新聞をめくり続けるうちに、突然僕の眼が死んだように固まってしまう。
八月三十一日、六甲山で男女が行方不明。
多数の目撃者の証言が得られているにも関わらず、不明の男女発見ならず。
記事の見出しにはそのような文字が並んでいた。
不明の男女は六甲山のガードレールを突き破り谷に転落したように思われるが、警察の懸命な捜索にもかかわらず行方が分からないでいる。
記事はそう結ばれていた。
そこで僕は考える。
僕はその事故で死んでしまったのではないかと僕は考える。
幕がおりてくる。
幕がおりてくる。
それは僕を浸食しながらどこまでもおりていく。
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