<第一話>
2017年
刹那に過ぎ去りし過去を追う者、追憶の魔術師…です。
2010年
白髪鬼、赤眼の子、呪われた子、化け物とか妖怪なんて呼ばれるのにはもう慣れた。
声は失った。 感情も失った。でも両親の前では有るかのように振舞うことはできる。
今以上に嫌われないように。
でも、とうとう僕は見捨てられた。いつもと同じなんの変化も無かった昼食の後、母さんが洗い物をしながら、僕を決して見ないように別れの言葉を告げた。
「武也。武也は明日からおじいちゃんの家に住むことになったから準備しなさい。」
「僕だけ?お母さんは?」返事の言葉はわかっていたのに幼いが故に期待を持ってしまった。
「武也だけよ。おじいちゃんが武也だけをつれて来てって言ったの。」
母さんは僕の期待をあっさりと打ち消し適当なことを言って誤魔化した。
まだ5歳だった僕は母さんの言葉が嘘だとわかっていても抵抗する手段が無かった。
1つだけ。本当にたった1つだけ心残りがあってどうにかしようと考えたが、翌日母さんと父さんによって爺ちゃんの家へと連れて行かれた。
爺さんの住んでいる村にはお年寄りばかりで子供は一人もいないからもういじめられることは無いのだと移動の車の中で母さんが言い訳のように僕に言った。
僕は黙って外の景色を見ていたが次第に睡魔に襲われ眠ってしまった。
目が覚めた時には、すでに母さんと父さんの姿は無く僕を顔を覗き込んでいるじいちゃんが居るだけだった。
「起きたか?武?」
「…うん。お母さんたちは…居ない…よね…」
「そうだな。」爺ちゃんは静かに言った。
「今日からは私が親だ。よろしくな武。」爺ちゃんは子供のように笑いながら言った。
「うん。」
僕はその後爺ちゃんから様々な事を聴かされた。
多くのどうでもいい話や、ここが霊山のふもとであること・勉強は爺ちゃんが教えるということ・そして自分が魔術の類を使えるということ・それを僕に教えるということ。
「僕に魔法を教えてくれるの?」
「ああ。教えるのは魔術だけどな。今お前が声を出せるのもお前が寝ている間にかけた魔術の御蔭だ。」
そのときようやく声を出せるようになっていたことに気づいた。
僕は魔法と魔術の違いを聞いたが、私にもわからない。ただ、私の力が魔法でないことはわかる。何故かはわからんが…。と少し恥ずかしそうに教えてくれた。
それからの七年間はずっと勉強と魔術と体術に生活の大部分を費やした。
2017年
「武。」
いつもと変わらない夕食の後、爺ちゃんは少し躊躇ったような声で僕の名を呼んだ。
「はい。」
爺ちゃんの声に僅かな動揺があったので僕は大いに驚いた。
なにせ七年の間一度も爺ちゃんが僅かにでも動揺した声を聞いたことも、表情を見たことも無かったのだから。
八歳・魔術のミスで霊山の一部が焼失。
九歳・またも魔術のミスで家屋の七割を破壊。
さらにそれを直すための魔術にも失敗し結果全壊。
十一歳・霊山で熊と野犬に襲われ重傷の状態で帰宅。
これだけのことがあったにもかかわらず爺ちゃんは「何とかなる」の一言で全てを片付けてしまっていた。
「そろそろ通り名を考えようか。」
魔術師は他の魔術師からの呪詛を避けるために自分の名を隠すための通り名を付ける必要があると以前教えられていた。そして、通り名の意味と爺ちゃんの通り名を聞いた時からずっと自分の通り名は考えていて最近やっと考えがまとまったところだった。
「はい。お爺さん。…実はもう考えてあるのです。」
「そうか。どんな通り名だ?」
大いなる時の一欠片を生きる者、刹那の魔術師。それが爺ちゃんの通り名だった。
その名の一部を貰い自分にこの名を付けた。
「刹那に過ぎ去りし過去を追う者、追憶の魔術師…です。」
「過去、そして…追憶…か…」
爺ちゃんは少し悲しそうな顔をしてそう呟いた。
「駄目…でしょうか?」
不安になり爺ちゃんにそう聞いたが、爺ちゃんは笑って「いや、良い名だよ。武。」と言ってくれた。
「突然だが武。お前にはここから出て行ってもらう。」
確かに突然だった。まさか爺ちゃんにまで捨てられるなんて全く思っていなかった。目の前が真っ白になり僕は気を失った。